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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
デューズアルト大陸 多種族都市ケイナン
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5、寝静まった夜

 ルゥとネロも眠りに就き、片付けを終わらせた深夜の食堂でエーテルとクレアの姉妹が仕事終わりの僅かな休息をとっていた。


 洗濯物が溜まって中々洗い終わらなかった日も、嫌な客がきて対応に追われた日も、クレアの淹れてくれたお茶を飲んで他愛ないおしゃべりをして明日の英気を養うこの時間があったから、エーテルは嫌な宿屋の仕事も頑張ってきた。

 それでも時々は耐えきれず抜け出したこともあったが、抜け出した先で出会った人たちのことを想うと姉には悪いと思いながらも後悔の念は浮かばない。

 今、話そうとしていることに比べれば……。

 彼女は残りの少なくなったカップの中身を飲み干し、前々から考えていたことを口に出した。


「クレア、あのさ……」

「なに?」

義兄(にい)さんのことなんだけど……」


 まだ肝心なことは何も言っていないが、クレアの纏う雰囲気が冷たくなったのを感じたエーテルだった。

 姉の方を見ることが怖くなった彼女は、壁に掛けてある肖像画に視線を固定して話を続けた。


「義兄さんがマイムと出てってから……その、結構経ったよね。やっぱりさ、家族は──」

「何が言いたいの?」


 明らかにこの話題を拒絶する声で、反射的に見た姉の顔は酷く冷たいものだった。

 これ以上この話を続けたら、優しい姉が般若の如く豹変するのは目に見えている。

 普段優しい人物が怒るととてつもなく怖い。それはクレアにぴったりと当てはまる。しかし、エーテルはここで話題を中断させる気はさらさらなかった。

 姉の怒りをひしひしと感じながらも、恐怖に怯みそうになる己を叱咤して話を続けた。


「アタシ、二人を探しに行きたいん──」


 言い終わるか終わらないか、クレアが椅子を鳴らして立ち上がった。


「その話はもうしないで。さあ、明日もお客様に朝食を出さなきゃいけないんだから、貴女も遅くならないうちに寝なさい」


 中身の残っているカップを持ってクレアは一階の自室へと戻っていった。

 エーテルはもう一度肖像画を見て、深いため息をついた。


   ♦︎   ♦︎   ♦︎


 クレアとエーテルの姉妹がここの宿屋を始めたのは8年ほど前のこと。

 壁にかかっている肖像画はエーテルの甥であり、クレアの息子であるマイムが生まれ、この宿屋が完成したその時に描いてもらったものである。


 エーテルが8歳の時に不慮の事故で両親を亡くしてから、実質クレアが育ての親であった。

 クレアがその時に恋人であったエリクと相談し、今後の生計を立てるため方方(ほうぼう)に頭を下げて宿屋の建設に着手した。

 二年後、宿屋は無事に完成し、これからエリクとクレア夫婦、エーテルとで力を合わせ、生まれたばかりのマイムを囲みながら忙しいけれど楽しい、辛いことも多いだろうけれど賑やかな毎日を送ろうとしていた。

 そんな幸せの瞬間を知り合いの絵描きに頼んで肖像画にしてもらい、宿屋の目玉である食堂に飾ってさあ開店準備頑張るぞ、と全員が気合いを入れた時だった。

 気合いの声に驚いたのか、生まれてからこのかた泣いた事がなかったマイムが初めて鳴き声を上げた。

 普通だったら慌ててあやし、機嫌を取ろうと色々なことをする。

 そんな楽しい情景が見られるだけのはずだったのに……地震が起きて店の窓が割れたのである。

 本来なら偶然の一言で片付けられるちょっと不思議な出来事のようだが、マイムの鳴き声が大きくなればなるほど地震がそれに呼応するように揺れを激しくさせ、終いには店の外に地割れまで作ってしまった。

 エーテルとエリクは、信じたくないまま「偶然だ」と繰り返したが、クレアの表情は恐怖に青ざめ、あろうことか抱いていたマイムを……我が子を放り投げたのである。

 間一髪でマイムはエリクが受け止めたが、クレアは地震を起こしたマイムと、そしてそんな我が子を放り投げてしまった自分に絶望したのか、意識を手放し倒れてしまった。


「あれからクレアはマイムを抱きしめられなくなったんだっけ……」


 マイムを見るたびに恐怖と悲しみと絶望と……。そんな負の感情が混ざり合った青白い表情で働く姿は誰が見ても痛々しく、しかし本人は周りに家庭の不和を悟られないよう気丈に振る舞うが、やはり精神的に辛かったのだろう。彼女は日に日に痩せ細り、遂には倒れてしまった。


『エーテル。俺はマイムを連れて出て行くよ。心配しないでくれ。出て行くと言ってもクレアと別れるわけじゃない。マイムの力を制御する方法を探しに行ってくるだけだ。マイムの力が制御できるようになったら……マイム自身が自分で力を制御できるようになったら、かも知れないけれど、絶対に戻ってくるから。それまで、クレアの事を頼んだ』


「エリクのやつ、そう言ってから何年経ってると思ってるのさ……馬鹿野郎…………」


 席を立ったエーテルは、肖像画に描かれたエリクを愛おしげに撫でて、カップを片付ける為に厨房へと入って行った。

 今回はエーテルさんの情報を少し公開しました。

 主人公であるルゥとネロちゃんはお休みでございます。


19.11.13 一部修正。

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