2、神の鉄槌
──あれは、何年前だろう?
『誰も彼も、何故他種と交わり、子を成すのか……。我の力が衰えてからというもの好き放題生きて……いや、長くは生きられぬからこの言い方もどうだろうか?』
『知らねえよ! ババアもジジイも、てめえに殺されたんだ! 地獄に行って直接聞いて来やがれ!!!』
思い出されるのは、神々しく光る、精霊種族のような見た目の、しかし精霊種族にはあり得ない黒い髪の女性。そして狐のような狼のような少女と、彼女の背に隠れている猫と犬を足して二で割ったような姿の、幼い女の子。
"神の鉄槌"という、世界のほころびを粛清する行為。
それは、本来なら存在してはいけない第三種族や合成種族と呼ばれる、神が予想もしなかった者達を消し去ること。
周囲には、合成種族の子供が数人と、今より少し若いカザミとアーサー。
そして、今となんら変わりのない姿のネロが居た。
──この時、ネロは誰かの名前を必死に読んでいた気がするけど…………ダメだ。思い出せない。
『カガリ! 下がれ! アレはお前の手に負える存在じゃない!!』
『うるせえ! カザミは黙ってろ! あたしが……あたしが妹を……フィーリアを守るんだ!!』
カガリと呼ばれた少女は、神々しく光る女性の目の前に立ちはだかった。
その姿は勇敢だが、現実には十人が十人とも無謀と言えるような行いだった。
『守る……? 守るとはまたおかしなことを言う。そなたもどうせ、すぐに我に殺される運命であるのに……』
『どうせ死ぬなら、妹を守って死んでやるよ!!』
『カガリ止めろ!!』
『我の力の前では、どう足掻こうとも結果は変わらぬ。ほれ、ひとり……』
女性が指をさした先、羽の生えた馬の男の子が糸が切れたように地面へと倒れた。
『ほうれ、もうひとり……』
指差す方向を変えると、その先にいた角の生えたウサギの女の子が先ほどの男の子と同じように倒れた。
「『やめろ!!!』」
過去と現在が混ざり合い、記憶の中で叫んだルゥは現実でも叫んでいた。
「ルゥ、どうした?」
「思い出した……。そこで、カガリとその妹を庇って、それで……それで……うぅ…………」
頭を抱えてしゃがみこんだルゥに心配そうな声をかけたカザミだったが、ルゥ本人がその心配を振り払うように髪をかき乱し、襲い来る激痛に抗いながら記憶を掘り返していった。
「それで……っ僕は、神様と……戦って……?」
「……あ、ああ。あの時のルゥは凄かった。まるで、四大精霊のサラマンダーみたいでな。俺は、それを見てお前を仲間に──」
「サラ、マンダー……」
その単語が音として、言葉として耳に、そして脳に侵入した瞬間、記憶の鍵が壊れた音を身体中で感じたルゥだった。
体の奥底からマグマが湧き上がるように熱い何かがせり上がり、全身へと巡る。
足の先。手の先。頭の先。熱い何かが行き渡り、心臓へと戻っていく。
頭痛が治まったのか、ただただ膝をついて遠くを見つめるような格好をしているルゥに、カザミが恐る恐る近付いて声を掛けた。
「ル、ルゥ……? 平気、か…………って、お前、その目……」
カザミは言葉を詰まらせた。
何故ならば、ルゥの瞳が炎のように真っ赤に染まり、妖しく光っていたからだ。
恐ろしいが、とても美しい瞳にただただ魅入るカザミに、ルゥはようやく夢の狭間から現実へと戻ってきたように瞬きを一つして、幼子がするように小首を傾げた。
ルゥが瞬きをすると、妖しく光っていた瞳はただの深紅の瞳へと変化していた。
「……えっと、カザミ……だよね? なんか、大きくなった?」
「はぁ?!」
「あれ? 僕、なんでこんなところに居るんだっけ?」
「っお前なあ! ……ったく、一発殴ってやろうか?」
「え? なんで? 僕、何か悪いことした?」
さっきの心配を返せと言いたげな様子のカザミだったが、ルゥはそんな彼の想いもどこ吹く風で先ほどのことを全く憶えていなかった。
瞳の色が違うことといい、先ほどまでのことを覚えてないないことといい。今、カザミの目に映るルゥは、まるで知らない誰かのように見えていた。
「そうだ、ネロは? どこかに買い物に行ってるのかな?」
「お前、本当にどうしたんだよ……」
「何が──」
カザミの声に恐ろしさが混じっていることに気付いたルゥが、殊更幼い仕草と表情でどうしたのか問い掛けようとしたとき、カザミの背後からこちらに飛びかかってくる影を視界に捉えて、反射的にその場を飛び退いた。──刹那、叫び声と共にルゥが避けた場所に少年のような見た目の少女が降ってきた。
「ルゥ! てめえ生きてたのか!!!」
「君は……カガリ? なのかな? カガリも成長してる? っていうか、いきなり危ないよ?」
「てめえが避けなきゃいいだろうがよ! それよりおい、クソ団長! あたしが散々ルゥを探してたの知ってただろ! なんでアーサーから『ルゥが来る』って聞かされなきゃいけねーんだよ! フザケンナ!」
「あはは! やっぱりカガリだ! 相変わらず口が悪いね」
「うっせえな! いいんだよ、あたしはこれで!」
犬と狐を足して二で割ったような特徴を持つ彼女は、コヨーテの動物種族。そして、火の力を持つ第三種族でもあるカガリは先ほどのルゥの記憶に出てきた少女である。
淀みなく紡がれるカガリの名前と、親しそうな会話。
記憶喪失であるはずのルゥが、彼女の名前を、存在を、思い出した──。
「ところで、今日はフィーリアはいないの?」
「「……は?」」
──いや、ルゥは思い出したのではない。
「他の子も姿が見えないけど、みんなでお出かけかな?」
「ルゥ、お前……。それ、本気で言ってるのか?」
「タチの悪い冗談はやめろよ。フィーリアは、死んだだろ。あたしの、あたし達の目の前で……!」
「え……?」
記憶の退行。
ルゥは、先ほど思い出された記憶の続きを体験しているに過ぎなかった。
「お前……本当に大丈夫か?」
「団長、一体どういうことだよ。あたしに、ちゃんとわかるように説明しろよ。ルゥの目、こんな赤くなかっただろ? これと関係あんのか? フィーリアのこと、なんで忘れてんだよ。あの場には、ルゥも居ただろうが!」
心配そうにこちらを伺うカザミのことも、状況がわからずイライラと文句を垂れているカガリのことも、ルゥには理解ができなかった。
彼らとは、場所は忘れてしまったがつい最近出会ったばかりのはずだ……と。
──よく、わからない。頭がふわふわしてるような……でも、なんだかスッキリもしてる気がする。カガリとカザミは、僕がフィーリアが死んだことを忘れてるから、心配してるの? フィーリアが、死んだ……?
ルゥの記憶の中のフィーリアは、垂れた犬耳に吊り上がった猫目、犬のようにフサフサしているが猫のようにしなやかな尾をした、カガリとは正反対の女の子らしい女の子だった。
第三種族を集め、合成種族の子供達を保護してたカザミ率いる『ゴリアテ』の中でも、みんなに可愛がられる妹分で……。
──そうだよ。あの時もフィーリアのために洋服を買いに来たっていうカザミ達に会って、それで…………神様に……見つかった……? あの女の人は神様?
思い出される情景。
"神の鉄槌"によって次々と殺される合成種族の子供達。
そして、ついに矛先はフィーリアへと向けられ──。
──思い出した……。僕は、神様を止めようとしたんだ。
『ルゥ! それ以上はやめなさい!!』
──ネロ? 違う。ネロが、僕を止めようとした……?
『なんてことをしてくれたのだ。この**は、お前の所為で使い物にならなくなったぞ』
──誰? 神様……? 違う。記憶が……。これは、誰の記憶? 僕は、何を……誰を? 忘れてる?
次々と脳内に出て来る見知らぬ顔と声に、ルゥの頭は処理能力の限界を超えた。
ギリギリです。
下書きから書き直すべきかそのまま行くべきか悩んだ結果、こんな時間になってしまいました。
ルゥの記憶混濁が甚だしい回です。
そして新たな登場人物、カガリ。彼女も結構好きな子です。口悪いボーイッシュな女の子……扱い易いw
19.10.31 加筆修正




