10、僅かな情報
狐の動物種族の青年ルドルフは、ネロ達に冷たいお茶を出した後自らも席に着いた。
特に会話をするでもなく、ただ座っているだけのルドルフにネロは無関心。エーテルは間を持とうかどうしようかと考えていて、モエギはエーテルが考えていた僅かな時間でも無言の空気が耐えられなかったらしく、のほほんとお茶を飲んでいたルドルフに質問をした。
「あなたは誰です? あの女が、裏の商人の使いのようなものと言うのなら、あなたも使いではないのです?」
無言の空気が耐えられないと言うより、裏の商人に関すること故に気になったらしい……。
「自分はスクィさんの……弟子、でやんすかねー? 裏の商人さんへの橋渡し見習いでやんす」
「見習い?」
「そうでやんす。この多種族町ムルドでは普通の動物は生活しにくいでやんす。だから、スクィさんのような動物種族が裏の商人との橋渡しをしてるんでやんすが……スクィさんは風の祠を管理する巫女でもあるでやんす。仕事の両立が厳しいってんで、せめて自分が使いでもと思ったでやんす。まだまだ未熟でやんすがね」
ルドルフがそこまで話したところで、ネロは風の祠の清掃が行き届いている理由と、祠という割りには警備が杜撰な理由に思い至った。
シルフ──アイネ──が閉じ込められている風の祠。
あれだけの水流をものともしない生物などこの世界にどれだけいるだろう……。万に一つでもあの水流を突破できたとしても、ただの動物種族がシルフに抵抗できるはずもない。
自由を愛するシルフが自由を奪われてあんな狭苦しい場所に閉じ込められていると言うことも肝になっている。
ネロだったから助かったものの、他の者が彼女の元へたどり着いたのなら何をされるかわかったものではない。
「それで、スクィさんはいつ戻ってくるです?」
「さあ? スクィさんは風を読む神子でやんす。いろんな方々がスクィさんの力を頼りにしてるでやんす」
考えに耽っていたネロは、使いのスクィがいつ戻るかわからない事を聞いてあからさまに大きな溜息を吐いた。それはエーテルやモエギも同じであり、流石に溜息は吐かなかったが、はたから見てもわかるくらいには気落ちしたのだった。
そんな彼女達の様子をルドルフは放って置けなかったのだろう。それだけではなく、スクィのお客ということも決め手の一つになり、まごまごと不安そうな挙動で三人の顔を順に見ながら声を掛けた。
「みなさん、どうしたでやんすか?」
「……早く、ルゥを探しに行きたいのに…………」
しかし、ルドルフの心配そうな問いに彼女達は答える事はなく、ただ一人心境を独白したネロの言葉だけが耳に届いたのだった。
「ルゥ……? ルゥって、狼のルゥでやんすか?」
「貴方、ルゥを知っているの?!」
思いもよらない返答に、ネロは食いつかんばかりの勢いで問い質した。
それもそのはず。
ルゥとルドルフはネロの知らない時期、つまり、ルゥが本来のルゥであったまだ幼い頃の時の交友関係……という事になる。
「赤茶色の狼のルゥだったら、そうでやんすね……」
苦い表情で肯定したくないような肯定をしたルドルフに、深くを知らないエーテルとモエギは首を傾げていたが、ルゥの幼い頃のことを知っているネロだけはルドルフと同じように苦い顔をしてみせた。
「あんたは、ルゥが何をしたのか知ってるでやんすね?」
「詳しくは知らないわ」
「ルゥ君の過去……。何があったです?」
「アタシも詳しく聞きたいんだけど……」
「知らない方がいいし、教える義理もないわ。これは、ルゥの個人的な問題よ」
「そうでやんすね。知り合いなら、知らない方がいいでやんす」
ネロとルドルフの言い方に納得はいかないものの、エーテルもモエギもルゥの居ないところで勝手に過去を聞き出すことに抵抗を覚えたのか、それ以上追求することはなかった。
「でも、ルゥを探してるならここより北にある雑多群デホムに行ったらいいと思うでやんす」
「そこに何かあるのかしら?」
「懐かしい匂いに釣られて、ルゥが来るかもしれないでやんす。もしくは……この大陸を離れてフォロビノンに渡ったかもしれないでやんすね。あの大陸の雑多群サリューンには……悲しい少女がいるでやんすから……」
一気に暗く、重くなってしまった空気に、ルドルフは誤魔化すような空笑いをしたあとお茶を淹れ直すために部屋を出て行った。後に残されたネロ達三人は重い空気のまま誰一人口を開くことなく、ルドルフが戻ってもその空気は変わることはなかった。
そんな空気を入れ替えたのは、慌ただしく戻ってきたスクィの「ごめんなさい!」という声と勢いよく頭を下げた格好だった。
「スクィさん、どうしたんでやんすか?」
「潮の流れが急に変わって……風の祠に祈りに行かなきゃいけなくなったの。だから……その……」
「あれかしら? 私は神に嫌われているのかしらね?」
「本当にごめんなさい!」
本当に申し訳なさそうに誠心誠意謝罪するスクィに、気にしないでという風に軽く手を振ったネロは、ルドルフの方を見た。
「それに、ちょっとは情報を貰えたし、ね」
頭上に疑問符を浮かべるスクィに、これで用はないとばかりにネロが立ち上がった。
「お茶、ご馳走様。情報を貰ったんだし、代金が必要かしら?」
「いや……自分は別に要らないでやんす。ルゥが……ミネットが前に進めるなら、自分はそれで良いでやんす」
「そう。じゃあ、邪魔したわね」
──そう、ね。ルゥが前に進めるのなら、他はどうでもいいわ。
ネロが早々にスクィの家を後にし、エーテルとモエギも各々スクィとルドルフに礼を言ってネロに続いた。
僅かばかりでも、遠回りでもルゥの手掛かりが手に入った今、すぐにでも動きたいという心理が働いただろう。しかし、それとは別にネロの直感が『急がなくては』と訴えかけていた。
──嫌な予感がする。ルゥほど直感に優れてるわけじゃないけれど、これは当たる気がする。
不安な気持ちを外套の下に隠したまま、急ぎ足で北へと足を向けたネロに、エーテルとモエギはただ黙ってついて行くことしかできなかった。
いやー、長いですねえ。ムルドの話……。
下書きの時点ではこんなに長くなるとは思わなかったのですが、書いているうちにあれもこれもと増やしていったらこんな事になってしまいました。
まだまだ続きます。
そして、時々読み返す話に誤字脱字が多いこと多いこと……。
気付き次第直し、完結したらまた一から読み直してちょくちょく修正します。




