4、寝る前のおしゃべり
夕食を食べ終えたルゥとネロは、ベッドの上で思い思いにくつろぎながら今後の予定について話をしていた。
ちなみにネロの機嫌はつい先ほど直ったばかりである。
「ねえ、ネロ?」
「ん? なに?」
「エーテルのご飯、美味しかったね」
ベッドにうつ伏せで横になっているルゥは、きちんと座っているネロを見上げながら眠そうな声でそう言った。
「そうね」
肯定的な言葉を返したネロだったが、彼女の視線はルゥと合う事はなく、ゆらゆらと揺れるルゥの尻尾を見ながらの素っ気ないものだった。
金銭的余裕のない旅で今回のように宿屋に泊まることは稀である。
場所によっては森の中だったり、広場や公園などの公共施設で雨風を避けたり、ひどい時は道中で外套に包まって……という事が普通である。
そんな暮らしの中で口にする料理といえば、木の実や釣った魚、乾燥肉や味付けも何もないただ焼いただけの肉などが主で、食事らしい食事は全くない。
宿に泊まっても料理を売りにしている所は少なく、あったとしても宿泊料金が割り増しされているところがほとんどで、今回の宿泊料に白石が1枚足される事になるだろう。
食事が素っ気ないのは懐事情の問題もあるが、水の精霊種族であるネロは水以外の晶霊石を使うことが出来ない。火打ち石との相性も悪く、一週間の内でまともに火を起こせたのはたった一回だけである。
「エーテルがいてくれたら、毎日美味しいご飯が食べられると思うんだけど、ダメかなあ?」
ネロと出会い一週間、多種族都市ケイナンにたどり着くまでに彼らが口にしたものは木の実と魚だけである。
本来肉食であるはずの狼(の動物)種族のルゥからしてみれば味気ないどころか物足りない。むしろ成長期であるルゥからすれば拷問に近い。
そんな旅の過酷さと比較するように先ほど食べた料理の味を思い出してうっとりとしながらルゥが聞いた。
「ルゥ、あんた旅の仲間が欲しいわけ?」
否定的なことを言っているが、ルゥの言っていることをネロも考えなかったわけではない。
ガスも電気もないこの世界で料理をするなら火打ち石か火の晶霊石を使うしかない。宿屋や料理屋など、商売をするところは晶霊石を使わなければ供給が間に合わなくなるだろう。
つまり、料理が上手いのはエーテルの腕前もさることながら晶霊石の扱いにも長けているということだ。
彼女が旅に同行してくれれば、未だ成長期であるルゥの胃袋を満足させることができる。それだけではなく、姉妹の会話から察するに掃除も洗濯もエーテルの仕事というからには四元素全ての晶霊石を扱えるということになる。
小さな体に不釣り合いな仕事量をこなしている自身の負担が減るのは、ネロとしても願ったり叶ったりなのだ。
しかし、エーテルを仲間にするとなるとネロが精霊種族であることを話さなければならない。
この世界には精霊種族を異端視する動物種族や、逆に動物種族を異端視する精霊種族がいる。その数は世界の半数以上であり、中でも精霊種族を嫌悪している動物種族が圧倒的な数を占めている。
二人が森で出会う前にも精霊種族と知られて石を投げられたり、町から物理的に追い出そうとしたり、ありとあらゆる口汚い言葉を吐かれ、負わなくてもいい傷を何度も負ってきた。それは共に旅をするルゥにも向けられることが確定している。
そんな嫌な思いを、エーテルから、クレアから、この町の住人から浴びせられることを考えると、ネロは素直に首を縦に振ることはできなかった。
「ネロが今、何を考えているのかわかるよ。エーテルが、反精霊種族の人だったら、僕が嫌な思いをするんじゃないかって考えてるでしょ?」
見事に考えを言い当てられ、なんともいえない表情になったネロを見てルゥはベッドから起き上がり、彼女の瞳とまっすぐ視線を合わせた。
「僕よりもネロの方が辛いでしょ? 僕と出会う前、沢山の人に色んなことされたんじゃないの?」
「ふん。あんな奴らの暴言や暴力なんて慣れたわよ」
そう言い放ったネロの表情は湖面のように静かなものだったが、膝の上にきちんと置かれた手は握り締められ、微かに震えていた。
「僕は、エーテルが仲間になってくれたら嬉しいけど、それよりもネロが傷つく方が嫌なんだ。だから、ネロが嫌なら、僕はもう仲間が欲しいって言わないよ」
ルゥは諦めるような事を言いながらも、頭の中ではエーテルと旅をしている情景を想像していた。
──あれ? なんだろう?
ルゥ、ネロ、エーテルの三人で旅をしているところを想像していたはずなのに、いつのまにかエーテルの姿が違う人物に入れ替わっていた。
その人物は黒い影として写っており顔も何も神はっきりと分からないが、エーテルのふわふわしたロングヘアーとは対照的な、短い髪の人影だった。横を歩く自分の姿も、今より幼い気もする……。
しかし、その影も一瞬で消えてエーテルも姿に戻った事でルゥは気のせいだと思い、それ以上考える事なく引き続き女性二人との旅に想いを馳せた。
「エーテルが──」
ネロが何かを言おうとしたところを、ルゥの素直な賛辞が遮った。
「うん。美人だし、ご飯美味しいし。って、ネロ、今何か言おうとした?」
「……なんでもないわ。私なら大丈夫だから、明日にでも彼女に話して見ましょう。余計な聞き耳を立てられないよう、朝早くにね」
質問の意図を誤魔化すようにおどけて言ったネロだったが、ルゥはそれすらも純粋に返したのだった。
「ネロ、ちゃんと起きれる?」
「なっ!? わ、私はあんたより早く起きてるわよ!」
それまでどこかしんみりしていた空気が一瞬で霧散した。
「でも、朝ごはん食べるまで寝ぼけたままでしょ?」
「うるさい! 明日は早いんだから、さっさと寝る!」
「はーい」
いそいそと布団に潜り込んだルゥは、目を瞑る前に困ったように笑うネロを見て眠りについたのだった。
スヤァ( ˘ω˘ )
エーテルさん、僕と一緒にランデブーしませんか?