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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
デューズアルト大陸 多種族都市ケイナン
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3、いざこざ

 クレアとエーテルが厨房に引っ込んでから数分後、食堂に他の宿泊客がやってきた。

 傭兵(ようへい)然とした屈強な猪の動物種族の男が二人、カウンター席にまっすぐ向かって荒々しく座った。その後すぐに、年若い兎の男女が猪の男達避けるようにひっそりと窓際の席に着いた。

 ネロはガラの悪い男二人を警戒していたが、ルゥの方はというと窓際で仲睦まじく会話をする兎の男女に視線を固定していた。


「遅ぇ! メシはまだこねぇのか!」

「まあ落ち着け。(かしら)の指定した時間までまだある。それに……手土産を持っていけば頭も多少の遅刻くらい許してくれるだろうよ」

「へへへ……。それもそうだなあ」


 舌なめずりをしながら兎の女性をねっとりと見る男たちに、危険察知能力の高い兎の男女は耳をピンと立てて少しの音も聞き漏らさないように黙った。

 同時にネロも彼らが兎を狙っているのに気が付いたようで、彼女の纏う雰囲気が少し冷たくなったのをルゥは感じ取った。

 弱肉強食の世界で、狩られる側である草食動物が子孫を残すために身に付けた能力。狩る側がどう仕掛けてきても逃げられるように予測を立てて生存確立を高める。それが、生態系の下位に位置する者の知恵である。

 しかし、彼らは草食動物だが、動物種族である。

 愛する者を守るため、敵わないとわかっていても相手に果敢(かかん)に立ち向かう意思を見せるのが男というもの。

 男女の逃げ道を塞ぐように囲い込む形で近づく二人の猪の男の前に、兎の男性が女性を守るように立ち上がった。


「なななっ……何か、用でしゅかっ!?」


 声は上ずり、恐怖で呂律は回らず体も震えている。視線も合わせることをせず終始下を見ているようだった。


「あれじゃ、殴られて終わるのがオチね。ねえ、ルゥ?」

「うーん……。ネロ、あの二人の関係ってなに?」

「は?」


 質問を質問で返すなと言いたくなったネロだったが、問われた内容が内容だけにどう返したものか真剣に悩んだ。


「ネロは男が女を守るのは当然! って言ってたけど、あの二人もそうなの? 絶対敵わないってわかってるのに、男だから女を守ってるの?」


 二人の関係を説明するということになぜか頬を染めて唸っているネロにルゥは素直に疑問をぶつけ続ける。

 そんな会話とも呼べない会話を続ける二人をよそに、猪の男が無謀にも立ちはだかっている兎の男性の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとしていた。


「ジャック……!」

「そこまでにしな!!」


 兎の女性が悲痛な叫びを上げたと同時に、厨房の扉を勢い良く開けてエーテルが出てきた。

 両手には料理を乗せたお盆を持っている状態で片足が上がっていることから、扉を足で蹴り開けたようだ。


「エーテル、お行儀が悪いわよ」

「しょうがないじゃん。両手塞がってるんだから」

「そんなにいっぺんに運ぼうとするからでしょ?」

「だってちまちま運ぶの面倒だし」


 またしても姉妹の口論が始まりそうだったが、下卑た声がそれを中断させた。


「おいおいおいおい。こっちのウサギちゃんより色っぽい姉ちゃんが出てきたじゃねえか」


 エーテルの肢体を下から上へ舐めるように視姦した男の一人が、彼女の腰に手を回そうとして……あっさりと避けられていた。


「っおいおい、俺は客だぜ? きちんと接客してくれれば何もしねえよ?」

「この店で騒ぎを起こしたらアタシが許さないよ! 誰が後片付けすると思ってんだ!」

「あ?」

「いいからさっさと席着いて飯食って寝ちまいな!」


 威勢良く啖呵(たんか)を切ったエーテルの表情は、厨房の中でこってり絞られた時に溜まった鬱憤(うっぷん)を吐き出してスッキリしたのだろう。さっきまでの不機嫌が嘘のようにとても晴れやかだった。

 そのまま男を通り過ぎ、配膳しようと歩き出すエーテルの肩に男の手が掛かった。


「言ってくれるじゃねえか、おい。姉ちゃんよお」

「「危ないっ!」」


 肩を掴まれたことで体勢を崩したエーテルにネロとクレアの叫びが同時に響いた。

 後ろに倒れるかと思われたエーテルだったが、すぐさま身体を捻って男の手を外し、その流れで宙に舞った料理を綺麗にお盆の上へと戻し、ホッとひと息つく間も無く男に対して回し蹴りを叩き込んだ。

 エーテルの蹴りが綺麗に入った男の身体はルゥとネロの座っている方向に真っ直ぐ飛び、このままでは激突すると思われたが、すぐにルゥが立ち上がって片手で男を床に叩きつけた。その衝撃で近くにあった椅子やテーブルが壊れて無残な姿になったのは言うまでもない。


「あ……え? あ、ごめんなさい! 危ないと思ったら体が勝手に……」

「いやいや平気平気。それよりアンタ、強いじゃん。アタシ、強い男は好きだよ」

「ありがとう?」


 どうやら怒られはしないようだと悟ったルゥは、仲間があっさりとやられたことに驚きを隠せず固まっているもう一人の猪の男の方へ視線を向けて悠然と歩み寄った。


「なっ、なんだ!? やろうってのか!?」


 虚勢を張って身構えた男だったが、ルゥは彼を素通りして恐怖に座り込んでいる兎の男女に近づき、視線を合わせるために自らもしゃがみ込んだ。


「ねえ、さっきから気になってたんだけど、二人はどういう関係なの? 仲の良いお友達?」

「「……は?」」


 猪と兎の男の声が重なった。

 どちらも『何言ってんだコイツ』という疑問が先行していたが、両者は徐々に内から湧き上がる感情で顔を赤く染めた。

 兎は照れと羞恥。

 猪は怒りと羞恥。


「テメっ……俺を無視すんじゃねえ!!!」


 特に猪は年若い狼如きに怯えて身構えてしまった己を恥じ、そうさせたルゥに向かって椅子を掴んで振り上げた。

 ルゥの反応速度なら避けられただろうが、ここで避ければ椅子は兎の男女に当たってしまう。かと言って周囲はルゥの素っ頓狂な行動に毒気を抜かれ、すぐに対応することができない。

 しかし、その中でエーテルだけは警戒を解かずにいたため、男の行動に対して手に持っていたお盆を瞬時に投げつける事ができた。

 料理の熱さと衝撃に男が椅子から手を放しうずくまったのを確認したエーテルは、その場から一気に肉薄して男の脳天にかかと落としを()めた。

 見事に男を撃退したエーテルだったが、兎を守るために一切動かなかったルゥは料理を頭から被ってしまったのだった。


「ッ熱……!」

「……っご、ごめん! すっごいごめん!!」

「ちょっとルゥ! 大丈夫?!」

「大変っ! ただいま、タオルを用意して入浴の準備を……!」


 エーテルがルゥの頭の上に乗った鳥の丸焼きなどをどかし、ネロが鞄からハンカチを取り出しながら心配急いで駆け寄り、クレアはバタバタと厨房に引っ込んで行った。


「あーあ、こりゃ服の方はダメっぽいな。まあダサかったし、アタシが新しく身立て直してあげるよ」


 親切心で言ってくれているのだろうが、今着ている服はネロがコーディネートしたものである。

 案の定、エーテルの「ダサい」発言に機嫌を損ねてしまったネロを横目で見てしまったルゥは曖昧に笑って誤魔化した。


「あの……大丈夫、ですか?」


 この後どうやってネロの機嫌を直そうかと考えていたルゥに、兎の男性からおずおずと言った感じで言葉がかけられた。猪の男に立ち向かっている時よりはしっかりとした口調だったが、女性の肩を抱く手は震えていた。

 ルゥは笑顔でなんでもないことのように受け流し──


「大丈夫だよ。それより、さっきの質問の答えを教えて?」


 ──と、先ほどの質問を掘り返した。


「えっと……僕たちの関係、だっけ?」

「私たちの関係は……」

「こっ、恋人、だよ……。ね?」

「う、うん……」


 ついさっきまで恐ろしい目に遭っていたにも関わらず、互いの愛を確かめ合っているうちに恐怖がどこかに行ってしまったようで、手に手を取り合って視線を交わし、頬を染めてはにかむ二人の雰囲気にネロとエーテルは砂を吐きそうな表情をしていた。


「コイビト……?」


 聞きなれない単語にルゥは首を捻った。

 この宿に来る途中でも何組か男女を見かけたが、彼らのように体を寄せ合っている者はなく、ネロも今のように白けた表情をすることもなかった。


 ──ネロはコイビト、が嫌いなのかな?


 ルゥが男女の新たな関係を間違った方向に記憶して、そこからはじき出された結果で変なことを考えていると、苦い表情をしたままのエーテルが眉間の皺を増やして聞いてきた。


「アンタ、もしかして恋人を知らないの? ……っていうか、恋とか愛もまだだったりするわけ?」

「コイ、とアイ?」


 純粋な目で見つめ返してくるルゥの側で「いや……あの……」と意味不明なことを言っているネロを見て大体の想像がついたエーテルは、苦い顔から人の悪い顔へと変化させた。


「なるほど……ね。おませでお兄ちゃん(・・・・・)が大好きな()の監視下にいるってわけか。なんならアタシが教えてあげようか? 手取り足取り、肉体的愛情表現の快楽! そう、セッ──」

「エーテル! くだらないこと言ってないでお客様の着替えの準備をしてきなさい!!」


 興味津々にエーテルの話を聞いていたルゥは、厨房奥からタオル片手にやって来たクレアの怒鳴り声に体を跳ねさせた。それはエーテルも、聴覚の発達した兎のカップルも例外ではなかったが、唯一恋愛の話題を避けるように耳を塞いでいたネロだけが事なきを得た。


「お客様、妹がご迷惑を掛けてしまってごめんなさい。本当ならもっと(しと)やかで女性らしい子に育って欲しかったんですけど、なぜかあのように育ってしまって……。あとできつく言って聞かせておきますので、お客様は入浴を済ませてから夕食に、他の三名様はただいま夕食を……急いで作り直させますから、もう少々お待ちください」


 クレアはそう言って床に倒れていた男二人を片手に一人ずつ持って厨房の方に消えていった。

 そのあとすぐに外からドサッという音が聞こえてきて、女主人が(したた)かに経営をしていることを理解したルゥとネロだった。


   ✳︎   ✳︎   ✳︎


 いやいやと叫びながら一人できちんと入浴して身綺麗になったルゥは、入浴中にエーテルが用意してくれていた服に袖を通した。

 今まで来ていた探検服のような素朴でしっかりしたものより襟口や袖口がゆったりと広く作られており、色合いも橙と赤の暖かみのあるもので、俗に言う"今っぽい"お洒落な服装だった。


「ほら見なよ。こっちの方が断然男前じゃん」

「本当に、よくお似合いですよ」


 食堂に戻るとエーテルとクレアが口を揃えて褒め、食事を終えた兎の男女も感謝と共に「似合っている」という褒め言葉を伝えて部屋へと戻っていった。

 どうやらルゥにもう一度ありがとうと言うために食堂に残っていたらしい。

 ルゥ自身も今の服装をとても気に入っており、窓硝子に映る自分の姿を見ては満足そうに頷くのだった。

 そんな中、ネロだけは微妙な顔をしていた。

 もちろん彼女も今のルゥの服装の方が似合っていると思ってはいるのだが、自分が選んだ服装よりも優れている分、なぜか負けた気がして素直に喜ぶことができず、口に出して褒めることが(はばか)られたのだった。


「そうだね……後は首元がちょっとさみしい気がするから、この布をあげるよ」


 エーテルは最後の仕上げとしてホットパンツにお洒落として結び付けていた真っ赤なスカーフを外して、ルゥの首元に巻きつけた。

 布面積の少ないグラマーな女性に至近距離で見つめられて少しだけ頬を染めたルゥだったが、視線を逸らすこと無くまっすぐに見つめ返した。

 普通なら視線を泳がせるか胸元に視線を固定する男が多い中で、まっすぐに自分を見返して来るルゥにエーテルは口角を上げたのだった。


「ほら、できた。……うん、似合ってる」


 RPGの主人公のようなチャームポイントを手に入れたルゥは、満面の笑みで礼を言った。


「お姉さん、ありがとう!」

「どういたしまして。それと、そのお姉さんっていうの勘弁してくれない? 見たところアタシとアンタじゃそんなに歳も変わらないだろうし、普通に名前で呼んでくれると嬉しいんだけど」

「わかった! ありがとう、エーテル」


 幼い雰囲気を残しつつも甘く名前を囁いて礼を言ったルゥは、エーテルの内心の狼狽(うろた)えを見抜いた。

 そんなエーテルの心中は「男を手玉に取ってきた自分が、こんな純情狼に翻弄(ほんろう)されるとは」と思い、やられっぱなしは性に合わないと、エーテルもとびっきりの色気を含んだ声でルゥの名前を言った。


「どういたしまして、ルゥ」


 しかし、ルゥは「友達が増えた」という認識があるだけでエーテルの飛ばした色気について感知することはなく、ニコニコとした笑みを浮かべたのだった。


「ちょっと! いつまで引っ付いてるのよ!!」


 ルゥとエーテルが(実際にはエーテルの一方的な)水面下での攻防を繰り広げている時、距離が近いまま交わされる会話にネロの限界がきて怒号とともに引き離された。

 その後、ルゥはネロの機嫌を直すためにお詫びとして出された豪華な食事に舌鼓を打つ余裕もなく、気まずい雰囲気の中食事を済ませて部屋へと戻ったのだった。

 このときほど絵の才能が欲しいと思ったことはありません。(嘘です)

 ルゥの新しい衣装、既存のキャラクターで誰が一番近いのだろうと考えつつ、続きを書き書きします。


20.3.5 誤字修正

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