3、力の一端
眼前に迫るのは槍の切っ先だが、思考を埋めようとするのは"神の鉄槌"という単語の意味。
『もう無理だ。手の施しようがない』
『バランスが悪かったね』
『神の鉄槌を……。すまないが、頼む』
──とても、悲しそうな声……。
『この世界に第三種族や合成種族など不要。お主らには、神の鉄槌を下す』
『ふざけんな! てめえで作ったんだろうが!』
『我の、あずかり知らぬことだ……』
──とても、苦しそうな声……。ああ、僕は、守りたかったんだ……。
心の内から湧き上がるのは、後悔と決意。
「ルゥ!」
ネロの悲痛な叫びが早いか、ルゥが動いたのが早いか……。
今にも突き刺さりそうな烏の男が奮った突きは、しかしルゥに刺さることなく受け止められた。
「何!?」
「僕ね、少しだけ思い出したよ」
「え?」
「力の、使い方……」
悲しい微笑みを浮かべたルゥは、状況についていけないネロや烏の男をそのまま置いてけぼりにして槍を掴んでいない方の手から小さな火球を生み出した。
極自然に火の力を使って見せたルゥにネロは言葉を発することもできずに呆然としていた。
その時、ネロが考えていたことはルゥの記憶がどこまで戻ったのか。それだけだった。
「ふ、ふんっ。そんな小さな火の玉では、私が神から与えられたこの素晴らしき防具に傷ひとつ与えることはできないでしょう」
「うん。傷は付けられないと思う。でも、防具が付いてない場所なら、やけどしちゃうよね?」
悲しげな表情で敵である烏の男に、これから自分が与える苦痛について予告をしたルゥは、槍を手放して逃げようとした男に向かって火球を放った。
男は盾を火球に当てることでルゥの攻撃を防ぎ、その衝撃で小さな爆発が起きた隙に己の持てる最高速度でその場を離脱していった。
戦いの喧騒がなくなり、この場にあるのは血を大量に流して息絶えている虎の男の死体と、気を失って倒れている猫の男、そして呆然と立ち尽くしているネロと夜風に身を委ねているルゥだけだった。
「ネロ」
「っな、なに?」
「エーテル達のところに戻ろう? 多分、もう『神の手足』は来ないと思うから……」
「え、ええ……」
ネロが感じている恐怖を正しく感じ取ったルゥは、差し出した手を引っ込めて無邪気に、そして明るく笑ってゆっくりと歩き出した。
いつもなら、道案内をするようにネロが先頭を歩いてルゥが後ろを付いて行ったり、会話を楽しむように二人並んで歩いたり、珍しい物を見つけたルゥが駆けだしていくのをため息交じりにネロが注意して後を追いかけたり……。最近ではそこにエーテルやモエギが混ざって楽しい旅になっていたのだが、今現在は散歩を楽しむかのようなゆっくりとした足取りでルゥが先行し、ネロが躊躇い混じりに後ろを付いて歩いている。
──僕の記憶を取り戻すために旅をしてるのに、僕の記憶が戻ることを怖がってる。なんで? って、聞いても良いのかな?
ぎこちない空気の中、ルゥは大サボテンで出会った不思議な象、タスカの言葉を思い出した。
『不安は多い。けど、君は一人じゃないだろう? 辛いこと、悲しいこと、思い出したこと。さっきみたいに吐き出した方がいい』
『彼女は大海の精霊だろう? 受け止めるのは、息をするのと同じこと』
迷っている背中を押すように、追い風が吹いた。
風に逆らうように足を止めたルゥは、静かに振り返った。
ネロはフードを抑えながら、立ち止まって振り向いたルゥをただただ見つめ、何事かと構えているようだった。
「あの、さ……」
どうやって話そうか考えていなかったルゥは、それだけ言ったきり止まってしまった。しかし、ネロがルゥの言葉から逃げるように足を踏み出したことで『とにかく何かを話さなければ』と追い立てられた気持ちになり、こうなったら勢いで! と半ばヤケクソ気味に話を始めた。
「ネロは……僕の記憶が戻ったら困るの?」
「……なんで?」
「さっき、僕が少しだけ思い出したって言った後からずっと元気がないから」
「それだけで、私がルゥの記憶が戻って欲しくないみたいに思わないで欲しいわね」
「それだけじゃないよ。ちょっと、怖がってるでしょ? ごまかしたって無駄だよ。僕にはわかる」
変に鋭い嗅覚は、難しい女心は嗅ぎ分けられずとも、誤魔化しや嘘に対してなら遺憾無く効果を発揮する。ネロも付き合いでそれは重々承知しているはずで、だからこそため息をひとつ吐いて真っ直ぐルゥを見つめ返した。
ネロがフードから手を外して自然体で向き合ったことで、彼女の青く長い髪が月明かりに煌き、整った顔立ちが露わになる。
その表情はどこまでも冷たく『無』であった。
恐れすら感じる美しい顔立ちに、しかしルゥはネロが感情を隠すためにそうしているのではないかと思った。
「いつからそんなに知りたがりになったのかしら? エーテル? それともモエギかしら? エーテルの能力には感謝するけど、ルゥの教育に影響するようならやっぱり旅の仲間は作らない方が良かったわね」
いつになく饒舌なネロに、その憶測は間違いではないようだとルゥは確信して、畳み掛けるように言葉を発した。
「タスカだよ。不思議な象の男の人。僕は、自分が誰かわからない。ネロが僕のことをルゥって呼ぶから、僕はルゥなんだよ。でも、記憶が少しずつ戻ってくると、分からなくなるんだ。知らない人の声、知らない場所、知らない記憶……。不安なんだよ! すごく怖くて、僕が僕じゃなくなるかも知れない、僕が……ルゥっていう存在がなくなるかも知れないっ……! ネロもそうなんじゃないの!? 僕が、ルゥじゃなくなるのが怖いんじゃ──」
「それ以上はやめなさい!!」
次々と語るルゥの不安をネロが悲痛な声で止めた。
「貴方はルゥよ。何も心配いらないわ」
「……答えになってないよ。ネロは、僕が怖いの?」
「私は…………」
それきり一向に答える気配の無いネロにルゥは酷く傷ついた。
──タスカがせっかく後押ししてくれたのに、ネロは何も答えてくれない。
「もう、いいよ……」
「っあ…………」
泣き笑いのような顔で諦めを口にしてエーテル達のところへ戻ろうと体の向きを変えたルゥは、咄嗟に引き止めようとしたネロを視界の端に捉えていたが、少しだけ手を伸ばしただけでやはりそれ以上動くことをしなかった彼女にギュッと拳を握って悔しみを耐え歩き出した。
ルゥの中に芽生えたネロへの小さな不信感。
──ネロは何かを隠してる。隠したがってる。それが何なのか、僕は知らなきゃいけない気がする……。
力を使いすぎた所為で足元の覚束ないネロを気にするような、ぎこちない歩き方になりながら多種族動物村サイオスへと戻ったルゥは、ネロをエーテルとモエギの休んでいる天幕に押し込んで自らは外でずっと考え事をして夜を明かしたのだった。
──僕は、一体なんなんだろう? 火の力が使える、狼の第三種族。それだけなのかな……?
ふっふっふ……。ちょっとずつ面白くなってきました。
ルゥとネロの間に不穏な空気が流れ、ようやくルゥが独り立ちをし始めます。
「箱庭」は、主人公が修行や色々なことをして少しずつ強くなって行くのとは違う感じで、ルゥを強くしていきます。強くして行く……というより、強くなっていく? 強さを思い出していく? 感じですね。
頑張れ、ルゥ! 負けるな、ルゥ! そして早くネロと仲直りしろ!(仲直りさせるとは言ってない)




