6、砂地の行商人
急いで朝食を作り終えて食事を済ませたエーテルは、片付けをしながら改めてリュックの中身を確認した。
日中の気温を考慮して足の早い食材は昨日の夜のうちに処理したが、それでも全部をどうにかすることはできず、すでにダメになっていた食材は昨日寝る前に焚き火で燃やした。高級食材である卵は、密かにネロが水の晶霊石を使って冷蔵保存をしていたのと、卵をくれた豚の一家もきちんとそういう冷蔵保存の方法を持っていたらしく以外にも平気で今朝のうちに使い切ることができた。
そんな暑さがあと四日は続くということを考慮してエーテルは考えながら朝食を作ったのだが……。
「どう考えても食材が足りないな……」
「え? あと四日分、ご飯ないの?」
「どうするです?」
各々が違った感情を視線に込めてネロを見ると彼女は何かを待っているように自分達がこれから向かう方向を見ていた。
ルゥもその方角を見て見ると、遠くから砂の匂いに混じって美味しそうな匂いを嗅ぎ撮ることができた。そしてそれは確実にこちらへと近付いて来ており、言葉には出さずとも尻尾や耳で喜びを表しているルゥに、ネロは目的のものが来た事を知ったようだった。
「やっと来たわね」
「来たって、何がさ」
「誰かと待ち合わせでもしてたです?」
「砂地の行商人よ」
ラクダに積荷を載せ、アラブの民族衣装を彷彿とさせる白や乳白色の布を纏ったラクダの動物種族が生業としている職業である。
トワイノース大陸の港と多種族都市ムルドとの間を、ルゥ達がいる大サボテンや多種動物種族村サイオスなど中継地点を通りながら商売をしている。
砂地の暮らしに特化したラクダの動物種族である彼らだからこそできるこの商売のお陰で、灼熱と極寒が交互にやってくる砂漠の旅が緩和されているのだ。
「やあやあ、お待ちどうさま。砂地名物ラクダの行商人がやってまいりました。お客様は何をお求めですか?」
「天幕はあるかしら? 3…………いえ、4人入れるくらいの大きさの」
「はいはい、ありますよ。ただちょっと値が張りまして、白2灰8です」
ネロはモエギを頭数に入れるか悩んだが『三人だけ天幕の中で寝られる』という事実を知ったら優しい狼や世話焼きの猿は「自分が外で寝る」と言い出しかねず、その後に待ち構えている譲り合いを想像して結局四人が入れる天幕を購入することにしたのだった。
「……仕方ないわね。エーテル、あとは食材よ」
「ああ。じゃあ……乾パン4人前を四日分。干し肉2切れと魚の干物を……2枚」
「はいはいはいはい。えー……天幕と合わせて、白3灰8です」
「ああ──」
「待って。エーテルは食事を作るだけよ。材料費は私たちが出すわ。そういう約束だったでしょう」
確かにエーテルを旅に誘った時、そういう約束をした。
その事を思い出したルゥは、珍しくネロの財布事情を心配して食べかけのパンを持ったまま彼女に近付いた。
「ネロ」
「何?」
「お金、大丈夫?」
「あんたが気にする事じゃないわ。いいから食事を終わらせなさい。行儀が悪いわよ」
「はーい」
「……なんか悪いね」
すごすごと先ほどまで座っていた場所に戻ったルゥを横目にエーテルが謝った。
「約束は約束よ。契約、と言っても良いわ。これは明確な線引きなの。貴女が謝る必要も罪悪感を感じる必要もないわ」
冷たく突き放すような言い方にエーテルは苦笑いしていたが、それはネロの遠回しな優しさだということを短い付き合いで知ったからである。
しかし、モエギから見ればそれはただただ冷たいだけの一言でしかなく、不満タラタラの表情で抗議の声を上げた。
「ちょっと、その言い方は酷いと思うです」
「良いんだよ、ネロのコレは……ね」
「どういう事です?」
「ネロはすごく優しいんだ。モエギもそのうちわかるよ!」
素敵な笑顔で聞いている周りが赤面しそうな台詞を恥ずかしげもなく言い切ったルゥに、モエギは納得いかないまでもそれ以上何かを言うことはなかった。
「ごほん……。はいはい……えっと、以上で大丈夫ですか?」
「ええ」
「おやおや、水は大丈夫ですか? 砂地では必需品ですが、まだまだ残ってますか?」
商人に言われてルゥ達三人はハッとなった。
ネロが居れば水に事欠くことはないため、失念していたのだ。
「あ、ああ……砂地は初めてだからすっかり忘れてたよ。もう無かったっけ?」
「ええ! もちろんよ! 取り敢えず三人分かしら?」
「三人分で良いんですか?」
「私はまだまだあるから平気よ」
「モエギも水は欲しいよな?」
「はいです」
ルゥ達三人のわざとらしい感じに違和感を抱くことなく、モエギは笑顔で頷いたのだった。
「では三人分の水袋と合わせまして、白1灰6です」
「わかった…………って、全然足りないわね」
「これくらいアタシが出しておくさ」
「……悪いけどお願いするわ」
手持ちが足りなかったネロは、この場の支払いをエーテルに任せた。
フードに隠されていても、少しだけ丸みを帯びてしまった背中が彼女の心情を物語っていた。特に、水は自分で生み出せるのに余計な支払いが増えたことで落ち込みが深いネロに、ルゥはなんと声を掛ければ良いのか分からず遣る瀬無い気持ちのまま何も持っていない手を見つめたのだった。
「はいはい毎度あり」
「あ、あのっ! 木の実ってあるです?」
エーテルから代金を受け取った男は、ここはもう良いだろうと別の客の元へ向かおうとしていたが、モエギに呼び止められて商売道具を片付け始めていた手を止めた。
海上や砂地では、リスの好物である木の実が手に入ることはない。
好物を今まで我慢していた分、やや鼻息荒く詰め寄ったモエギに男は身体をのけぞらせながらも、商人として品物の有無ははっきりと伝えた。
「あ、ありますよ」
「買うです!」
「一袋五個入りで灰1です」
「安い! 即買いです!!」
「即買いって……貴女、石貨は持っているのよね?」
「…………えっと、確かこの辺に…………」
ネロの素朴な疑問に冷や汗を垂らしながら鞄の中を漁るモエギに、先ほどの落ち込みはどこへ行ったのか、冷ややかな視線を向けるネロを見てルゥもエーテルも笑ってしまった。
「っあ! あったです! コレです!」
そう言ってモエギが取り出したのは、灰色の石でできた立方体だった。
「おやおや、これは都会的な物をお持ちですね」
「ネロ、あれ何?」
「……私も見たことがないわ」
ネロに説明を求めたルゥだが、ネロも知らないらしくモエギに視線を移していた。しかしながら、当のモエギも用途をよく理解していないらしく、商人の男に丸投げしていた。
「ありゃりゃ、皆さんこれをご存知ない? まあ、それも仕方ないかもしれませんね」
そう前置きをした男は、モエギから渡された灰色の立方体を手のひらに乗せて、全員に見せながら説明を始めた。
「はいはい皆さん、これはセンティルライド大陸内でしか使用されているところを見たことはありませんが、一応黒石とかと同じ世界通貨です。こちらは灰箱と言いまして、一個で灰石5枚と同等の価値になります。もちろん白石と黒石にも白箱と黒箱というものが存在しますが、こちらは灰箱よりも希少ですので、実物を見たいのならセンティルライドへ行くことをお勧めします。まあ、行ったとしてもお目に掛かれる可能性は低いでしょうけど」
「「「へぇ〜」」」
「ではでは、こちら灰箱をお預かりしたので、灰4のお返しです」
「ありがとう、なのです……」
「また、ご贔屓に」
今度こそ他の客の元へとさって行った男を見送ったルゥ達は荷物の整理を兼ねた軽い食休みをして、多種族町ムルドへ向かう旅を再開した。
相変わらず貨幣制度に悩みながら書いております。
新しく『箱』という単位が出てきましたね。
最初は10枚単位にしようか100枚単位にしようか色々悩みましたが、5枚というあれば嬉しい単位に落ち着きました。
今後、登場予定はほとんどありません。
いや、センティルライドまで行けば出ますけれども、そこまでは『箱』の存在はほとんど無いと思います。
再登場した時に、改めて説明書きをしますので忘れていただいても構いませんですはい。
20.5.11 誤字脱字修正




