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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
トワイノース大陸 サボテンの行商道
31/171

3、寒い夜と不思議な象

  日が沈みきった頃、ようやく暑さから解放されて元気を取り戻したエーテルとモエギだったが、その優雅な時間はすぐに終わりを迎えることになった。


「寒ッ!! はぁ!? なんだこの寒さは!?」

「ささささっきままままで、あっ、あんなに暑くて死にそうだったのに……な、なななんです?!」


 身を寄せ合って暖を取る二人に、ネロはエーテルのリュックから勝手に火の晶霊石(しょうれいせき)を取り出しながらため息を吐いた。


「エーテルはまだしも、なんで旅慣れしてるはずのモエギまでそんなに騒がしいのよ。あんまり煩くすると他の人に迷惑よ。静かにしてなさい」

「ネネネロと……っとと、ルゥは……へっ、平気なのかっ?」

「私は寒いのも暑いのも結構平気よ。ただ、ルゥは……」


 歯の根が合わず喋るたびに白い息が空中に溶けて消える夜の砂地で、ルゥは外套に|包まってできるだけ体を縮こめてじっとしていた。


「……この通りよ。暑いのは平気な方なんだけど、寒いのはめっきり駄目なの。体力を温存するためになるべく動かないようにしているのね」

「リスでもないのに、冬眠してるみたいです……」

「大サボテンの周りはまだマシな方よ。ほら、エーテル。火を点けてくれないかしら」


 晶霊石を手渡し、エーテルが火を灯した。

 ネロは続けてリュックの中から薪を取り出し、火を囲むように組み立てていく。

 彼女のそんな手慣れた作業に、モエギは素直に感心しているようだった。


「薪があって良かったわ。これで少しはまともに夜が越せそうね」

「人の荷物を勝手に……って言いたいとこだけど、あったかいからまあ良いさ」

「あったかいですぅ〜」


 暖を取る二人を確認したネロは、余っている薪を二本用意して、燃える炎の中から器用に晶霊石を取り出した。


「エーテル、これはもう消して良いわよ」

「良いのか?」

「ムルドまであと五日は掛かるのよ? 石の力がなくなるわ」

「五日!? そんなに掛かるのか?!」

「ということは、あと五日間は寒さと暑さが続くです?」

「そうなるわね。あ、モエギ、もう少し火に寄って。じゃないとせっかくの日が風で消えるわ」

「っはいです!」


 トワイノースの港から一番近い居住区は多種動物種族村(リベレッジ)サイオスだが、村だけあって宿屋や店がほとんどない。

 他の大陸では旅人を快く受け入れている場所もあるのだが、ここは砂の大地。トワイノース大陸である。自分達の生活が賄えるだけの備えしかなく、旅人を歓迎できる余裕がない。それに、サイオスは精霊種族を快く思っていない住人が多いのである。


 以上の諸々を考えてネロは多種族町(ネオリブタウン)のムルドを目指している。

 しかし、彼女の言った五日で到着できるという話は多めに見積もられている。

 過酷な旅を続けていたネロは、今後起こりうる様々な自体を考えてそう言ったのだ。

 食糧不足や病気、怪我。砂漠といえど天候が崩れることもあるだろう。デューズアルト大陸の多種族町(ネオリブタウン)カジュカで出会った盗賊団『ゴリアテ』がいつ現れるかも分からない。

 モエギが旅に同行することは予想外だっただろうが、進行状況的にさしたる問題はなさそうである。


 そこまで考えているネロが大サボテンまで急いだのは、夜になる前にどうしてもこの場所に辿り着きたかったからだ。

 砂地の夜はとても寒い。

 夜風は冷たく、昼夜の寒暖差で風が吹き付け、砂が舞い上がり襲いかかる。

 それを大サボテンと周りに植えられている僅かな木々や草花が和らげてくれるからこそ、この場に人が集まるのである。


「……す、すまないが、俺……俺も、火に当たらせてもらって良いだろうか?」


 おどおどした小さは低い声は聞き取りづらく、ネロ達三人は自分に話しかけていると気付かなかったが、大きな体躯がヌッと近付いたことによって彼女達は初めて彼が話しかけていることに気付いて顔をあげたのだった。

 そして焚き火に照らされた彼の姿を見たとき、三人はそれぞれ異なる反応を返した。


「……どうぞ。貴方には小さいかもしれないけれど」


 ネロは穏やかに。


「おー! 遠慮せずに入りな」


 エーテルは親しそうに。


「びゃっ……! お、大きいです……」


 モエギは驚いたように。


「象の動物種族がこんなところまで出てくるなんて珍しいわね。貴方達の住処はもう少し南の方だと思ったけど?」

「お、俺、晶霊石を使うのが苦手なんだ……。だ、だから、仕事ができないから、村から追い出されて……い、いろんな場所を旅した。けど、お、俺、結局何もできないし、この耳、を見るたびに、みんなが指をさして笑う……から、村へ戻ることにした」


 穏やかで怒ることの少ない象の動物種族。

 力はあるが動きは大抵緩慢で、自分達の住処からほとんど出ることのない彼らは他の種族から大きな耳を馬鹿にされることが少なくない。

 そんな彼らは"群れ"という一種類の動物種族で形成される小さな集落を作り生活をしている。

 種族が一つしか居ないと、生活の中で出来ることや知恵などが限られてくるため、晶霊石の使用頻度が高くなるのだ。

 その晶霊石を使えない者は群れから追い出されるか、村八分のような扱いを受ける。と言うことをネロが簡単に説明した。


「酷いと思う? でもそれが、この世界の(ことわり)よ」

「そ、そうなのですね……」

「……そ、そんなに怯えなくても、何もしない。火を、貸してくれた、優しい者達」


 炎に照らされた男の表情はとても穏やかなものだった。

 体躯の大きさに怯えていたモエギは、そんな自分が恥ずかしかったのか俯いてしまった。

 その様子を密かに観察していたネロは男の違和感に気付いた。


「もしかして、貴方、目が……?」

「あ、ああ。ほ、ほとんど見えない」


 男は瞬きをするどころか、会話中一切目を開いていなかった。

 象は視力が弱い。しかし、それは動物の象であり、動物種族である彼にまで適用されるのは大変に珍しい。


 狼であるルゥは嗅覚が鋭く耳も良い。

 猿であるエーテルは器用で木登りが得意。

 リスであるモエギは歯が強く頬袋がある。


 上記のように動物種族は元となった動物の利点を引き継ぐことはあっても、欠点を引き継ぐことはほとんどないのである。

 ヒトより優れることはあっても、劣ることは皆無と言っていいほど無いのが動物種族なのだ。


「目が見えないのに、一人で旅をしてるのか?」

「お、俺は、動物種族だけど、動物にちか、近い。足の感覚も、動物の象並みだ。そ、それに……全く見えないわけでは無い」

「……生まれた時からなのよね?」

「ああ。両親は、が、がっかりしていた。力が強く、き、嗅覚が優れているけれど、晶霊石の力を使えない俺は、ただ、大量の食料を消費するだけの穀潰しだった」


 淡々と話す男からは悲しみも怒りも感じられず、ただ事実を受け止めているようだった。

 そんな暗くなってしまった空気を払拭するように、男は口元を緩めて話題を変えた。


「で、でも……火の晶霊石、珍しいな。今、火の精霊種族がす、少ないから、力の補充が行き届かないのに」

「え──」

「何でこれが石を使って火を点けたって分かるです?」


 ネロの疑問と驚愕の声を押しのけて、モエギの質問が飛んだ。


「す、砂地の風は、火付け石を不能にする。火を点け、つけるなら、晶霊石を用いらないと無理だ」

「へぇ〜」

「それより、火の精霊種族が少ないってどういうことなのか説明して貰えるかしら?」


 逸る気持ちを押さえつけるようにネロが言った。


 火の精霊種族の減少──。

 それは、ルゥに関係してくることである。


 丸まって寝息を立てているルゥに視線をやって、きちんと寝ていることを確認してからネロは男に視線を移した。


「お、俺は、センティルライド以外は、全部、回った。精霊郷(シュトリピア)も、ふた、二つ見つけた」

「「精霊郷(シュトリピア)!?」


 エーテルとモエギが声を揃えて驚愕の叫び声を上げた。

 彼女達の声に驚いた他の者達から非難が殺到し、急いで謝罪したが二人の興奮は収まりそうもなかった。それほどまでに、精霊郷(シュトリピア)は発見が難しく、ヒトと同じくお伽話の中で語られる世界なのだ。

 ネロもフードの下で「ありえない」という顔をしていたが、男が続けざまに話す内容に彼の言葉を信じるしかなかった。


 精霊郷(シュトリピア)とは、以前も話したように精霊種族のみが暮らす隠れ里のことである。


「デューズアルトのディオネと、フォロビノンの、テ、テラル。こ、口外するなと言われたから、場所までは、話せない。けど、ディオネは、優しかった。大きな滝と湖がとても綺麗で……空気が澄んでいた」


 情景を思い出しながら語る男にうっとりと聞き入るエーテルとモエギだが、しかし──。


「そ、そこで聞いた。火の精霊種族が減っている、と。火の精霊郷(シュトリピア)に、も、問題があったんじゃないかって言っていた。他の村や町、都市でも、火の晶霊石が使えなくなっているところがあって、闇の商人(アンダーディーラー)も、げ、原因がわからないと言っていた」


 ──深刻な声で続けられた話の内容に、さっきまでの幸せな表情がだんだんと暗くなっていった。

 その話を聞いたネロは、少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「……この世界の精霊種族は、絶対数が決まっているのよ。増えもしないし、減りもしない。火の精霊種族だけが減っているのも、何か……何か原因があるのよ」

「そ、それも精霊郷(シュトリピア)で聞いた。火の精霊種族が減っている代わりに、つ、土の精霊種族が増えていると」

「なるほど、そういうことね。分かったわ。少し予定を変更するから、もう寝ましょう」


 一人納得したようなネロは、それだけ言うと早々に外套に包まって寝る体制に入ったのだが、今後の予定を知らずとも何かを急に変更されたことに納得のいかない二人が説明を求めた。


「ちょっとネロ、どういう事なのさ」

「そうです。ちゃんと説明して欲しいです」

「……説明も何も、私の予定が変わっただけで貴女達には関係ないわ」


 きちんと体を起こしてから行儀よく二人の疑問に対する回答を述べたネロだったが、相変わらず言い方は素っ気なく、言い終わると同時に今度こそ本格的に寝る体勢を取って『これ以上話しかけるな』と言外に語っていた。

 その後、エーテルやモエギが何回か声をかけてもネロは応じることはなく、二人は諦めて男と一言二言会話を交わしてから各々も寝ることにしたのだった。

 前回とは打って変わって寒い話です。

 エーテルもモエギも人並みに寒いのも暑いのも苦手なので、一般的な反応ですね。

 トキモト、狼は寒い地域に居ると思ってましたが、この話を書くに当たって調べた結果、狼は暑いところにも生息しているそうですね。

 イヌ科なので暑いところよりは寒いほうが平気らしいですが、まあ、ルゥはアレですから……。


 ちなみに、象の男は身長2メートルくらいです。

 モエギの身長が155、ルゥが170、エーテルが168、ネロが148くらいを想定してます(今更な情報……)。

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