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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
デューズアルト大陸 多種族都市ケイナン
3/170

2、宿屋の姉妹

 一階に降りて受付を通り過ぎた奥、RPGに良くある酒場のような作りの部屋があった。

 簡素な造りの木製の丸い机と椅子が3組、適当な感覚で並べられ、壁には酒樽や酒瓶が飾られている。

 中でも目を引くのは、大きな肖像画である。

 今よりも若い頃の女主人とその腕に抱かれた赤ん坊、女主人の肩を抱いている優しい猿の男性と、二人の間に立って満面の笑みで笑っているネロより少し大きい猿の少女が描かれたものだ。

 二人掛けのカウンター席の奥には厨房に続くための扉があり、その中から女主人ともう一人、若い女性の声が聞こえてくる。

 入り口から一番近い場所に座っているネロを見つけたルゥは、ゆっくりと椅子を引いて恐る恐る座った。

 頭巾を目深に被っていて表情はわからないが、座ることを止められなかったことから多少怒りが収まったものと推測したルゥだったが、彼女の機嫌が悪いと今後の生活に影響が出るので早めに謝っておくことにした。


「ネロ……えっと、ごめんね?」

「なんで疑問系なのよ」


 疑問系で謝ったことがまずかったのか、ネロの口調は厳しいものだったが思っていたよりも怒ってはいないようでルゥは安心したのだった。しかし、怒っていることには違いないので、さらに謝罪の言葉を重ねる。


「さっき、あんなことして……」

「本当に悪いと思ってるの?」

「……うん。……たぶん」

「なによそれ」

「だって、ネロが……その、精霊種族ってバレるのはダメなんでしょ? だから隠さないとって思って、ああするしか思いつかなくて……」

「それは感謝してるわよ。でも、なにもあんな方法を取らなくっても……」


 思い出して恥ずかしくなったのか、段々と尻すぼみになって行った言葉はルゥの元までは届かなかった。

 聞き返そうと考えたルゥだったが、直感的に『ダメ』と判断し、それ以上追求することはせず、もう一度謝った。


「本当にごめんなさい」

「っもういいわよ」


 ネロは思う。

 動物種族はずるい。それも、ふわふわもふもふ系の耳と尻尾を持つ者は特に……と。

 目の前で耳と尻尾を垂れ下げ、目に見えて『反省』の形をとるルゥのなんと愛らしいこと。

 見た目にそぐわず上目遣いでこちらを伺ってくる幼い謝罪方法もずるい。

 これでは怒るきも失せ、撫でまわして逆にこちらが謝ってしまいそうな凶悪である。


「やった! ネロの機嫌が直った!」


 そしてこの素直さ。

 共に過ごしてルゥが何かやらかす度に、ネロはこうして何度でも許してしまうのだった。


「はぁ。さっさとご飯食べてお風呂入って明日に備えるわよ」

「え……お風呂……。僕も、入らなきゃダメ?」

「当たり前でしょ!」

「一緒に……」

「ッ入るわけないでしょ! バカ!!」


 ルゥに日常生活の記憶はあるが、入浴が嫌い(水が苦手と言うよりは石鹸の匂いや泡が苦手)と直感的に感じているルゥは、ネロに混浴をねだってみたがあえなく却下された。

 以前説明したように、ルゥには男女間の欲についての知識がない。

 ネロはルゥが目覚めてから何度か男女の関係について簡単な説明はしたが性的な話まではしなかったため、今でもこうして純情そうな顔をして普通ではあり得ないことをサラッと口にする。

 時々狙って口にしてるのではないかと思うほど、ルゥの素直な思考はネロを困らせるのだ。

 そんな顔を赤らめるのが通常装備となりつつあるネロに、ルゥはニコニコとした表情を向ける。


 ──ネロ、照れてるのかな? 可愛いな。


 そんな事を思いながら見つめるルゥに気付かないネロは、落ち着きなく視線を彷徨(さまよ)わせて夕食の到着をしきりに気にしていた。


「夕飯、遅いわね……」

「そうだねえ」


 ネロだけが一方的に気まずい雰囲気になっているところへ、女主人が一人の女性を後ろに引き連れてやってきた。

 肖像画に描かれていた少女の面影を残した、豊満な体付きの女性である。


「申し訳ございません。こちらの不肖の妹が夕食の支度をせずに出歩いていて、捕まえるのに手間取ってしまいました」


 口元に手を当てて上品に笑っているが、女主人の妹らしい女性が今にも逃げ出そうとするのを首根っこを掴んで引き止める彼女の腕はとても逞しく見えた。


「もう、そうやってすぐ逃げようとするんだから……」

「だって、クレアが押し付ける仕事ってアタシの苦手な事ばっかりじゃん。掃除、洗濯、色々な雑用に接客だろ? アタシは料理と晶霊石(しょうれいせき)の使い方しか教わってないっつの」

「貴女がそれ以外覚えようとしなかったのがいけないのよ。それに、その料理だって時間通りお客様に出せたためしがないじゃない」

「アタシだって色々とやることがあるんだよ」

「それでも、食事の時間には戻ってきておいてっていつも言ってるじゃない」


 女主人クレアと妹エーテルの言い争いが始まってしまった。

 動物種族のルゥはまだしも、精霊種族のネロは空腹には弱い。かくいうルゥも耐えられるだけであって、野生の動物よりは空腹に素直である。

 カウンターの奥、厨房がある部屋から漂ってくる美味しそうな匂いに先ほどから小さく訴えてくるお腹の減りに、ルゥは言い争いに負けない声量で口を挟んだ。


「ねえ、お姉さん! 僕、お腹空いたんだけど!」

「はあ? なんだよ、可愛い狼がいるじゃん」


 口喧嘩に夢中になっていたエーテルがルゥの姿を視界に収めた瞬間、怒りをどこかに投げ捨ててにんまりと口角を上げて笑った。やがてその笑みは徐々に妖艷(ようえん)なものに変わり、ルゥの元へしなやかに近付いて豊満な胸を押し付けるように頭を抱き込んだ。


「わぷっ……!」

「なっ……あっ……まっ……!?」

「ちょっとエーテル!!!」


 ネロは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、言葉にならない声をあげながらエーテルを指差し、クレアは妹の客に対しての失礼な行動を叱責(しっせき)した。

 しかし、エーテルは身体を離すどころか逆に密着させ、手櫛で髪を()きながら誘うような甘く艶めいた声でこう囁いた。


「やっぱ毛並み悪いね。どう? お姉さんが一緒にお風呂入って色々と洗ってあげようか?」

「え? いいの?!」


 驚きと息苦しさと気恥ずかしさに顔を赤くしていたルゥだったが、エーテルの言った『一緒にお風呂』という言葉で一気に期待するような喜色の表情になった。

 ここで重要なのが、決して下心で喜んでいるわけではないということだ。

 苦手な入浴を我慢して一人で入ったとしても、結局は石鹸が苦手なルゥはまともに身体を綺麗にすることができない。


 『綺麗にはなりたい。しかし石鹸の匂いは嫌。誰かが洗ってくれれば我慢する』


 そんな王様のように誰かの手を借りて、されるがままの入浴がルゥの理想だった。

 見た目青年のルゥが少年のように喜ぶ姿を見て、エーテルは自らが想像していた反応とは違うが喜んでいることには違いないので笑みを濃くした。


「いいよ。じゃあ、今夜……にぎゃっ!?」

「おほほほほ。大変失礼いたしました。ただいま、夕食の準備をさせますのでもう少々お持ちください」


 暴走するエーテルをクレアは尻尾を思いきり掴むことで強制的に黙らせた。

 よほど強く掴まれているのか、目に涙を浮かべながらよろよろと座り込んで首をブンブンと横に振っていた。


「ほら! 早く用意しなさい」

「いっっっっっ!? ちょっ、そんな、強く引っぱっ……痛!!!」


 クレアに尻尾を引っ張られながら厨房へ戻っていくエーテルに、楽しそうな視線を向けていたルゥだったが、ネロに耳を引っ張られた事で意識を彼女の方へ戻した。


「痛いっ! なに? ネロ、痛いよ……?」

「ふんっ」


 なぜ耳を引っ張られたのかわからないルゥと、なぜそんな子供っぽいことをしてしまったのか悩むネロとで、先ほどよりも微妙な雰囲気のまま夕食の到着を待つ事になってしまった二人だった。

 ルゥとネロの微妙な関係にちょっかいを掛けるエーテルさんの登場です。

 エーテルさんは口調が難しいですが、書いていて楽しいキャラです。お姉さんキャラスキー。

 今後も登場人物は増えていきますが、一人一人きちんと書き分けていけるように頑張ります!


20.3.5 誤字修正

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