1、砂に降り立つ
トワイノース大陸はデューズアルト大陸よりも大きく、この世界に存在する四大陸の中では一番の陸地面積を誇る。
主に砂地と岩場で形成された大陸だが、広大な砂漠地帯の途中に緑地や水辺はなく、住民達もそれを必要としている節はない。それは水の晶霊石があると言うのも一つだが、この地に住んでいるのは暑さや乾燥に強い動物種族が多いからである。それに、水分を多く含んだサボテンや多肉植物が植えられているうえに、最低でも週一回の頻度で貨物船に積まれている荷物の中に生活用水として大量の水が積まれているため、必要最低限の水分は賄える。
その他にも個人の船を使ってデューズアルトから色々運び込んで隊商を営んでいる動物種族も居て、そこまで切羽詰まった生活にはならないのである。
乾燥地帯に合わないものは、トワイノース大陸唯一の森林地帯がある北端へ向かうか、南西へ行けば小さな水辺がとある動物種族によって作られている。が、そこまでしてトワイノースに移り住もうという変わり者は殆どいない。
つまり、広大な土地がありつつも四大陸で一番人口密度の少ない大陸。
それがトワイノース大陸なのである。
朝日がゆっくりと登る中、砂浜に接岸した貨物船は普段通り乗客を先に下ろすために乗組員が下船の案内を始めていた。そして、ルゥ達が降りる順番になったとき、乗組員の一人が四人を止めた。
「待つね。君達は最後ね」
乗船の受付をしていた魚種族の男はそう言って他の乗客を先に降ろし始め、全員が船を降りるまでルゥ達は不安と苛立ちを胸に大人しく待つことになった。
「待たせたね。これは、荷物と乗客を守ってくれた礼ね」
男は白石4枚をルゥに握らせた。
「もらって良いの?」
「乗員の総意ね。命の恩人はもらう資格あるね」
「ありがとう!」
一体何を言われるのかと身構えていた4人は、思いがけない収入に喜んだ。
「……って、なんでモエギまでちゃっかり私達と同じ感じで数えられてるのよ」
「モエギも仲間ですよ?」
「私は認めた覚えは──」
「ねえねえ、ネロ。次はどこに行くの?」
「っ多種族町ムルドよ!!」
新天地に降り立ち、思いがけない収入に全身ではしゃぐルゥに言葉を遮られたネロは「あーもうっ!」と言いながら一人でズカズカと先へ進んだ。
「ネロ、なんか怒ってる?」
「いや、あれはルゥの可愛さにやられてるだけさ」
「はいですっ! さっきのルゥ君はとっても可愛かったです!」
──そうか、照れてるんだ……。可愛いなあ。
乾いた風と砂埃の中、仲良く笑い合っているルゥ達が付いてこないことに気づいたネロが歩みを止めて待っていることに彼らはまた笑みを濃くして、ふて腐れたような寂しい背中の青い少女の元へと急いだ。
しかしルゥ達が降り立った場所は見渡す限りどこへ行っても砂地なために歩きづらく、余計に体力を奪われる。
ネロと合流するまでにルゥ達は息を切らしていた。
「ネロっ、お待たせ……」
「別に、待ってたわけじゃないわよ」
「トワイノースってのは、こんなのが、ずっと続くのか? 目的地のムルドってとこも、影も形も見えないし、こりゃ大変だ……」
「これは、本当に、大変っ……なのですぅ……」
「貴女達だらしないわよ。見てみなさい、あの子なんて砂地なんて気にせず元気に走って来るわよ」
ネロが体を向けた方を見ると、船の上で助けた豚の男の子が元気よく手を振りながらこちらへ走って来るのが見えた。
「リスのお姉ちゃーん! オオカミのお兄ちゃーん!」
「あ! あの時の! 元気そうで何よりです!」
「うん! 助けてくれてありがとう! これは、お父さんとお母さんから!!」
きちんと頭を下げてお礼を言った男の子は、布に包まれた卵を渡してきた。
「卵です!」
「本当か!? そんな高級品、しかも6個もあるけど、本当にいいのか!?」
冷蔵庫はもちろん、安全な長距離運輸の方法が確立されていないこの世界では鮮度が落ちやすい生鮮食品や壊れやすいものは高級品となっている。
生魚や生肉は見た目を気にしなければ比較的どこでも手に入れられるが、卵や牛乳などは家畜の飼育環境に左右され、広大な土地と飼料、多くの人手を必要とする畜産家は決して多くない。
そう畜産家の家系である豚の男の子が拙い言葉で得意げに説明した。
「後、リスのお姉ちゃんとオオカミのお兄ちゃんには、僕の宝物を一つあげる! おばあちゃんの絵はあげられないけど、それ以外だったらなんでもいいよ!」
男の子の嬉しい言葉に全員、フードで表情の見えないネロでさえ優しく笑った気配がした。
「ありがとう!」
「ルゥ君、どうするです?」
「どうしようか……。モエギはどれがいいと思う?」
「モエギです? ……うーん」
まるで買い物をしている年若い夫婦のような会話に、先ほどまで暖かかったネロの周りの空気の温度が1℃下がった気がした。
ルゥは彼女のそんな心の機微には気付かなかったが、エーテルは愉しそうに口角をあげてネロに囁いた。
「ルゥが他の女の子と仲良くしてるのは気に入らないか?」
「っべ、別に? ルゥは、特別なのよっ。他とは違う…………なんでもないわ」
小声ながらもエーテルの核心をつく一言に思わずといった感じで答えを返したネロは、慌てて口から出かかった言葉を飲み込み、何事もなかったかのように誤魔化した。しかし、エーテルは話題を続けようと先ほどまでのニヤついた顔を引っ込めて真剣な表情でルゥの方を見てこう言った。
「それは……ルゥが特別なのか? それとも、第三種族が関係してることなのか?」
ネロはフードの下で「やらかした」という表情をしていたが、表面上は至って冷静に返答する。
「……第三種族は、文字通り動物種族とも精霊種族とも違う第三の種族よ。万人に嫌われ、万人に好かれる、特殊な種族なのよ」
「だから、種族違いのネロやモエギにも好かれるって?」
「……一番はルゥの人柄だと思うわ」
お茶を濁すようにそう閉めたネロの言っていたことは、第三種族についての諸説あるうちの一つであり、真偽のほどは定かでない。
そんな曖昧な話をわざわざ持ち出してエーテルの疑問を躱したネロは、未だモエギと豚の男の子から何をもらうか考えているルゥに視線を移した。
「これなんてどうです?」
「うーん。僕はこれが良いかな?」
「じゃあ、モエギはこれにするです!」
「何それ? そんなもの僕は見たことないけど、モエギはそれが良いの?」
「はいです! これを貰っても良いです?」
「それは僕の一番の宝物だけど、お姉ちゃんが欲しいならあげる! もちろん、オオカミのお兄ちゃんも!」
「ありがとうです!」
「ありがとう!」
男の子に手を振りながらお礼を言ったルゥとモエギは、ネロ達に貰ったものを見せびらかすように掲げた。
ルゥはモエギや男の子と会話しながらも、ネロとエーテル二人の間に流れる微妙な空気を感じ取っていたが、今はいつもの二人の空気に戻っていて「大人だなあ」と純粋に尊敬するのだった。
「おいおい、よりによってソレを貰ったのか?」
「……本当、モエギはなんでソレを選んだのかしら」
「なんでって……蛇の抜け殻は薬になるですよ」
可愛いリスの女の子が嬉しそうに蛇の抜け殻を持っている図はとても現実離れしていた。
男の子から受け取るときも、モエギに持たせるよりは……とルゥが持とうとしたのだが、モエギに差し出されたソレを横から手を出して受け取るわけにもいかず、結局そのままネロ達に見せることになってしまった。
「モエギって変わってるよね」
「それ、ルゥが言うんだ……」
「そう言うルゥはやっぱり干し柿を貰ったのね」
「うん! 美味しそうだよね!」
「みんな似たり寄ったりだな」
「『類は友を呼ぶ』です!」
「貴女だけには言われたくないわ」
『喧嘩するほど仲が良い』を地でいく一行に、豚の男の子は祖母の家についたら船の上での出来事を真っ先に話すのだが、それはまた別のお話……。
やってまいりました新大陸トワイノース。
本編でも軽く説明しましたが、砂地と岩場が多い大陸です。
ルゥ達にとって過酷な旅になるでしょうが、移動中の話はグダグダすると思うので、これ以降は極力書きません(多分)。
サクサク進んでるように読めても、背景では砂地と岩場に苦戦しているルゥ達がいますので……。
そこを踏まえて書けよっていう話ですけどね……。




