4、災難続き
「ルゥ! ルゥ!! おい、大丈夫か!?」
「……ゲホッゲホッ! え、てる……?」
「無事みたいだな……」
「目が覚めたです!? 良かったのです、本当に……ぐすん……」
「もえ、ぎ……。……っネロは!? っぐ……ぇ……」
「急に起きたら危ないわよ?」
「っね、ろ……!」
海水を大量に飲んでしまったルゥは息苦しさと目眩、頭痛や吐き気などに襲われていたがネロの姿を視界に収めるとなりふり構わずに彼女に抱きついて泣き出した。
「ぶ、じで、よか……た……」
「はいはい。私のことよりも自分のことを気にしなさいよ。ほら、横になってちゃんと休むのよ」
ネロに言われた通り横になったルゥは、心配そうに自分を覗き込んでいるエーテルやモエギに向かってなんとも言えない表情をして小さく謝った。
ルゥは呼吸を落ち着けて周囲を見回すとどうやら甲板の上に寝かされているのは自分だけではなく、何人かの乗組員も同じように寝かされ他の乗組員に介抱されていた。しかし、波に攫われてしまった者もいるらしく、海に向かって泣き崩れている者もちらほらと見受けられた。
死者すら出した嵐はどこへ行ったのか、今現在の空模様は雨も風もあるが航海に支障をきたすほどではなくなっている。
「これが海よ。天候が変わりやすく、何が起こるかわからない」
ルゥの心情を汲み取ったようにネロが神妙な面持ちでそう言った。
旅の辛さを改めて実感した面々だが、ふとルゥの嗅覚が反応した。
「……あれ? 血の匂い、近くなってる」
「本当、ルゥの嗅覚の凄さには驚かされるわ。というか、こんなにも不運が続くなんて誰か呪われてるんじゃないかしら?」
「どういうことなのさ?」
エーテルの疑問にネロはフードを深く被り直してため息交じりに言った。
「海賊よ」
『航海に支障をきたすほどではない』と言ったのは晶霊石を積んだ中型貨物船にとって、と言う意味である。
体を起こしたルゥが視界不良の中で波の奥に見たのは、手漕ぎの小型船だった。しかも満員まで乗っているのに誰一人として櫂を手にしていない。
手漕ぎにも関わらず櫂を必要とせずにこれだけの雨風の中進んで来れるということは、この船よりも上等な晶霊石を積んでいるということ。彼らは、上等な晶霊石を積めるほど力のある海賊ということ。
近付きつつある海賊にやっと気付いた船員は嵐で色々と損失を出しているにも関わらず、すぐに気持ちを切り替えて海賊の襲来に備えて動き出した。
ルゥもフラフラになりながらエーテルやネロに支えられてなんとか立ち上がり、何が起こっても良いように心構えた。その際、ルゥ達に気付いた乗組員に「危ないから貨物室に引っ込んでろ」と怒鳴られてしまったが、ルゥ達が大人しく貨物室に戻る前に海賊が乗り込んできてしまった。
船尾に括り付けられた縄から小舟に乗っていた動物種族10人が続々と甲板に姿を表し、各々が手にしていた棍棒で乗組員を脅し、時に力技で一箇所に纏め上げた。
「テメェら大人しくしやがれ! この船は、俺ら『暁の水平線』がもらったあ! 抵抗する奴は女子供だろうと容赦無く殺す!!」
青と白の横縞の服を着て赤い布を頭に巻いた、よくある海賊の格好をした男の耳には魚の動物種族特有の鰭が付いていた。
男は、腰から金属(鉄)で出来た刃物を取り出しながら声高に叫んだ。
この世界には金属というものは普及していない。
この世界を作った神が金属を嫌っているからである。
ゆえに、神に近しい精霊種族も金属を嫌い、動物種族にも精製方法を教えなかった……というのが言い伝えられている。
しかし、現に魚種族の男は鉄の刃物を持っている。
金属を精製するには高温の炎が必要で、その高温の炎を使うには特上の晶霊石か力の強い精霊種族の存在が必須である。
金属を嫌う精霊種族が金属の精製に力を貸すわけもなく、かと言って金属を精製できるほどの晶霊石の在りかなど、精霊郷と呼ばれる精霊種族のみが暮らしている隠れ郷しかあり得ない。
「ネロ、あれって……?」
「なんで鉄の、刃物なんて持ってるのよ……」
フードに隠されたネロの表情をルゥはうかがい知ることはできないが、少しだけ震えている声と、第三種族である己の中に僅かにある精霊の血が感じる確かな嫌悪感から、きっと彼女は自分以上に恐怖と嫌悪を感じているのだろうと察してそっと手を握った。
いつもならすぐに振りほどかれるはずだが、この時に限っては逆にギュッと握り返されて、握ったはずのルゥがびっくりしてしまった。
「さっさと乗客を全員呼んでこい! さっさとしねえと……全員こうなるぜ?」
そう言って男は近くの乗組員の頸動脈を刃物で一閃した。
「見ちゃ駄目!!!」
ネロに繋がれたままの手を引かれて頭を抱き込まれたルゥは、視界を塞がれる前に見た真っ赤な血が頭から離れず、首から吹き出す鮮血の映像を繰り返し脳内で再生させていた。
──心臓が、煩い。何かが、思い出されそうで、でも、思い出せない……。ああ、体が、熱い…………。
熱いものが湧き出るような感覚を味わっていたルゥは、『暁の水平線』と名乗った海賊団の船長らしき男の言葉で、熱いものがストンと身体に収まった気がした。
「お前ら、殺されたくなかったら他の乗客を全員呼んでこい!」
「っっっはいぃ!!!」
「っき……きゃあぁぁ!!」
「…………こんなの、ないだろう」
転げるように貨物室へ駆け込む乗組員や悲鳴をあげることさえ忘れるほど恐怖支配された他の乗組員、悲鳴を上げるモエギ、呆然とするエーテルをよそに、ネロに抱きかかえられたルゥはいたって平静だった。
──殺す……? そうだ、人は、簡単に死んじゃうんだ……。
「ルゥ、大丈夫よ。貴方は、何があっても私が守るから」
「……うん」
抱きしめる力を強めたネロに、ルゥは静かに頷いた。
なぜ自分はこんなにも平然としているのだろうと困惑しながらも、無意識下で震える身体を落ち着けるためにネロにしがみついたのだった。
ということで、前回言っていた海賊団『暁の水平線』の船長の名前はツナミでした。
魚種族ですが、最初の段階ではシャチの予定でした。しかし、シャチを漢字にすると『鯱』こういう面倒な画数でとても読みにくく、カタカナ表記にすると名前になってしまいそうで、詳しい分類は伏せてただの魚の動物種族という形になりました。




