2、暗雲
結局、ネロとモエギの対立は収束することはなく、船首の方で「誰か! 薬を持ってる人はいないか!」と言う声にモエギがそちらを優先させたことで強制的に終了したのだった。
その後はモエギが戻ってくることなく、海賊に遭遇したり嵐に見舞われることもないまま航海1日目を終えたルゥ達は、本日の寝所である船内の貨物倉庫へと向かった。
貨物倉庫は他の乗客ももちろん寝泊まりするため、ルゥ達以外に8人の動物種族が荷物だらけの狭い場所に収められることになった。
「なんか大人数で寝るのって楽しいね!」
いつもと違う夜に、ルゥは興奮気味になって言った。
「あんまりはしゃがないでよ。狭いし、他の乗客に迷惑でしょう」
「……アタシ、外で寝たい……うっぷ…………」
いつも通り冷静に返すネロと、モエギに貰った酔い止めの効果が切れたらしく再び真っ青な顔でぐったりしているエーテルに、ルゥは声を小さくして謝った。
「ごめん……。エーテル、大丈夫? モエギを呼んでこようか?」
「だい、じょ……うぇっ…………」
「駄目ね。私は寝るから、あの小娘を呼んでくるなら勝手にしなさい」
外套にくるまってさっさと寝てしまったネロに、ルゥはなんでこんなにモエギのことを嫌っているのか不思議でしょうがなかった。
──これも、昔の僕なら、理由を知ってるのかな……?
「悪、い……。ちょっと、モエギ……よんで…………」
「っあ、ごめん。すぐに呼んでくるからっ」
真っ青を通り越して土気色になりつつあるエーテルの必死の呼びかけに、慌てて貨物倉庫内にあるモエギの香りを目印に真っ直ぐ向かった。
広い船内のほとんどを荷物で埋め尽くされており、ルゥは隙間を縫うように進んだ。
夜風に吹かれているのだろう、船体は昼間の穏やかさをそのまま置いてきたように揺れ、途中途中で既に休んでいる乗客を踏まないように気をつけながら進んだ。
そして、目的のモエギを見つけた。
彼女は角灯を焚いて絵本を読んでいた。
「モエギ、何読んでるの?」
「ルゥ君!? どうしたんです?」
ルゥが声を掛けると、モエギは恥ずかしそうに慌てて絵本を鞄の中にしまった。
「なんでしまっちゃうの?」
「え……? だって、この歳で絵本なんて、恥ずかしいです……」
「そうなの?」
絵本は小さい子が読むもの。
そう思っているからこそ、モエギは15歳と言う年齢になっても未だ絵本を持ち歩いては寝る前に読んでいる事実を隠したがった。
黄金の林檎の話が出た時のエーテルも、普段はルゥ達の前でお姉さんぶっている手前があるから小さい頃の可愛らしい時代をすんなり話したがらなかったのである。
しかし、ルゥにはその感性がわからない。
「僕は字が読めないから、モエギが羨ましいな……」
「そうなんです?」
「うん……って、こんなこと話してる場合じゃなかった! エーテルが具合悪そうにしてるんだ」
「それは大変です! どっちです?」
モエギを連れてエーテルの待つ場所に戻っている最中、ルゥは子供の頃について考えていた。
──小さい子がやっていることを、大人がやったら恥ずかしいのかな? 僕は子供の頃、何をしてたんだろう?
『ルゥ! こんなところにいたのか! ○○○が待ってるぞ。早く遊ぼうぜ?』
『ルゥ? 何してるの? かくれんぼの途中でしょ?』
森の中、男の子と女の子の声がする。
どうやら一緒に遊んで居たらしい……。
──小さい頃、小さい頃……?
『何をしている?』
『あーあ、やっちゃったねぇ。お母さんに、怒られちゃうよぉ?』
『全く、しょうがない子ね』
見たこともない部屋で、大人の声に囲まれている。
悪いことをしたのだろうか……。
──昔の……記憶……?
「──ゥ君? ルゥ君、どうしたんです?」
「……え?」
「ぼーっとして、大丈夫です?」
「……うん。大丈夫。ごめん、こっち」
ルゥの頭の中を真っ赤に燃え上がる炎が埋め尽くしていた。
「エーテル、モエギを連れてきたよ」
「ああ、ありが……と……」
「とっても具合が悪そうです」
エーテルの状態も気になるが、それよりも頭の中で萌え続ける炎をどうにかしたかったルゥは、外套に包まって眠るネロの隣に腰を下ろして不安を紛らわせるように裾をちょっとだけ掴んだ。
「エーテルさん……」
「だい、じょうぶ……っだから……」
エーテルとモエギのやり取りをどこか遠くに見ていたルゥだったが、頭の中で燃えていたはずの炎が目の前を真っ赤に染め上げて息を詰まらせた。
ルゥの目には彼女達が燃えているように見えているのである。
──嫌だっ!
「っごめん、僕も……ちょっと……調子悪いから寝るね」
「ルゥ君も診るですよ?」
「平気。おやすみなさいっ」
それ以上彼女達が燃やされるのを見ていられなかったルゥは、ネロに倣って外套を頭からすっぽりと被って横になった。
不安と心細さで感情が埋め尽くされ、ネロの外套の裾ではなく彼女ごと抱きしめたくなったが、先ほどのモエギの「子供っぽい」という話やネロに迷惑をかけたくないという思いがルゥの中で確実にその行為への歯止めとなった。
──怖い……。全部、燃えてる。燃えていく。消えて、なくなっちゃう……!
ネロの外套を握ったまま己の体を搔き抱いたルゥは恐怖から逃げるように目を瞑ったが、夜風によって波立った海の音が不安を増長させて、結局一睡もすることができなかった。
しかし、小声で交わされるエーテルとモエギの会話が一人心細かったルゥの不安を幾分か和らげたのもまた事実であり、眠ることはできずとも少しだけ不安が和らいだルゥは、ひっそりと彼女達に感謝したのだった。
またしてもルゥの記憶をチラ見せです。
チラ見せすぎて読者さんはなんのこっちゃだと思いますが、半分から後ろでダダダダーっと紐解いていったりする予定です。
まあ、それ以外でもちょくちょく出しますが……。
そして意外と船の上が長くなりそうです。
20.5.9 誤字修正




