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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
デューズアルト大陸 多種族町カジュカ
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5、朝市

 翌朝、朝日が昇る前にネロに起こされ目を覚ましたルゥは、あくびをしながら受付の前までやってきた。

 そこには既にエーテルが居て、彼女の手には苺ジャムが塗られたライ麦パンが握られており、少し逡巡した後そのパンを自分の口へと咥え、リュックから新たなライ麦パンを取り出して乾燥肉とチーズを挟んでルゥへと手渡した。

 寝起きだがしっかりとした口調で「ありがとう」と言ったルゥは、足元がおぼつかないネロの手を引きながら今日の予定を確認した。


「ネロ。ネロってば! 今日はこれからどうするの? すぐに船には乗れないよね?」

「ふぁあ……。とりあえず、資金、調達ね……」


 エーテルから苺ジャムの塗られたパンを受け取りながら予定を発表したネロは、受付の机に体を寄り掛からせて小動物のように細々と食事を開始した。

 普段なら立ったまま食事をするなどの行儀の悪いことは嫌うネロだったが、寝起きの頭では自分が食事をしていることもはっきりと理解はしていないだろう。

 そんなネロの状態をこれ幸いにとルゥも彼女の隣で立ったまま美味しそうに朝食を頬張ったのだが、徐々に覚醒して来たネロに「なんでこんな状態で食べてるのよ! はしたない!」と恥ずかしそうな顔で怒られたのだった。


 気まずい食事を済ませた一行は宿屋を後にして大通りに出ると、昨日の事件の熱がまだ冷めていないのか早朝にも関わらず少なくない数の野次馬の姿が確認できた。

 いくら頭巾を被っているとは言え、ネロの正体がバレないとも限らないので広場を避けるように裏道へ戻って先へと進んだ。

 細い路地をルゥの嗅覚を頼りに進んでいくと、野次馬とは違う賑わいを見せるカジュカのもう一つの名物である朝市へとたどり着いた。

 まだ開店前だが商人達が行き交う朝市は活気に満ち溢れていた。


「意図せず目指してた場所に来れたみたいで良かったわ」


 機嫌が良さそうな声でネロが言った。


「どういうこと?」

「元々、ここを目指してたってことか?」


 二人の質問に機嫌を悪くしたのか、ため息混じりでネロは説明をした。


「朝市は、何も商人が物を売るだけもものじゃないのよ。言ったでしょう? 資金調達って。ケイナンには無かったと思うけど、そこそこ大きい町や都市には朝市があるわ。私達はそこで資金調達をしていたの。私の力とか、ルゥの持ってくる厄介ごととかでね」

「僕?」

「……朝市には裏の商人(アンダーディーラー)と呼ばれる精霊種族とのみ商売をする動物種族が居るの。そこで私の力を売ってお金を稼ぐのよ」


 ルゥの聞き返しをネロは綺麗に無視して、本来の目的を話し出した。


 晶霊石(しょうれいせき)に精霊の力を込めること。それが精霊種族がこの世界で生活をしていく上で重要な資金調達の一般的な方法である。

 いくらこの世界に反精霊種族派が居ようとも、晶霊石があり続ける限りこの仕事だけは無くなることはない。

 なんとも面倒な立場の精霊種族である。

 そんな面倒な立場の精霊種族が、晶霊石を使用して居る動物種族と直接やりとりすることは危険だと言うことはお分りいただけるだろう。普通にのこのこ力を注ぎに行って、実は反精霊種族派の陰謀でした。では、笑い話にもなりはしない。

 そんな危険を避けるために、その仲介をしている裏の商人(アンダーディーラー)という少し特殊な動物種族の商人と取引を行う。

 問題はその裏の商人(アンダーディーラー)を探さなければいけないことだ。

 彼らもまた、反精霊種族派にとってはこの世界の敵なのだ。


 朝市という人通りの多いところで精霊種族という客を待っている彼、あるいは彼女の手がかりを探すためにネロはこの場所を目指していたのである。


「なるほど。ここにそのアンダーディーラーってやつの手がかりがあるのか……」

「おそらくね。あとは、食料とかの買い出しもしなきゃいけなかったし」

「あの……さ、ルゥの持ってくる厄介ごとってどう意味?」

「……それね。まあ、見てればわかると思うけど……ああ、ほら、今まさに厄介ごとを拾っている最中よ」


 エーテルの問いにネロが疲れた顔で説明しようとすると、ちょうどルゥが果物の入った重そうな木箱を運んでいる牛の老婆に声を掛けていた。


「お婆さん、重そうだね。僕が手伝ってあげる!」

「あらあら、そうかい? 悪いねえ……」


 たくさんの果物が入っている木箱を軽々と持って老婆が露店を構える先へと運んでは「ここでいいの?」と商品を並べるルゥを見て、隣に店を構えようと準備していた鹿の老爺からも声が掛かった。


(あん)ちゃん、こっちも手伝ってくれんかの?」

「良いよ! ちょっと待っててね。お婆さん、これで大丈夫?」

「ああ、ありがとう。少ないけどこれはお礼だよ。持って行ってちょうだい」

「良いの!? ありがとう!」


 籐籠(とうかご)いっぱいのリンゴを貰ったルゥは、その足で陶器を並べていた鹿の老爺の元へ行って同じように手伝いをして灰石(かいせき)1枚を貰っていた。

 それを遠くで見ていたネロはエーテルに「こういうことよ」と目で話し、エーテルも同じように「なるほど」と目で返した。

 その後もお年寄りに限らず手当たり次第に他人の手伝いをしたルゥの手元には、リンゴが6個とイワシが3尾、灰石5枚が戦利品として握られていた。


「なんかいっぱい貰ったよ」

「……そう、良かったわね」

「アンダーディーラー、探すか……」


 笑顔で二人の元へ戻ってきたルゥは乾いた笑を零す彼女達に首を傾げて「どうかしたの?」と理由を訪ねたが、「なんでもない」と答える二人に対しそれ以上深く追求することはせず、戦利品である貨幣をネロに、食料品であるリンゴとイワシをエーテルに渡した。

 ルゥから渡された品をネロはいつもの巾着の中へ、エーテルはリンゴを布でくるんでリュックの中に、イワシは麻紐で縛ってリュックの外へ吊るした。


 朝市で賑わい始めた通りを進み、小さな広場へと出たルゥ達は本格的に裏の商人(アンダーディーラー)の手がかりを探すことにした。

 ネロ曰く、裏の商人(アンダーディーラー)は必ずと言って良いほど使いの動物を人通りの多いところに配置させていると言う。

 彼らも商売をしなければ自らの生活が成り立たないので、力を注いでくれる精霊種族を常に探している。ならば探しにくいところに居なければ良いと思うのだが、前述した理由以外にも彼らが扱っているのは貴重な晶霊石。それも力が込められ、いつでも使える状態になっている危険な物が多い。

 表に店を構えてカザミ達盗賊団に狙われたら元も子もなく、隠れて商売をするしかないのである。


「なあ、使いの動物ってなんか特徴あるのか?」

「あなた達から見れば特に何もないわ。精霊種族にしか分からない……なんかそういう雰囲気があるのよ」

「えー……。本当に何もないの?」

「ないわ」


  出店の屋根で(さえず)っている小鳥や売り物の魚を狙っている猫など、普通の動物はそこかしこにいる。

 これは骨が折れそうだとルゥとエーテルが己の中にある野生の勘を発動し、これだと思う動物を指差していった。


「ねえ、あの鳩は?」

「あれはただの鳩よ」

「じゃあ、あっちの蛙とかどうだ?」

「違うわね」

「「…………」」


 二人は野生の勘を捨てて手当たり次第に目に付いた動物を判断してもらうがどれも違うらしく、ネロは首を横に振り続けた。やがて朝市の賑わいが頂点に達する時間になり、人が増えて身動きが取れなくなる前に見つけたかったらしいネロが諦め掛けて視線を横に流したとき、花を売っている店の周りを飛び回る蝶々を目に止めた。


「アレだわ」

「どれ?」


 真っ直ぐ花屋へ向かっていくネロに、未だ動物の正体を捉えられていないルゥとエーテルは一先ず後を追った。

 花屋を経営している山羊の女性は商品ではなくその周りを飛んでいる蝶々を見つめるネロに不思議そうな顔をしているが、ネロはそんな店主を無視して蝶々に向かって指を差し出した。すると、蝶々は誘われるように指へと止まった。


「この子ね」

「虫じゃん!」

「凄い……。なんでわったの?」

「だから、雰囲気よ。使いの動物……まあ、この子は虫だけど……。とにかく使いの子達は精霊種族に反応するよう訓練されているの」

「だったらルゥでも反応するんじゃないのか?」

「……精霊種族と第三種族(サード)の持つ精霊の力には明確な違いがあるのよ。純度……とでも言うのかしら。感覚でしか測れない何かが確かにあるのよ」


 人が多い場所なので小声で説明したネロの言葉を何と無く理解することができたルゥは、蝶々に導かれるまま人混みの中を進んでいく彼女の後ろを離されないよう付いていった。

 精霊種族でも第三種族(サード)でもないエーテルはネロの言った言葉について深く考え込んでしまい、いつの間にか遠くへ行っている二人を慌てて追う羽目になったのであった。

 またしても新しい単語。

 裏の商人(アンダーディーラー)

 ちょっとかっこいい……。とか自分で思ってますw


 精霊種族の難儀な生活。ここでちょっとした裏設定……。

 この世界には物々交換も健在していますがそれは雑多群(リグレ)くらいですので、精霊種族としてはこの世界の通過である石貨を手に入れなければ食べて行くことはできません。

 彼ら精霊種族専用の集落もありますが、そこでは家畜を飼ったり作物を育てることは不可能です。

 ここら辺も後々本編で説明したいと思ってますが、この後書きで終わったり……あはは。

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