19、もう一人の僕
夜の帳が降りきった真っ暗な闇の中、シュカの夜目やアーサーの超音波による空間把握、ルゥ、カザミ、カガリの嗅覚を頼りに道なき道を進んでいく一行。歩みは慎重かつ迅速であり、言っては悪いがマイム達足手纏いがいなくなったおかげで淡々とフォロビノン大陸へと進んでいた。
『始まりの精霊種族』達も隠密行動中ということを理解しているのか、はたまた力の使いすぎと長旅の疲労で騒ぐ気力がないのかは判断できないが、四人の中で騒がしい部類に入るラウディとルルディが大人しくアイネの後ろをついて歩く姿は、『ゴリアテ』内で一番騒がしいカガリを静かにさせるにも一役買っていた。周囲の警戒とシュカの傷に障らないようにとの配慮もあったのかもしれないが、直情的なカガリと突っ掛かる相手が大人しいことで平和が保たれているのも紛れもなかった。
そんな賑やかさに懐かしみを覚えたルゥは、しかし離れ離れになったミーシャやエーテル、モエギ、マイムのことを想うとすぐに温かい気持ちは引っ込んでしまった。
カザミが『ゴリアテ』から護衛を付けると言ってくれたものの、それがいつどこで合流するか分からない。ハヤテはぶっきらぼうだが、仕事はしっかりする質であるからミーシャ達と合流できれば心配ないとは思うが、その前に『神の手足』に遭遇してしまったらと考えると恐ろしくなった。
不安に駆られ、やたらと手を摩ったり尻尾を触ったりしていたルゥは、やがて後ろ髪を引かれるように足を止めてしまった。
急に立ち止まったルゥには、彼の後ろで黙々と足を動かしているだけだったカガリとぶつかりそうになり、不満げな声を掛けられたのだった。
「おい、急に止まんじゃねえよ」
「どうした?」
「なに? ルゥ、何かあったの?」
「それともぉ、心配事かしらぁ?」
カガリに続いてエーテル、ネロ、アイネが順に足を止めて声を掛けて振り返った。
ここまで人が立ち止まると、前を歩いていた全員が足を止める。
ちなみにシュカとカザミが先頭を、アーサー、ネロ、アイネと続き、ラウディとレイディ、ルルディとリバディがそれぞれ並んでいて、その後ろにエーテル、殿にルゥとカガリの順で進んでいた。
全員が足を止めてしまったことを申し訳なく思い「ごめん」と謝ってから先を促し、立ち止まった理由を話し始めた。
「……うん。ミーシャ達が心配になっちゃって」
「今更な話だな。あの3人は『神の手足』とほとんど関わってないから、目の敵にされることもないだろうし、それにハヤテとフレッド……は知らないか? まあ、水の力が使える馬種族のやつが向かってるから平気だって」
「フレッドを付けたのか?」
「なんだよ。アーサーはあいつのこと嫌ってるけど、シズクの次に水の力が強いんだから良いだろ?」
「その性格が問題だっつーんだろ。頭わりーなクソ団長サマは」
カザミの説明を聞くうちに、さらに不安になったルゥは耳と尻尾を下げてしまった。
──やっぱり心配だな。ミーシャとマイムはともかく、エーテルとモエギはあんまり仲良くした記憶がないんだけど、なんでこんなに気になるんだろう?
『仲良くないんじゃ、そこまで気にすることないんじゃない? 情を移すなって○○にも言われたよね?』
──それもそう……なのかな?
『後で痛い目に遭うのは分かりきってるじゃないか』
もう一人の自分が冷たく、そしてどこか悲しく言い放った言葉にルゥはとりあえず納得して、俯いていた顔を上げた。その表情は何事もなかったかのようにケロっとしており、下がっていた耳と尻尾も普段の位置に戻っていた。
「カザミが大丈夫って言うなら良いか。よし、どんどん進もう! マイムのお父さんを早く探してあげなきゃ!」
「え、あ、そう……ね」
「……なんか、やけにあっさりっつうか、ちょっと冷たくね?」
「団長が言うことではないな」
「そやねえ。いっつもシズクはん優先で、ウチらに冷たい団長はんがよう言うわ」
「あたしらが今までどんな仕打ちを受けてきたか教えてやりてえぜ」
狼狽るネロと『ゴリアテ』のカザミに対する扱いが可笑しかったのか、ルゥは子供のように無邪気に笑った。
「……なんか不気味だな」
「ラウディもそう思うー? ルルはずっと思ってるー」
「得体が知れない」
「ちょっと、ルルディもリバディも。彼はサラマンダー様の生まれ変わりですのよ? 発言には気を付けた方がよろしいのではなくて?」
短い付き合いながらも、まさかのレイディがラウディ以外を庇うという事態にルゥはおや? となり、ついでふんわりと微笑んでみせた。
「レイディありがとう」
「ラ、ラウディの元となった御方ですし?! 当然ですわ!」
頬を赤く染めて裏返った声で虚勢を張るレイディを見て、ネロとエーテルは「またやってる」という顔をしていた。ルゥ自身もそう思われているだろうという風に一つ尻尾を揺らして見せて、先へ進むことを促したのだった。