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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
フォロビノン大陸 雑多群サリューン4 
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17、複雑な心

 ルゥが目覚めて記憶の混濁や消失もないと分かったことで、今まで静かにしていた面々が会話を再開したとき、ミーシャとエーテルに挟まれて大人しく座っていたマイムがルゥの目の前まで歩いていった。

 座っているルゥと立っているマイムの視線は、マイムが見下ろす形になっているがルゥは気にせずに首を傾げて「なに?」と目で訴えた。


「……おい、犬」

「マイム、僕は狼だよ?」

「おまえなんか犬でじゅうぶんだ」


 眠りから目覚めたルゥに色々と言いたいことがあったマイムは、理不尽に力を奪われ、足手纏いと罵られ、落ち込んでいる気持ちを引きずりながらも、見るからにイライラしているのが分かった。

 子供ながらに話を切り出す頃合いを心得ていたマイムが、ようやくといった感じで言葉を続けた。


「おれがいないあいだ、エーテルのこと守れよ」


 子供とは思えないマセた台詞に、ルゥはキョトンとしたあどけない顔をした後、ニヒルに笑って答えた。


「大丈夫だよ。エーテルはちゃんと、僕が守から。もちろん、ネロもアイネもね」


 マイムを安心させるために言った一言だったが、言われた本人はその台詞が気に入らなかったらしく表情を歪めた。しかし、いつものような憎まれ口を叩くことはせず、小さな声で渋々ながら「わかった」と返したのだった。


「おい、ルゥ。守ってやるのはそいつらだけか?」


 どうやらカザミもルゥの返答が気に入らなかったようで、呆れたように聞いてきた。


「なに? カザミも守って欲しいの?」

「そうじゃねえよ」


 カザミの視線がカガリへと向いた。

 カガリは余計なことを言うなとばかりにカザミを睨みつけた。


 カガリが自分を好いていることはなんとなく理解していたルゥだが、カガリはミーシャやエーテル、モエギと違ってきちんと力を使って戦うことができる。

 好きな人には守られたいというのが乙女心なのだろう。しかし、カガリが素直に守られたいと思うだろうか?

 ルゥはカザミの言いたいこともカガリの本心も分からず、助けを求めるようにネロとアイネを見た。


 助けを乞う視線を受けた二人だったが、恋心は複雑であり、カガリ自身がいまいち自分の気持ちに向き合いきれておらず、余計なことするなと本人が目で語っているのである。部外者が口を出すべきではないと、笑って誤魔化したのだった。


 結局、ルゥはカザミとカガリに直接聞くことにした。


「ねえ、カガリも僕に守って欲しいの? カザミはそれを望んでるの?」

「お前なぁ──」

「クソ団長は黙っとけ! 余計なこと言うなつってんだろ!」


 照れではなく怒号に近い叫びだった。

 せっかく和やかな雰囲気を取り戻したところに落ちた雷の如く、その場がシーンと静まりかえった。


「カガリはん。良い加減にしい」


 空気をピシャリと締めるような声と雰囲気に、静まり返っていた場がさらに凍りついてしまった。

 シュカは厳しく言い過ぎたと恥じたようで、困ったように眉根を下げて皆に謝罪したが、カガリに対しては尚も厳しい口調で続けた。


「カガリはん。うちら第三種族(サード)の寿命は長くない。早う素直にならな、伝えよう思た時には遅いんよ? せやから、すぐには難しいと思うけど少しずつでも素直になる努力をした方がええ」


 話を聞いていた者は思い出す。

 シュカがあとどれくらいの時間を生きられるのか分からないことを……。


 第三種族(サード)の寿命は合成種族(キメラ)よりは長いが、26年が現在の最長である。

 シュカの年齢はもうすでに27を回っている。いつ、彼女の命の灯火が消えるか分からない。

 今日か明日か、一週間後か、一ヶ月後か。もしかしたらもう一年ほど生きながらえるかもしれないが、瞬き数回の間に呼吸を止めてしまうかもしれない……。


 それが第三種族(サード)としての寿命で尽きるのか、はたまた『神の手足』との戦闘で命を落とすのか、明日を生きられる保証のない日々を『ゴリアテ』は生きている。

 常に死と隣り合わせの毎日を忘れたわけではない。しかし、思い出したくなかった事実。


「……ってる。んなこと、わかってんだよっ!」


 八つ当たり気味に叫んだカガリの顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。

 彼女の性格上、どうしても素直になれないのだろう。しかし素直にならなければ想いは届かず、届かないままに命を落としてしまったらどうなる……? 後悔に(まみ)れた魂は、この世界を彷徨(さまよ)い続けることだろう。


 そんなカガリの様子を見ても、ルゥには恋や愛というものがよく分からなかった。

 恋愛という感情について、ルゥは欠落しているのではと疑うほど鈍く疎い。

 ""や"美人"、という好意は抱いても、そこから抱きしめたい、口付けをしたいという情欲に繋がる想いに発展しないのである。


 本来、精霊種族というものは自分達で子孫を残す者ではなく、世界に一定数だけ存在するという明確なルールが定められている。故に、寿命──個体差があり、力の強いものほど長寿である──が尽きたら、その魂は晶結石(しょうけっせき)へと戻り、晶結石から新たな精霊種族が生まれる……という仕組みである。


 ルゥの思考回路はサラマンダーに近く、繁殖や後尾といった概念が抜け落ちている。しかし、今の彼は動物種族である。第三種族(サード)という特殊な種族であっても子孫を残すことは可能であり、本能的に残そうとしても不思議はないはずである。特に今は神の力が弱まっている状態であり、異種族間でも恋愛感情が芽生える事態が増えてきている。


 にも関わらず、である。


 他人の感情の機微に対しては嗅覚が働くルゥはカガリの複雑な乙女心には気付いているが、恋愛の本質がすっぽり抜け落ちてしまっているがために、彼女だけでなくその他の愛情も受け取ることができなかった。


「……あのね、カガリ。僕は──」

「それ以上言うんじゃねえ。…………今はなにも聞きたくねえ」

「カガリはん」

「分かってるっつの。ちゃんと、分かってる。あたしの心の準備ができたら、言うから……」


 答えを拒否したカガリは、滅多に見られない女の子らしい姿をしていた。

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