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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
フォロビノン大陸 雑多群サリューン4 
165/170

16、不安と結果

 場が一旦落ち着いたところで、不貞腐れているマイムを宥めながら、エーテルが恐る恐るネロに声をかけた。


「ネロ、あのさ……。ルゥが起きたら……アタシのこと覚えてないってこと、あるのか?」

「そうね。むしろこの状況で覚えていたら奇跡よ」


 ネロがルゥと再開したとき、ネロやカザミのことは覚えていたがエーテルとモエギのことはすっかりと忘れていた。

 いつもならネロが「きみ、誰?」と言われていただろう。


 なぜ、今は自分のことを覚えているのか……。

 原因は分からないが、ルゥとサラマンダーの関係性や、ルゥの記憶を封印している張本人であるクライスに問題があるからだろうか……。もしクライスに問題があるのなら見過ごせない事態である。

 ネロの脳内は色々な考えが行き交い、じわじわと不安が募っていった。


「もしも、シギルがクライスの力を吸収でもしたら、この世界が終わるかもしれないわ」

「えぇ? お母様はそんなことしないわよぉ」

「……そう思いたいけれど、この現状を(かんが)みるとそう楽観的に見てられない気がするのよ」


 第三種族(サード)合成種族(キメラ)は、神にとって予期せぬ存在である。

 万が一にも異種族間で婚姻し、短命と分かっていても子供を成したとしても、それは父親か母親どちらかの(しゅ)を受け継いだ形になるだろうと思っていた。

 現に異種族間の婚姻や繁殖は増加傾向にあると言っても、この世界(プリミール)において1割に満たない。その僅かな数のさらにごく少数が第三種族(サード)合成種族(キメラ)として生まれてくるのである。


 しかし、最近はその数が増えつつある。

 これは神の力のバランスが崩れている所為ではないかと、クライスの力をシギルが奪いつつあるのではないかネロは考えているのだ。


「えー? 神様が世界を終わらせるとか、意味わかんないんですけどー」

「本当にそんなことがあるのか? いくらネロの言うことでも、俺様は信じないぞ!」

「私もラウディに賛成ですわ」

「俺も考えすぎだと思うぜ? カミサマがそんなこと考えるとか、頭悪くなっちまったのかと思うぞ」

「お前みたいにか?」

「アーサーもたまには良いこと言うじゃねえか」

「アーサーはん、カガリはん。たとえほんまのことでも口に出したらあかんえ」

「お前らなぁ……大きなお世話だ! チクショー!」


 真剣な話をしていたはずなのに、気付けば『始まりの精霊種族』と『ゴリアテ』によって砕けた雰囲気にされ、ネロは額に青筋が浮かび、引きつった笑顔で彼らを見据えた。


「あんた達、私は真面目に話してるの。少しは真面目に聞きなさいよ!」


 そして、ルルディ、レイディ、ラウディ、カザミ、アーサー、カガリの頭上から冷水を浴びせかけたのだった。


「っ冷てー!」

「ちょっ! なんでルルもダメなんですか!?」

「さ、寒いぞ……。さささす、さすがネロだ……」

「ラウディ! 今乾かしっ……くしゅん…………ますわ。リバディ、力を貸しなさい」

「おい! なんでシュカだけ見逃されてんだよ! 不公平だろ!」

「怪我人だからだろう」

「俺らも結構ボロボロなんだけどな……」


 世界崩壊という非現実的に感じられる話は、カザミ達にしてみれば眉唾ものである。しかし、それを冗談だと切って捨てられるほど楽観視できないのがネロである。

 シギルの性格。クライスというシギルを制御してくれる存在が居ないかも知れないということ。何より愛おしい子に何度も何度も忘れられる、心が引き裂かれる体験を二度と味わいたくないという強い思い。


 ルゥとサラマンダー、そしてアイネ、エルデ、シギル、クライス以外はどうでも良いと思っていた。

 だがどうだろう。今となっては目の前にいる『始まりの精霊種族』やエーテル達、『ゴリアテ』にも愛着が湧いてきている。


 結局はルゥを中心としてできた繋がりだが、彼女達との思い出ができてしまった以上、彼女達を失くしたくないと思ってしまったのだ。


「"神の鉄槌"も、クライスが居たらそんなことはさせなかったでしょう。きっと、クライスの力が封じられているのよ。今のシギルは何をするか分からないわ。それこそ世界を壊しかねない」

「なんでそんなことするのさ」

「分からないわよ。私もクライスに記憶を封じられてるのかもしれないわ。けれど、何か嫌な予感がするのよ」

「そうねぇ。お母様は過激なところもあるしぃ、杞憂とも言えないのが辛いわねぇ」

「シルフ様もそう考えているんですかー?」

「私も詳しくは分からないのよぉ。きっとエルくんも知らないでしょうねぇ」

「シギルと一緒にいるエルデでさえ、シギルの思考回路は分からない……。でも、もしかしたら……」


 穏やかに寝息を立てて眠るルゥを見たネロに、アイネは「ふふっ」と同意するように笑った。


「ルゥくんは末っ子だけど、お母様ともお父様とも一番一緒にいたものねぇ」

「確かに。てっきり甘えてるだけかと思っていたけれど、今思えばルゥ……フーにしか知らされていない何かがあったのかもしれないわね」

「ルゥ、は……特別?」


 慈愛に満ちたネロとアイネにミーシャが唐突に訊ねた。

 二人はそれに満面の笑みを以って答える。


「「もちろん」」


 一片の疑いも持ち得ない、自信に満ちた答えにモエギとミーシャは敗北感を味あわされたのだった。

 この二人には敵わない。

 絆の強さが違う。生きる世界が違う。上がっている土俵が違う……。




 幼い頃から優しい彼が大好きで、あの子の背中に隠れながらずっとずっと見つめていた。

 16年間生きてきて、彼のことを忘れたことは一度たりともなく、一途に想い続けていた……。


 恋に落ちたのは一瞬。海特有の磯の香りと混ざり合う血の匂い。命の危機に颯爽と現れた頼もしい背中。

 過ごした時間は一番短くても、優しくて可愛くて格好いい彼を好きな気持ちは、世界中の誰にも負けないと思っていた。


 自分が一番の理解者であると自負していた二人だが、ネロとアイネはそれ以上である。

 表情で、声音で、態度で、仕草で、雰囲気で理解(わか)る。


「……ルゥ」

「モエギは、負けたくないです。認めたくないです」

「私も、分かる……な。けど……」

「はい。今のモエギは、ただの足手纏いです……ね…………」


 落ち込むミーシャとモエギに、エーテルは言葉をかけられずにいた。

 この世界を作った二人の神の内の一人に似ているからというだけの理由で、まだ彼らと一緒に行動することが許された自分が何を言ったとしても、それは虚しい音にしかならないと……。


 アイネに足手纏い認定されたミーシャとモエギは互いに情けない顔を見合わせた。


「おれ……」

「……マイム、も。一緒にケイナンに行こう?」

「モエギも一緒に行くです。エーテルさんの故郷で、ルゥくんを待ってるですよ」


 しんみりとしてしまった雰囲気を払拭するためか、モエギが少し(おど)けたように笑い、マイムも文句を言おうとしていた口をそっと閉じて力なく頷いたのだった。


「マイム。守りたい者がいるのなら近くにいた方がいいだろう」

「でも、近くにいても守れねえもんが──」

「カガリはん、気持ちは分かるけど話がややこしなるから、その話はもうやめや」

「けど──」

「けどもへちまもねえよ。あの話は、掘り返すな。思い出しただけでも腹が立つ」


 カガリは納得いかないとばかりに尚も言い募ろうとするが、ネロが彼女の頭上に水球を生成して強制的に黙らせた。


「それ以上口を開いたら……分かってるわよね? あんまり煩くしないでくれない? ルゥが起きちゃうじゃない」

「うわぁ、ネロちゃん怖ぁい」

「アイネも黙りなさい」


 背筋が凍るような声でアイネを制したネロだったが、すやすやと眠るルゥの耳がピクリと動き、ゆっくりとまぶたが開かれたことですぐさま纏っていた雰囲気を柔らかいものにした。


「ああ、もう……起きちゃったじゃない」

「殺伐としてた誰かさんの自業自得だろ」

「カザミ煩いわよ。ルゥが起きるんだから静かにしてなさい」


 頭痛をおこして眠った後のルゥは記憶を飛ばしていることが多い。

 だからこそ、ネロはルゥの第一声を聞き逃さないように全員を黙らせた。


「ん……。あれ? 僕、いつの間に寝てたの?」


 彼女らが知っているいつも通りのルゥである。

 ネロを目の前にして疑問を持つこともなく、大勢に見られていて怯えた様子もなく、デューズアルト大陸を旅していた頃と同じ、純真無垢という言葉が似合うルゥだった。

 その頃を懐かしく思うネロやエーテルは感慨深げに微笑んだが、ふと先ほどまでの違いを感じてネロは黙ってしまった。


 自分の存在を忘れられて「誰?」と聞かれたときの衝撃に比べれば、大した問題ではないのかも知れないが、一度感じてしまった違和感を拭うことはできず、拭おうとも思わなかった。

 そして気付いた。先ほどまでと一人称が違うことに……。

 他者からしてみれば些細な違いだろうが、ルゥとサラマンダーで一人称が違うことを知っているネロからすれば、大きな違いだった。


「えっと……あれ? どこまで話したんだっけ? エーテルをセンティルライド大陸に連れて行くって話だっけ?」

「……記憶をなくすどころか、なんか頭良くなってないか?」

「言い方ってものがあると思うけど、反論できないのが悔しいところね」


 普段から寝起きは良い方だが、ルゥがこうもスラスラと眠る前までの状況を説明できることに周囲は驚きを隠せなかった。

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