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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
フォロビノン大陸 雑多群サリューン4 
164/170

15、足手纏い

 レイディを除いた足取りの重い『始まりの精霊種族』達を引き連れ、幾分かすっきりした顔でカザミ達の元へと戻ってきたルゥは、自分とは真逆の重い雰囲気に包まれたエーテル達に首を傾げた。

 それはルゥの少し後ろでルルディに喝を入れていたネロも感じたようだが、彼女は全体の様子……特にアイネが一仕事終えたような顔でいることからある程度何があったのかを察し「ああ」と声を(こぼす)したのだった。


「あらぁ、おかえりネロちゃん。ルゥくんもおかえりなさぁい」


 ネロの声が聞こえたのだろう、アイネがヒラヒラと手を振って笑いかけてきた。ネロはそれに返答することもなく話を続けた。 


「それで? 結果は?」

「結果? 結果って何? なんでアイネは嬉しそうなの?」


 二人の考えが分からないルゥは、鼻歌でも歌い出しそうなアイネの様子も、訳知り顔で淡々としているネロの様子もわからず、まるで仲間外れにされたような気がして不機嫌な声音で訊ねた。

 大人気なかったり子供っぽかったり忙しいなぁとルゥは思ったが、ネロはどう受け取ったのか母親が子供を(なだ)めるような顔つきで背中を撫でながら答えた。


「不本意だけれど、私とアイネは似ているのよ」

「不本意って……ネロちゃん酷いわよぉ」

「はいはい。アイネが嬉しそうなのは、足手纏いが減るからよね?」

「大正解! さすがネロちゃんねぇ」

「妹のくせに私を下に見るのはやめてよ」


 聞き逃せない単語が色々と出てきたことで、静かに話を聞いていた何名かが反応を示した。


 ルゥは"足手纏い"という明らかに誰かを邪魔者扱いしている言葉に。

 『始まりの精霊種族』四人が"妹"というネロとアイネの関係性を表す言葉に。


「ねぇ、足手纏いって──」

「妹? 妹って、シルフ様よりネロの方が年上なんですか?!」


 どういうことなのか詳細を尋ねようとしたルゥの言葉を遮ったのは、ルルディの驚愕の声だった。

 無理もない話だろう。今の二人はどこからどう見てもアイネが姉でネロが妹にしか見えないのだから。


 そもそも四大精霊が兄弟姉妹だと考えること自体おかしな話なのだが、なんやかんや言ってもネロもアイネの言う"家族ごっこ"を気に入っている証拠でもあった。


「ネロちゃんはぁ、私のお姉ちゃんなのよぉ。ノームのエルくんが長男でぇ、その次がネロちゃん、私、フーくんの順に生まれたのよぉ」

「だから兄弟姉妹(きょうだい)。だから、シルフ様とネロは、姉妹……」

「リバちゃん、羨ましそうですねー」

「……別に」

「うふふふ。大丈夫よぉ。風の精霊種族はみぃんな、私の子供みたいなものだからぁ。あなたもちゃぁんと家族よぉ」

「感激です」


 憧れのシルフとネロが家族であるという事実に嫉妬するリバディを、アイネは本当に嬉しそうに笑いながら慰めた。

 そんな彼女達のやりとりを見て、ルゥは先ほどのネロとアイネの時は理解できなかった二人の感情をほぼ正確に把握することができた。


 ──アイネはリバディを家族って言った。けど、それは俺やネロに向けた家族っていう意味とは違う気がする。リバディも多分それは分かってるけど、それでも嬉しいんだろうな。

 ……家族に順位があるのかは分からないけど、リバディとネロに向ける家族っていう意味が違うところは、想いの強さ? っていうのかな。なんか嫌な話だけど、アイネはリバディよりネロのことが大切なんだ……。そして俺も……。


「家族、か」


 今まで黙って話を聞いているだけだったエーテルが、静かに言った。


「マイム、エリクは……アンタの父さんは、アタシが探してきちんと連れ帰るから。モエギとミーシャと一緒にケイナンに戻って、クレアにただいまって言ってやりな。アンタは悔しいだろうけど、第三種族(サード)の力が無くなったんだ。堂々と帰って、普通の家族になるんだ」

「っでも……!」


 エーテルの話を聞いて、ルゥが先ほど聞きたかった"足手纏い"の意味を理解した。


 ルゥ達がこれから向かうのは神のお膝元であり、敵の本陣とも言える場所である。

 シギルとクライスが『神の手足』を率いているのかは分からないが、きっとこれからの戦いは想像以上に激しく辛いものになるだろう。そんな危険な場所になんの力もない者や、子供を連れて行くわけにはいかない。


 ──あれ? じゃあ、エーテルは? 今の話の流れからすると、エーテルは一緒に行くのかな?


「ネロ、足手纏いってミーシャ達のことだよね?」

「そうだけど……。ルゥの口からその単語を聞くと、変な感じがするわね」

「そう? それより、ミーシャとかモエギ? とか、一緒に行くと危ないのは分かるから、彼女達は連れて行けないんでしょ? でも、今のネロとアイネの会話を聞いてるとエーテルは一緒に行くって聞こえるんだけど、いいの?」


 以前のルゥからは考えられないほど辛辣な物言いに、ネロもエーテルもカザミも驚いた顔をしていた。


「彼女はお母様に似てるのよぉ。だからぁ、連れて行ったら面白いと思うのよねぇ」

「お母様?」

「二人いる神様のうちの一人……よ」


 アイネ独特の呼び方に首を傾げたルゥに、ネロが歯切れ悪く答えを返した。


「あー、シギルとクライス……だっけか? まあ、胸くそ悪くて考えたくもねえけど、俺らもカミサマに作られたってんなら確かに親ではあるよな」


 ネロが口にするのを止めた神の名をあっさりと口にしたカザミに、ネロは冷や汗をかいて言葉にならないほど焦った。


「ちょっ! あっ! カザミっ……!」

「なんだよ、俺の言い分間違ってんのか?」

「間違ってないわよぉ? 私もネロちゃんがなんで焦ってるのか分からないわぁ」


 ネロはルゥに"シギル"と"クライス"の名前を聞かせることを恐れていた。

 『五指』と事を構えたときはルゥ──実際にはサラマンダー──がクライスやシギルの名前を自分の口から出したが、あの時とはルゥの精神性も記憶の混乱具合も全然違っている。

 特に『神の手足』との戦闘に加えてルゥの実の父親と出会ったときが一番、サラマンダーとして覚醒する鍵となった出来事である。それも一ヶ月と経たない、記憶に新しい出来事だ。


 ネロはルゥの記憶の鍵を開く恐れのある単語をことごとく避けている。

 しかしそれはネロだけが気を付けている事であり、カザミやアイネ、エーテル達にはなんの関係もなく、疑問を持つのも当然のことだった。


「シギル……? クライス……?」

「ルゥ、無理に思い出そうとしなくて良いのよ。分からないなら考えることをやめなさい」


 横暴とも取れるネロの言い分に、ルゥは従う事なく考え続けた。


 ──聞いたことある名前。優しい声に悲しそうな声、怒った声……。



『世界は愛おしい。愚かで、どうしようもない人間の居ないこの世界が』

『僕らで見守っていこう。この愛おしい世界を』


『人間がいなくとも、こんなにも生物は脆く壊れやすいのか……』

『もう少し知恵を与えてみたらどうかな?』


『何故裏切る! ……お前も、お前も我を裏切るのか? 答えろクライス!!』




 誰かの慟哭(どうこく)が頭の中で木霊(こだま)する。脳内を揺らし、反響が痛みを伴ってルゥに襲いかかり、呻き声を上げながら(うずく)った。


「っぅ……うぅ…………」

「ルゥ?!」


 すぐさま駆け寄ってきたネロの表情には焦りと恐れがはっきりと現れており、痛みでぼやける視界でルゥは己の認識の甘さに自己嫌悪した。


「ネロちゃん。これは……ルゥくんの記憶喪失と関係があるのよねぇ?」


 アイネが寄り添いながらネロへと問い掛ける。


「そうよ。風の(ほこら)でもあったでしょう。それと似たようなもの……だと思うわ」

「ルゥくんとフーくんの記憶のせめぎ合いってことぉ? それでルゥくんだったりフーくんだったり、記憶が飛んだり失くなったりするのかしらぁ?」


 ルゥの現状を的確に言い当てたアイネに、ネロは流石と感心しながらも少しだけ悔しそうに眉根を寄せた。


「どうやら当たりみたいねぇ。ふふっ、ネロちゃんてば本当に分かりやすいんだからぁ」

「……ネロって分かりやすいか?」

「アタシに聞くなって」


 カザミとエーテルの会話を遠くに聞きながら、ルゥは尚もシギルとクライスという人物について考えることを止めなかった。

 顔は分からないが声は響き続けている。

 今までなら声もすぐに記憶から消されただろうが、今回はずっと、まるでもう忘れるなと言われているかのような気がしたのだった。


 ──かお、思い出そうと、すると……頭が……痛い。けど、二人の声……聞いてるとっ……、安心、する……。

 ああ、だめだ……。もっと、みんなと話したいのに……。聞きたいことが、ある……のに……。




『今は眠るんだ。ゆっくりと。さあ、おやすみ。ルゥ』



「……おや、すみ。くらい……す……」

「ルゥ? 貴方、今──」

「ネロちゃん。ルゥくん寝ちゃったわよぉ?」


 アイネにもたれかかりながらすやすやと安心しきった顔で眠るルゥに、ほとんどの者が脱力してしまった。特に"足手纏い"の一件から話の主導権を失ったマイムは怒りを覚えたほどだった。


「もうっ! なんなんだよ!」

「マイム、気持ちは分からなくはないけど、今はそっとしておいてやろうぜ」

「このまま、寝かせておいて……あげよう?」


 カザミとミーシャの言葉に少し落ち着いたらしいマイムは、そのままドカリと座り込んだ。

 ルゥが寝てしまったため結局動くことはできないため、他の者もマイムに続くようにそれぞれ腰を下ろしたのだった。

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