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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
フォロビノン大陸 雑多群サリューン4 
162/170

13、記憶の中の

 皆のいる場所から逃げてしまったルゥは、走りながら既視感を感じて足を止めた。


 ──……ここ、見たことがある。この道、この木の形、知ってる。


「俺、この場所を知ってる……?」


 懐かしむように木の肌を撫でるルゥの呼び起こされる記憶の中には背の高い男性と楽しげに会話をしながら歩く、今よりも幼い自分の姿が映し出されていた。もちろんすぐそばにネロの姿もあるが、相変わらず彼女の容姿は現在の姿とちっとも変わらないものであり、それを不思議と思うこともなくただその情景に想いを馳せた。


 ──センティルライド大陸まで海を歩いて渡るって言われて、すごく怖くてこの木にしがみついて泣きじゃくって困らせた。フォロビノン大陸に戻るときはこんなことがあったねって笑った。


「懐かしい思い出……。俺にも楽しい思い出はちゃんとあるんだね」


 当時よりも立派に育った木肌の感触に笑みを深くしながら誰に言うでもなく呟かれた言葉は、ルゥの後を追ってきたネロの耳に届くことはなかったが、息を切らしながら聞き返す彼女に先手を打って「ごめん」と謝った。


「っなに、に……謝ってるのよ……っ」

「んー、俺って大人気ないなあって思ったから。あと、追いかけてきてくれてありがとう」


 マイムに対して羨ましいと言っておきながら、しっかりと自分の中にも"家族"との思い出があり、今もこうして心配して追いかけて来てくれる人がいるということに自嘲した。


「お礼はいいから……っはぁ……、さっさとみんなのところに戻るわよ」


 呼吸を整えてからいつも通りの「仕方ないわね」という笑みをしたネロに向けて、ルゥは自嘲した笑みで首を振った。


「ネロ、俺は進むよ」

「なんで? 顔を合わせづらくなったとかいうくだらない理由じゃないでしょう?」

「あははっ! もちろんそんな理由じゃないよ。俺はそこまで子供じゃないよ」


 そう言いながらちょっと子供っぽい言い方だなとルゥは思った。


 ──昔の俺なら、こんなこと考えもしなかった。大人になったってことなのか、記憶が戻ってることに関係するのか、両方なのかは分からないけど……。


「じゃあ、どうして戻らないの?」


 ネロの問いに思考を戻したが、記憶の中のネロと今の彼女とのズレに違和感を感じて笑みの形を柔和なものへと変えた。


「ネロの変わったね。俺の知ってるネロは……」

「……なによ。答えをはぐらかすどころか言いかけて止めないでよ」


 ──見た目は小さいけど、精霊種族ってことだけじゃなくてウンディーネだから実際には俺よりもアイネよりもお姉さんで、だからこそ冷静で目標をしっかり持ってる。俺の記憶を取り戻すっていうことに関して真剣で、けど俺の幼い頃の記憶とかサラマンダーとしての記憶が戻ることを怖がっていて……。他人を信用できなくて、一人で抱え込んじゃう頑張り屋さんで、俺が可愛いって言うと顔を真っ赤にして怒るんだけど、それも可愛くって……。


 ネロの注意を聞き流して考えていたルゥは、自分の思うネロの人物像を羅列しながら容姿を思い浮かべ、そして首を傾げた。


 ──あれ? これは俺の知ってる今のネロだけど、なんだろう? 大人の姿のネロも知ってるような……。


 記憶の片隅にチラチラと映る、美しい青い女性の姿。

 彼女の姿は水の精霊種族であるレイディと雰囲気が似ていて、そしてどことなくアイネにも似ている。


 ──見覚えがある。けど、はっきりと思い出せない。これは俺の記憶? それとも……。


「ルゥ、さっきから考え込んでるみたいだけれど、どうしたのよ?」

「……ネロって、大人になれるの?」

「大人になるの、じゃなくて、大人になれるのかってこと?」

「うん」


 ネロは少し逡巡したのち静かに頷いたが、「でも……」と歯切れ悪そうに続けた。

 ルゥは言葉の先を促すように「でも?」とオウム返しに聞き、ネロはさらに間を置いて答えた。


「なろうと思えばなれるわよ。けれど、貴方の知ってる姿とは違うと思うわ」

「どういうこと?」

「今の貴方は覚えてないでしょうけれど、旅の途中で嵐に襲われて海に落ちたことがあるの。そのとき私は特殊な祝詞(いのり)を唱えて一時的に本来の姿に戻ったわ。恐らくルゥがその質問をした要因はそれだと思っているわ。けれど、それは周りが海水で満たされていたから可能だった話だから、今この場所でその姿になれと言われても無理なのよ」

「だから、違う姿になるの?」

「そういうこと。これは私の精霊種族としての力が強くなったからできることだけれど、これも一時的な効果しかないわ」

「そうなんだ……」

「……なに? 見たいの?」

「うん」


 記憶の擦り合わせを建前に、好奇心という本音のまま素直に首肯したルゥにネロは微妙な顔をした。


 ネロがやろうとしているのはリバディ達が住む幻の精霊郷エレメステイルで見せた力技であり、ルゥが海に落ちた時に使用した祝詞(いのり)アルケィ・ウンディーネとは違って身に付けている服は今現在着ている物がそのまま適用される。

 アイネと違って成長したとしても豊満な体つきにはならず、身に纏っているワンピースと外套が無惨に破けることはないだろうが、長さ的には妖しい感じになるだろう。

 エレメステイルという特殊な場所では他人の目を気にすることもなかったが、今は木が所々生えているだけの何もない道のど真ん中、しかも見せようとしているのはリバディとルルディと違って同性でもない。ネロが躊躇してあれこれ言い訳をするのも無理はないだろう。


 人通りは少ないが、この世界は動物種族がいる。空を飛ぶもの、地中を掘って進むもの、視力が優れているものなど、いつどこで誰に見られるとも限らない場所では易々と使いたくない力なのである。


 ネロは賭けをしようとしている。

 人に見られるかも知れないという羞恥という部分もあるが、ルゥの記憶にどのような影響を及ぼすか分からない。

 サラマンダーとしての記憶を取り戻しつつあり、能力も比例するように強くなっている。その結果がエーテルとモエギという二人の記憶喪失であった。


『君、誰?』


 あどけない表情で聞いてくるその言葉は、今まで何度もネロの心を穿って傷付けてきた。だからこそネロはルゥの前で何も言えなくなったのである。


 ネロの正体がウンディーネであること、ルゥがサラマンダーの生まれ変わりであること、クライスとシギルという二人の神様のこと……。楽しいことも辛いことも、ふとした瞬間に「そう言えば」と思い出話を零しただけで記憶が無くなってしまったこともあった。


 今のルゥはそのことを覚えていないが、エーテルとモエギの存在を忘れているという事実があり、ネロがそれを遅れているということも理解していた。


「無理にとは言わないよ?」


 だからこそ先手を打ってネロの逃げ道を作った。

 しばしの葛藤の後、ネロは恥ずかしそうに耳まで赤く染め、上目遣いでルゥを窺い見て言った。


「……い、一瞬だけど、記憶には残さないでよっ!」


 ネロの纏っている衣服がどうなるのかルゥが理解したわけではないが、顔を赤らめるということは恥ずかしいことになるのだろうと察することができる。


 ──楽しみって言ったら、ネロはどんな反応するかな?


 絶対に怒られるだろう不純な考えをしていると、ネロの周囲に霧が立ち込み始めた。

 息苦しさや湿っぽさは一切感じず、風景の一部でしかなかった。


 ──ネロ、やっぱり力が強くなってる。……俺のため、なんて自惚れていい話じゃないだろうけど、少し心配だな。体に合わない大きな力は、きっといつか身を滅ぼすから。




『やったぞ! ついに完成した!』

『殺せ! 皆殺しだ!!』

『凄い力だ……。これで、あいつらに勝つことができるぞ!』

『……なぜ、こんなことになってしまったんだ』




 一瞬、思考が別の場所へ飛んでしまったルゥは小さく頭を振ってネロの変化に集中した。

 すでに目の前は霧で真っ白に染まり、彼女の姿は一切見えない。ネロが葛藤の末に了承してくれたお願い事を叶えてくれようとしているのに、自分が気をそぞろにしてどうするんだと戒めたのだった。

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