11、羨ましい気持ち
エーテル達の方を伺えば、マイムが丁度ミーシャに抱き着いたところだった。
「……うぅ……ミーシャぁ…………」
「ほら、そうやってすぐミーシャに頼るんじゃないよ」
縋られたミーシャはいつも通り抱き止めたが、エーテルの方を見て頷くとマイムの体を優しく引き剥がしてこう言った。
「マイムは、力がなくなったら……私を、みんなを守ってくれない、の?」
「っちが、そ……な……ない! で、でもっ、おれ……なんの力も、ない……よぉ……」
「第三種族の力がなくったって、ルゥくんはモエギを守ってくれたですよ! 誰かを守るっていうことは、力のあるなしじゃなくて強い意志だと思うです! もちろん、強くなる努力は必要ですよ?」
ミーシャの言葉で少しだけ立て直しつつあったマイムは、予想していなかったモエギからの援護射撃が飛んできたことで止めどなく流れている涙を拭う手を止めた。そして、徐にルゥを見た。
ルゥもマイムを見ている。
涙と鼻水、悲しさと悔しさと遣る瀬無さでボロボロのマイムの顔は、愛されて甘やかされて大切にされていたからこそできる幼さがあった。
「……良いよね、マイムは」
ルゥは自分でも驚くくらい冷たい声だと思った。
湧き上がる感情を飲み込むことができず、言葉として投げつけることでしか発散方法を知らないかのように次々と溢れ出した。
「愛されて、甘やかされて、それが行き過ぎたら叱ってくれる優しい人達が周りにいる。母親の愛情は知らないだろうけど、父親はずっと側にいてくれて……。羨ましいな」
「ルゥ? 急にどうしたのよ?」
「なになに? ルゥくんも甘やかして欲しいのぉ? そういうことならぁ、お姉ちゃんに任せなさぁい」
アイネに前からぎゅっと抱き着かれたルゥは嬉しさと恥ずかしさとで頬を染めてはにかむが、鎮められた心を塗り変えるように嫌な思い出が次々と蘇ってきた。
「ありがとう、アイネ。でも、そうじゃないんだ。俺は記憶がなくても覚えてる。俺の家族は家族じゃなかった。血の繋がりがあってもなくても……。そうでしょ? カザミ、ミーシャ」
「あ、ああ」
『五指』の中にいたルゥの父親。
実の息子に対して「まだ生きていたのか」という辛辣な言葉を容赦無くぶつけ、話の流れから母親も同じ思いをしているのだと知れた。
さらにはルゥの育ての親についても、彼らはカザミの実の親らしいが、第三種族として生まれてきたカザミを恐れて捨て、にも関わらず後悔したのか罪悪感を抱いたのか……ルゥを引き取って育てた。結局は第三種族の力を恐る心は変わらずルゥも見放されたという話だが、もしもルゥが力を暴走させなければ結果はどうなったのかは分からない。結局は「たら・れば」の話であり、ルゥ自身も考えても仕方がないというのは理解していた。
──もしもの話は意味がない。この世界は、やり直しが効かない。父さんと母さんは俺を捨てたのはまぎれもない事実なんだから。
「うん。マイムはまだ子供だよ。でも、子供だからってなんでも許されるなんて思わない方が良い。神様は、全部見てるんだから」
ネロはルゥの瞳が僅かに赤く揺らめくのを見逃さなかった。
ルゥ自身も感情の揺らぎと昂りに、恐らく目が光っただろうなということを察することができた。
「俺は、君が嫌いだ」
「え……?」
お人好しが服を着て歩いていると言っても良いほどのルゥの口から、はっきりと飛び出した"嫌い"という個人を否定する言葉に周囲は驚愕していたが、マイムが受けた衝撃は彼らとは比べものにならないだろう。
「ずっとモヤモヤしてた。俺の方が大きいし、甘やかされるのは仕方ないって思ってた。けど、やっぱりずるいと思う。あれ? こういうのって大人気ないって言うんだっけ? 甘やかされるのも愛されるのも子供のうちの権利だし、叱られて成長するのはとても良いことだ。だからと言ってそれが当たり前だと思わない方が良い。……なんてね」
「まさか、ルゥがそんなことを言う日が来るとはな……」
「団長は当初から嫌われていたが、そこまで嫌われていなかったということか」
「小さい頃は嫌われてなかったんだよ! って、昔話はどうでも良いっつの!」
昔話よりも今目の前の出来事について話したかったカザミだったが、アイネは懐かしい思い出を語り始めた。
「そうねぇ、小さい頃のルゥくんはお兄ちゃんっ子だったものねぇ」
「……なんでアイネがルゥの小さい頃を知っているのよ」
「風の噂よぉ」
「……ということは、私達が必死にフーの生まれ変わりであるルゥを探していたことも知っているってこと?」
「まぁねぇ。フーくんがルゥくんだってことはぁ、お母様に教えてもらったんだけどねぇ」
悪びれる様子はあるが、それよりも楽しんでいる方が強い顔をしていた。
ルゥがやっぱりアイネはアイネだなと思っていると、目が合った途端に愉悦の笑顔が一転して姉の微笑みへと変わった。
──アイネには敵わないなぁ。まあ、ネロにも敵わないけどさ……。
熱を吐き出すように短く息を吐いたルゥは、改めてマイムの顔を見た。
「マイムはどうなりたいの? みんなを守りたい? ミーシャに格好良く見られたい? だったら第三種族の力が無くなったくらいで諦めたらダメだよ」
「っおまえになにが分かるんだ! おま……おまえはサラマンダーなんだろ?! おれの気持ちなんか分かるもんか!!」
「うん、分からないよ。力が強すぎて誰かを守るどころか壊すことしかできない俺には、家族に愛されて育ったただの動物種族の気持ちなんて分からない」
アイネのお陰で落ち着いたはずの心は喋っているうちに再び熱を帯び、大人気ない言い方になってしまった。
見た目の変化が影響しているのか、それとも心の変化が見た目に影響したゆえなのか、取り繕おうと思えば"ルゥ"を演じることはできたはずだが、どうしても自分の境遇と比べて嫌なやつになってしまうのだった。
言うだけ言えばスッキリすると思っていた心は、余計に重く暗くなってしまった。
見事に自己嫌悪に陥ってしまったのである。
「……っごめん、先に行くね!」
「あ、ちょっと! ルゥ!」
自分が情けなく、居た堪れなくなったルゥは逃げるようにその場を後にし、その後を追うようにネロも居なくなったのだった。