3、ルゥの能力
路地裏を曲がった先、明らかに安っぽいボロ宿を発見した三人は、エーテルを先頭に扉をくぐった。
先ほどの宿よりはまだまともだが、お世辞にも綺麗と言えない宿の中は所々に汚れが目立ち、素人が補強したことが丸わかりの壁や、穴の空いた絨毯など相当な古さを物語っている。
受付をするための長机に人の姿はなく、その奥の壁には素泊まりのみの営業案内が貼られていた。
机の上にあった人を呼ぶための硝子製の鈴をエーテルが軽く振って音を鳴らしたが、誰か出て来る気配はおろか物音ひとつしなかった。もう一度鳴らしても結果は同じで、諦めて帰ろうと踵を返したとき、奥の扉がゆっくり開いて羊の動物種族の老婆がゆっくりした足取りで出てきた。
「お客かね?」
「ああ。三人だ。部屋は……」
「ワンルームでいいわ」
「え!? 三人一緒──」
「ワンルームで。エーテルも文句ないわよね」
「あ、ああ」
今回も言い切られる形になったルゥだったが、羊の老婆が冷静に「ベッド、一部屋に一つしかないけどいいのかい?」と言ってきた。
「「「…………」」」
結局三部屋を借りて灰石9枚を支払った。
木製の閂という古風な作りの扉を開けると、ワンルームの部屋は老婆の説明通りベッドが一つおいてあるだけで、三人が一部屋に泊まるのは実質的に無理だった。しかし、これからのことを話し合うためには部屋に集まらなければならず、狭い部屋のベッドの上にネロが、さらに狭い床にルゥとエーテルが座った。
「何で私だけベッドの上なの?」
「ネロは女の子だし、体を冷やしたらまずいじゃん?」
「エーテルだって女の子じゃないの」
「アタシは良いんだよ」
「エーテルって変わってるね」
「ルゥには言われたくないんだけど……」
「そう? 僕は──」
長く続きそうな話をルゥの空腹を訴える腹の虫が遮った。
三人は顔を見合わせ、エーテルが持ってきた乾パンとその場で作った簡単なスープで昼食にすることにした。
食後、ベッドの上に地図を広げたネロがルゥとエーテルにこれからのことを説明した。
現在地カジュカから船でトワイノース大陸に入り、多種族都市のムルドを過ぎ、いくつかの多種動物種族村や雑多郡を抜けて多種族共和国のサイオーニアに向かう。これが今のところの予定である。
これから何日掛けてそこへたどり着くのか、路銀をどうするのかなどの話がある程度終わったとき、エーテルが言いづらそうにしながらも口を開いた。
「あの、さ……。今日会ったカザミとかいう第三種族のことなんだけど……」
案の定、ネロのこめかみがピクリと反応した。
これ以上話を続けることをエーテルは諦め、すぐに「ごめん、何でもない」と言って話を切り上げようとしたが、ルゥは彼女の言葉を拾い上げて話を続けた。
「僕も、あの人のことを知りたい。何があったのか、何で僕を仲間にしたいのかを知りたい」
「ルゥ……」
いつになく真剣な表情のルゥに、ネロは拒否しようとしていた言葉を飲み込んだ。
「それにね、少し思い出したんだ。昔のこと……」
「それって──」
「思い出したって何のことをさ?」
重要な話がされようとしていることはエーテルも重々理解していたが、聞き逃してはならない言葉が出てきたため、お行儀よく挙手をしてから質問をしてきた彼女にそう言えば記憶喪失の話はしてなかったと思い出し、それを含めて二人の関係を改めて説明することにした。
「ごめん、エーテル。僕、一週間くらい前からの記憶がないんだ」
「はぁ?」
余計に話がこんがらがったのか頭の上に疑問符を浮かべるエーテルに、ネロがルゥの言葉を分かりやすく噛み砕いて説明し始めた。
「ルゥは記憶喪失なのよ。私のことももちろん覚えてないから、出会ってから一週間ちょっとしか経ってないっていうことになってるけど、私は以前のルゥも知ってるわ。とある事情で私の口からルゥの記憶に関することは教えることはできないけどね」
「その話、僕は今初めて聞いたよ?」
「そうだったかしら?」
「冗談だろ? だって、二人とも、なんていうかしっくりしてるから付き合いが長いもんだと思ってた」
「付き合い自体は長いわよ。ルゥが覚えてないだけでずっと一緒にいるんだから。それこそ……いえ、何でもないわ」
口を滑らせそうになったネロは、首を振って自制をした。
「ネロ、その話せないっていう理由は聞いても良いか?」
カザミの件よりは聞きやすそうに、しかしルゥが居る手前遠慮がちにエーテルが聞いた。
「僕も聞きたいな。話せれば、だけど……」
自分のことであるルゥは、ネロが躊躇っているのか言葉を選んでいるのか、少しだけ逡巡している様子を内心でビクビクしながら見ていたが、やがてネロの青い瞳が真っ直ぐに自分を見返してきたことで意図せず姿勢を正した。
「……ルゥが、自分で思い出さないと意味ないからよ」
「僕自身が?」
「ええ。さっき、少しだけ思い出したって言ったわよね? どんなことを思い出したの?」
「あの人のこと、普通に呼び捨てにしてた気がする。それと……僕も、第三種族……だったんだよね?」
「っ!?」
ルゥが記憶喪失だということ以上の衝撃に言葉すら出てこないほど驚くエーテルと、神妙な面持ちのネロの対比が面白かったのか、ルゥは眉を下げて笑った。
未だオロオロと視線を彷徨わせることしかできないエーテルを助けるかのように、ルゥは話を続けた。
「まだ、そうだったのかなーっていう、ぼんやりとした感じにしか思い出せないけど、カザミっていう人に力の使い方を教わってたような気もするんだ」
ルゥはここで一息入れてネロの出方を待った。
誰も言葉を発しない重苦しい雰囲気の中、ネロは唐突にエーテルに向かった手を差し出した。意味がわからないエーテルは首を傾げ、差し出された手とネロの顔を交互に見た。
「……この手は何?」
「火の、晶霊石を貸して」
「良いけど、何に使うんだ?」
ネロに言われるがまま巾着から調理に使われる小ぶりな晶霊石を二つ取り出して渡した。大して使用していない石は未だ輝きが衰えておらず、この調子なら五日は保ちそうだった。
その石の一つ、力を発動させる方をルゥに渡し、もう一つの石は灰石を下に敷き、その上に置かれた。
「僕、火の晶霊石、初めて触った。なんか、暖かいね」
「そう? どれも同じだと思うけど……。それでネロ、これからどうしようっていうのさ?」
「一つ聞くけど、これって焼くためのものよね?」
「ああ」
「なら良いわ。ルゥ、この石をもう一個の石に近付けて、火を出してみて」
「火……。わかった」
灰石の上に乗った晶霊石に残り3センチメートルほどのところまで持っていくと、晶霊石は中に組み込まれている命令通り小さな火を灯した。
「点いた!」
「そりゃそうなるよ。普通に石を発動させただけだし。で、こんなことしてネロは一体何がしたいのさ?」
「良いから見てなさい。ルゥ、今度は手に持ってる石に火を灯してみて。あなたが点けた火を見て、それが手に持ってる石に移るように想像するのよ」
「想像? 想像……」
灰石の上に灯っている火をまじまじと見つめた後、手に持っている晶霊石に視点を移した。……瞬間、手にしていた晶霊石に蝋燭のような優しい炎が灯った。
「あ、点いた」
「何で?! だって、その石……え?!」
驚きを隠せないエーテルに、ネロは二人にわかりやすく説明をした。
「晶霊石を自由に扱えるのは、精霊種族の血が流れているからよ。例えその石が、発動させる役目しかなくても、精霊種族の力を持っていれば新たな命令を与えることができるの」
「でも、そんなあっさり……」
「頭では覚えてなくても、体や感覚が覚えているってことよ……。どう、ルゥ? 体とか頭とか、痛くなったりしてない?」
驚愕と羨望の眼差しを向けてくるエーテルと違って、ネロは終始心配そうな顔でルゥの様子を伺っていた。
「特に何ともないよ。でも、僕、本当に第三種族だったんだ……」
ネロの心配を他所に、ルゥは新しいおもちゃを与えられた子供のようにキラキラした表情で、手のひらの上で優しく燃える晶霊石を見つめ続けていた。
感覚的には火を点けたというより灰石の上の火が移ったような感じで、実際に灰石の上の晶霊石はその役割を終えたかのようにただの石に戻っていた。
だからこそ、ルゥは本当に自分の手から火が生み出されたのか不思議に思っていたが、時間が経って少し落ち着いてきた今、晶霊石を持っている手から何かが流れているような、吸い取られているような感覚があり、火を直接持っているにも関わらず熱さを感じないことにようやく実感が持てたのだった。
いつまでも眺めていられるくらい夢中になっていたルゥだったが、不意に貧血のような気だるさが襲ってきて勿体無いと思いつつも火が消える情景を思い描き、想像した通りただの赤い石に戻った晶霊石をルゥは名残惜しむように手の中で転がして遊ぶのであった。
「一個質問なんだけど……。ルゥ、その石、元に戻せるの?」
「…………ネロ、どう?」
エーテルのもっともな疑問に、ルゥは助けを求めるようにネロへと視線を移した。
エーテルもルゥに倣ってネロの方を見たが、当のネロは二人の視線から逃れるように窓の外を見ながら「頑張ればできるはず……」と曖昧なことを言って誤魔化した。
「ちょっと! 元に戻らなかったらこの先どうするつもりなのさ!」
狭い室内にエーテルの怒号が響いた。
幸いなことに、この宿屋にはルゥ達三人と宿屋の主人である老婆しかおらず、その老婆も面倒ごとはごめんだとばかりに、確実に聞こえている音量であったにも関わらず注意しに来ることはなかった。それでも近所迷惑であることに変わりはないので、エーテルは大声を出してしまったことを謝罪してから改めて小声で二人を問い詰めたのだった。
「ネロはいつもどうやってるの?」
エーテルの詰問から逃れるためではなく、純粋な疑問としてルゥは尋ねた。
他にも言いたそうなエーテルだったが、過ぎたことをいつまでも引きずるよりも生産的な解決策を聞くために口を閉じた。
それを幸いと取ったネロは咳払いを一つしてから、水の晶霊石が付いている水袋を取り出して実演しながら説明をした。
「私の持ってる晶霊石は力を込めたら水袋に水が溜まるように設定されているわ。……こういう風に、ね。これを書き換えるために、既存の設定に力と意識を持っていかれないよう新たな設定を読み込ませる技術がいるのよ。ここまではわかる?」
「何となく……」
自信のない返答をしたルゥだったが、ネロは説明を続けた。
「設定を書き換えるためには自分の中で想像力を持たせる必要があるんだけど、さっきルゥは自然にやったわよね? 目の前にお手本になる火があったから簡単にできたんでしょうけど、それと同じ要領でやれば良いのよ」
「それで最初に普通に火を点ける作業をやったのか」
エーテルの納得したような独り言に「ええ」と短く答えたネロは、自分の手の中にある晶霊石に力を込め始めた。
晶霊石は徐々に青い光を強く放っていくが、見た目的には力を発動させているときと何ら変りなく、設定を書き換えているようには見えない。しかし、晶霊石が一層の輝きを放った次の瞬間、水袋に入っていたはずの水は一滴残らず無くなっていた。
「マジ!?」
「すごい! どうやったの?!」
尊敬の眼差しを向けるルゥに、ネロは少しだけ得意げな表情になった。
「私は水袋に水を溜めるとき、空気中の水蒸気を凝固させるように想像して水を作ってるのよ。それと逆のことをしただけなんだけど、ルゥも似たようなことをやったわよね?」
「火を消すこと?」
「そう。そのとき、ルゥはどんなことをイメージした?」
「火が消えて、元の晶霊石に戻ること……」
「それは正解ね。精霊種族は想像力が大切よ。ただ火が消えることを思い描いても力は発動しないわ」
「どういうことだよ」
ネロの言ったことにルゥだけでなくエーテルも首を傾げた。
「これもほとんどの人が知らないことだけど、精霊種族は自らの力で晶霊石を扱っているように見えるじゃない? けれど実際にはこの世界を作った神様の力の一旦を借りているだけに過ぎないの。だから、想像力を実現させるって言う強い想いを神様に認めてもらわないと力は発動しないのよ。まあ、自分の力でやってるっていうことも間違いじゃないんでしょうけど」
何気ないことのように喋りながらも、ネロは晶霊石に力を込めて水袋の中身を元どおりにした。
「さあ、ルゥも想像して、強く願ってみなさい。さっき言った神様のこととか余計なことは考えなくていいわ。自分にも他人にも分かりやすく、簡単で単純なことを考えるだけで良いの」
「わかった。やってみるよ」
ネロに言われた通り、ルゥは手の中にある晶霊石から燃える映像を綺麗さっぱり追いやって、先ほど見せてもらった晶霊石の普通の使い方を思い返した。
──もう一個の石に近付けると、こっちの石が光って、あっちが燃えて……。
頭の中の映像を追いかけるように、手の中の晶霊石が赤く光った。
「できた……かな?」
「大丈夫だと思うけど……」
ルゥは試しに、灰石の上に置いてある晶霊石に近付けてみた。すると、先ほどと寸分違わぬ形で火が灯った。
「直ってる……よね?」
「そう、ね」
「はぁー……何なんだよ、まったく」
呆気なく元に戻してしまったルゥに拍子抜けした二人は同時にため息を吐き、顔を見合わせたのだった。
カザミの話をしようと思っていたのに、いつの間にかルゥの話にすり替わっていることに気が付いたエーテルが話題を元に戻した。
「それで、カザミってやつのことなんだけど……」
「そうだったわね。ルゥにも、教えておいた方が良いかもしれないし、私の知っている範囲で話すわ」
ネロが話したのは、カザミが第三種族を集めていること。盗賊団『ゴリアテ』として各地にある晶霊石を集めていること。本拠地と呼べるものがなく、どこにいるのか誰も知らないこと。そして、三ヶ月前にルゥに仲間にならないかと声をかけて、返事をしなかったことだった。
なぜ返事をしなかったのか、ルゥには記憶がないため分からない。ネロもそれ以上は話す気がないようで、視線を落としたまま口を噤んでいた。
「一個、聞きたいんだけど」
暗くなってしまった空気を吹き飛ばすように、エーテルは近所迷惑にならない程度の元気のいい声で挙手をした。
「何?」
「カザミってやつ、晶霊石を持ってなかったと思うんだけど、第三種族は石なしでも力が使えるのか?」
少しだけ考えるそぶりを見せたネロだったが、すぐにその質問を否定するように首を横に振った。
「精霊種族は晶霊石がなくてもある程度の力は使えるわ。でも、第三種族は晶霊石の補助なしに力を使うことは無理だと言われているの」
「ってことは、使えないわけじゃないの?」
ルゥは晶霊石を床に置いて、自分の手を見つめた。
「精霊種族にも言えることだけれど、使えても、命の保証はない……ってことよ。第三種族の場合は命を落とす確率が高いっていうことね」
感情の感じられない顔でまっすぐ目を見つめられて言われた言葉に、ルゥは床に置いた晶霊石を勢いよく引き寄せ、お守りの如く胸に抱いて耳を情けなく垂れ下げた。
エーテルは怯えるルゥ愛らしく思いながらも、ならばなぜカザミは晶霊石なしで力を使うことができたのかと疑問が濃くなったようで眉間にしわを寄せたのだった。
「あいつ、命削ってまで力使って何の意味があるのさ」
「どこかに石を隠し持ってたのか、もしくは違う何かがある……ってことじゃない?」
興味なさそうに言ったネロは、これが最後とでも言うようにカザミについての補足説明をした。
「カザミの目的は第三種族と晶霊石を集めることよ。それで何がしたいのかは知らないけど、ゴリアテの規模はどんどん大きくなっていってるわ」
第三種族の数は多くないが、ゴリアテを支持する動物種族や精霊種族が確かにいて、年々増加している。
「ってことは、ゴリアテを追っていけばマイムにたどり着く可能性が上がるってこと……?」
「それはどうかしら」
「ネロ?」
「確率の問題もあるんでしょうけど、貴女の甥っ子ってまだ子供よね?」
「ああ、今年で8才だ」
「そんな子供までゴリアテが欲しがるかしら? 酷いことを言うようだけど、私達は貴女の甥っ子を探すために旅をしているわけじゃないの。ルゥと一緒にいれば、ムカつくけどカザミやゴリアテと接触するのは避けられないでしょうね。でも、それとこれとは別の話よ」
確かに、今後カザミ達ゴリアテの一団と出会ったとしても、マイムの情報を相手から引き出せる可能性はゼロに等しい上に、彼らの目的はルゥであって特に興味もないエーテルの話をまともに聞くとは思えない。
エーテルとしてもルゥ達の旅の邪魔をしたいわけではなく、かといってマイムの行方を諦めることはできない。
旅に同行して食事の面倒を見てくれと誘われたのはエーテルだが、世界を知らない彼女が一人で旅を続けるのは困難を極めるだろう。
特に、晶霊石を多用している彼女にとって女の一人旅ほど恐ろしいものはない。
生活用の小さな晶霊石など、盗賊団ゴリアテとの交渉材料にもならない。良くて野盗に襲われて換金されるのがオチである。
何より、エーテルの一番素直な気持ちはルゥ達と離れがたくなってしまっていることだった。
ここでルゥ達と離れると言う選択肢は彼女にとっては論外だった。
「分かってる。マイムと義兄さんを探すのはアタシの範囲だけでやるさ。それに、今日みたいにカザミがルゥにちょっかい出してきたらアタシが追い払ってあげるさ。だから……一緒に旅を続けてもいい?」
「もちろん! エーテルが僕を助けてくれるなら、僕はエーテルを助けてあげるね! ねえネロ、僕が勝手にやるのは良いでしょ?」
「……目的を見失わないなら……まあ、良いわよ」
「ありがとう、ネロ!」
「ちょっ……!? 離れなさいよ!」
「あははは! 二人とも、ありがとう」
エーテルよりも先にお礼の言葉を言ったルゥは、満面の笑みでネロに抱き着いた。
そんな二人を見ていたエーテルは感謝を述べ、犬よりフサフサとした毛並みのルゥの頭を撫でたのだった。
「もうっ! この話は本当におしまい! 明日は早く出るから、各自しっかりと体を休めるのよ。エーテルは適当な時間に夕食をお願い」
「分かった」
「僕も手伝おうか?」
力を使うことに楽しみを覚えてしまったルゥがそわそわしながらエーテルに提案したが、間髪入れずにネロから眼光鋭くダメ出しを食らった。
「力を使いすぎるのはやめなさい。体の負担が増えて旅が続けられなくなるわよ」
「……はーい」
狭い室内で野菜と乾燥肉を手早く調理するエーテルに訴えかけるような視線を送るルゥだったが、ネロはそれすらも見越していたようで、チラチラとルゥの様子を気にしているエーテルに向けて釘を刺していた。
「やらせたら怒るわよ」
「……わかった」
捨てられた子犬のような表情をするルゥに絆されそうになっていたエーテルは、心の中で小さく謝って目の前の調理に集中した。
エーテルが無事に夕食を作り終え、行儀が悪いとネロが納得しないながらもベッドの上や床の僅かなスペースを利用して早めの夕食を済ませ、本日は解散となった。
浴場自体がないため、苦手な入浴をしなくて良いルゥは気分良く自室に戻り、布団の中に潜り込んだ。
──火の力……か。
思えば、ネロは自分に晶霊石を触らせようとはしなかったな、と思い当たった。
出会ってから野宿で火を起こそうとするときも、ケイナンで宿屋の鍵を受け取るときも、ルゥには触らせないようしっかりと抱えていたし、水袋の水を飲ませるときも飾りの晶霊石は外していたことを思い出した。
それが、ルゥが第三種族だということと関係あるのだと納得したルゥは、なんとも言えない表情でネロの優しさについて考えていたが……瞬間、頭の中に燃え盛る森の光景が、逃げ惑う住民が、まるで忘れていた己を責めるように思い出された。
「ッ痛……! なに、これ……?」
締め付けられるような頭の痛み。
ドクドクと早鐘を打つ心臓。
乱れる呼吸。
全身から吹き出す嫌な汗。
歪む視界。
──誰か……助けっ…………。ネロ、に…………ううん、話せ、ない。これは、黙っていた方が、良い、気がする。
時間と共に沈静化する症状は、宇宙を漂っているような浮遊感からベッドの上の現実へと舞い戻らせた。
瞳に映る天井の木目ではなく青い少女の悲しむ表情を見たルゥは、先ほどの出来事を忘れるように目を閉じたのだった。
製作裏話……。
話の順序を間違えて急ピッチでこっちの話を書き上げましたまる。
誤字脱字報告などありましたら申し訳ありません。
ルゥの記憶の一端、秘密、力。
そしてネロの想い……。
少しずつ複雑化していきます。