幕間:とある屋敷にて
センティルライド大陸にある多種族国家コアルガ。
ハカセと呼ばれている不思議な女性が住んでいる屋敷の一角に、その男は住んでいる。
木製の車椅子で移動しているその男はハカセと同じく素性が不明で、ハカセ以上に謎が多く、いつも真っ白な外套で頭から爪先までをすっぽりと覆い隠していた。
その男は皆にエルデと名乗っていた。
エルデはハカセの側につき従えるように行動し、常に彼女のことを考えて行動していた。
屋敷に住まう住人はエルデが外出するところも、ハカセの側を離れて一人で行動しているところも、今の今まで見たことがなかったが、ついに今日、家政婦の一人である狸の女性がエルデの外出姿を目撃したのである。それもハカセと一緒にではなく、一人で、である。
家政婦が言うには何やら急いでいる様子で、車椅子の車輪をもどかしげに漕ぐ様を見て「手をお貸ししましょうか?」と尋ねたのだが、エルデは「いらん。くれぐれも付いてくるなよ」とだけ言い残し、整備された石畳の道を黙々と進んで行ったらしい。
「ハカセ、エルデが外出されたようですが、お一人で行かせてよろしかったのですか?」
狸の女性からエルデが外出したことを聞いた別の家政婦である獅子の女性が、ハカセを訪ねて自室赴き、そう報告した。
「構わぬ。あれも中々に忙しいのだ。それに……どうやら一波乱ありそうな感じもする。お前達もしっかりと準備しておくのだ。この世界から第三種族と合成種族を抹殺する準備をな……」
「かしこまりました。夫を目の前で殺された恨み、必ずこの手で晴らしてみせます」
獅子の女性の瞳には、仄暗い決意が宿っていた。彼女の表情を間近で見たハカセは、恐ろしさを感じるどころかまるで我が子を見るような慈愛の籠った眼差しで女性をみやり、傍に置いてある空っぽの鳥籠を優しく撫でながらこう付け加えた。
「そうそう。くれぐれも精霊種族には手を出してはならぬ。精霊種族に近しい能力を持った第三種族にもな」
「……それは、殺すな。ということでしょうか?」
「そうだ。殺してはならぬ。傷付けるのもなるたけ控えよ。精霊種族は大切な者達。お主らの隣人なのだからな」
「隣人、ですか? …………分かりました」
納得しきらない表情ながらも深々と頭を下げて退室していった獅子の女性に、ハカセはクツクツと笑いながら鳥籠を覗き込んだ。
「本当にままならぬものだな、この世界は。早くあの子を見付けて、手っ取り早く世界を壊してしまおう。そうして、また一からやり直すのだ。私と、お前と、愛おしい子達と共に……」
優しく紡がれる言葉は綿菓子のごとく甘く、しかしその中には毒と棘がしっかりと含まれている。
「私はお前と、子供達さえ居れば良い。ヒトの世界の実験など最高神の道楽に他ならぬのだから」
ハカセの言葉を否定するように、何も入っていないはずの鳥籠が小さく動いたのだった。
久しぶりの投稿が幕間というオチ……。