5、ノームの力
ルゥ達が歩き始めて何日経ったか。フォロビノン大陸は広大な土地ゆえに集落や村、町などの間の距離も他の大陸より離れており、徒歩で横断や縦断するには相当の覚悟を必要とする。
農家や畜産家が多い上に『ゴリアテ』の協力者もそこそこ住んでいるため食料の問題はないのだが、いかんせん幼いマイムや『始まりの精霊種族』でも飽きっぽいルルディとリバディの3人は、ついに愚痴を零し始めた。
「もう! いつになったらセンティルライド大陸に行くんですかー!」
「飽きた」
「ルルディもリバディもだらしがないですわよ」
「そうだぞ! 精霊種族がこんなことで根を上げるなんて情けないぞ!」
同じ『始まりの精霊種族』であるレイディやラウディは特に疲れた様子もなく、むしろしっかりとした足取りでネロの後ろを付いて歩いている。
「おれもつかれた!」
「……マイム、もう少しだから頑張ろう?」
「疲れたならアタシが負ぶるけど、どうする?」
「っそこまでこどもあつかいするな! もうヤダ! いつになったらつくんだよ! もう少しもう少し、そればっかりじゃんか! 父さんも見つからないし、もうヤダ!!」
一方のマイムは歩くことを止めてその場に座り込み、心配するミーシャやエーテルの言葉も癪に障るらしく駄々をこね始めた。
マイムの目には疲れと父親に会えない寂しさからか涙が浮かんでいたが、ミーシャの前だからなのかルゥの前だからなのか、とにかく人目がある前でみっともなく泣くことだけはできなかったらしい。涙をグッとこらえ、頭上で燦々と降り注ぐ太陽光に背を向けて地面をガンガン殴って誤魔化していた。
幼い力では地面の地形を変えることはできないはずだが、マイムは土の力を身に宿した第三種族である。不安定な精神に影響されて僅かがながら力が漏れてしまい、拳をぶつけた地面がボコボコと隆起していた。
「おー! すげーすげー!」
「団長、感心している場合ではないだろう。マイムには力を制御する金属が頭に着けられている。にも関わらず、精神が不安定になっただけでこの有様だ」
「確かにこれは凄いけど、まずいですねー」
マイムの力の強さに感心するカザミとは違い、土の力を持っているアーサーとルルディは深刻な表情で現在も掘り進められている地面を観察していた。
「……ルゥより子供だから、仕方ないわね」
ネロの口からポツリと呟かれた言葉には懐かしさと悲しさが含まれていた。
普通だったら誰にも聞こえないような音量だが、生憎とここにいるのは動物種族が多い。ルゥを含めた何人かはネロの呟きをしっかりと拾っており、その言葉に対する感情を各々がゆっくりと噛み砕いて消化していた。
そんな中、当の本人であるルゥは周りが表に出しているような興味や好奇心、複雑な表情を一通り盗み見た後、少しだけ耳と尻尾を下げた。
──ネロがまた僕の知らない僕のことを考えてる。きっと、ネロとミーシャはおんなじ気持ちなんだろうな。僕が、シアンって子を殺した時の……。
「団長はん。この子猿止めへんと大変なことになるんと違う?」
「悪い悪い。力の暴走って分かってるんだけど、ついな」
「猿のお嬢はんも、ぼけっと見てへんと宥めなあかんやん。血縁者なんやろ?」
「あ、ああ……。そう、だよな……」
──エーテルは怯えてる。力の暴走に。僕と同じ、力の制御ができない第三種族に。
「……悲しいね。力を使いこなせないのは」
今のルゥは耳も尻尾も垂れ下がり、俯いた表情はまるで子犬が飼い主に叱られているように悲しげだった。
「ルゥ……よね?」
「うーん。ネロちゃんが疑問に思うのもわかるわぁ。フーくんとは全然違うけどぉ、なぁんか似てるのよねぇ。弟感っていうのかしらぁ?」
ねろとアイネが、ここにいるのは本当にルゥなのかと疑問に思っている間にも、ルゥはいじけ続けているマイムに近づき、目線を合わせるように座り込んだ。
「な、なんだよっ! おれは泣いてないぞ!」
流れそうになっていた涙をゴシゴシと勢いよく拭いながら虚勢を張ってみせるマイムに、ルゥは大して気に留めず、ゆっくりとした動作でそっと金環に人差し指を当てた。
「こんなことをしても力は抑えられない。力を使い熟したいのなら、立ち向かわないと」
まるで自分自身に言い聞かせるように静かに紡いだ言葉。それが言い終わると同時に、金環を火の力で焼き切ってみせた。
カラント音を立てて地面に落ちた金環に、周囲は何が起こったのか把握することができず、まるでここの空間だけ時が止まったかのように誰一人として動かなかった。
「これで、マイムも僕も一歩前に進んだね」
未だ耳も尻尾も力なく垂れ下がっていはいるが、ルゥの表情はどこか晴れやかであり、少し大人びたものへと変わっていた。
「ネロちゃん……ここにいるのはルゥくん? それともフーくん?」
「ルゥ、だと思うけど……」
アイネの問いかけに答えるネロの口調は自信の感じられない曖昧なものだった。
そんな困惑したネロに向かって、ルゥはふわりと微笑って答える。
「僕は僕だよ。ネロが僕をルゥって呼んでくれる限りはね」
──少し維持の悪い言い方になっちゃったかな?
そう心配するルゥは更に困惑するネロとアイネを見て楽しげに笑った。
「……おい、クソ団長。ルゥのやつ、マイムの金属を火の力で焼き切ったってことで良いのかよ?」
「おれの見間違いじゃなきゃ、そうなるな」
「そんなことができるのは精霊種族でも限られた……例えば、そこの『始まりの精霊種族』とか、サラマンダー本人じゃないと無理なはずだろう」
「覚醒、したんとちゃう?」
『ゴリアテ』が口々に話している横で『始まりの精霊種族』達もあり得ないものを見るような目でルゥを見ていた。
「ちょっとラウディ、あれ、あり得ますー?」
「俺はできるぞ! だが、サラマンダーに覚醒してもいない第三種族があんなことできるとは思えないぞ」
「ラウディより力が強いなんて許せませんわ!」
「……珍しい。レイディがラウディを下にした」
「なっ!? べ、別に下にはしてませんわ!」
そして一体何が起こったのか、事態を把握するのに時間を要しているエーテル、モエギ、ミーシャ、マイムの4人。
「え? 今、ルゥがマイムの金属を外した……のか?」
「モエギには、そう見えたです……」
「……ルゥ、が?」
「……なんで? おれ、お前のこときらい、なのに……。ぜんぜん、ありがとうとか、おもってないけど、体がかるい。生まれてはじめてだ、こんなの……」
マイムが頭に手を当てて、今まで自らを苛んでいた邪魔な重りがなくなっていることをこれでもかと確認していた。
十分に頭の軽さと違和感の無さを確かめたマイムは、不意に気付いたように恐る恐るといった感じで自分の手を眺め、おもむろに手を地面へと叩きつけた。
叩きつけたと言っても、先ほどよりも力は入れていないはずだった。どちらかと言えば扉をノックするように軽くコツンと当てた程度である。
にも関わらず、先ほどよりも深く地面が抉られた。
「はぁ!?」
驚愕の声はカザミのものだったが、カザミ以外の者も声にならない声を上げていた。
マイムの本当の力……。
子供ゆえに恐怖よりも「おれすげー」が勝るんです。