4、お使い
その場に残された『ゴリアテ』のカザミ、アーサー、カガリ、シュカと、『始まりの精霊種族』のルルディ、リバディ、レイディ、ラウディ。そしてシルフであるアイネの9人は、ルゥ達を見送った後すぐに仕事には取り掛からず、しばらくは思い思いに過ごしていた。
思い思いと言ってもいつまた『神の手足』の襲撃があるとも限らないため、おおっぴらに寛ぐのではなく、それなりに緊張感を持ちながら、という注釈がついた。
「じゃあ、初めましょうかぁ」
そんな彼らのちょっとした休憩時間も、アイネの間延びした号令によって終わりを迎えた。
本来なら仕事を言いつけられた『始まりの精霊種族』以外はそのまま警戒しつつの休憩時間なのだが、どうやら『ゴリアテ』は彼女達の仕事に全員が興味津々らしく、わざわざ彼らから距離をとってアイネを中心に円を作ったにも関わらず、野次馬よろしく近くに腰を下ろしたのだった。
「邪魔」
「そうだぞ! 第三種族が近くに居たんじゃ力が上手く使えないだろ!」
「あっち行ってて欲しいんですけどー」
「失敗したら貴方達の所為ですわよ」
精霊種族全員から漏れなく避難を受けた『ゴリアテ』達は仕方なく、彼女達の様子がギリギリ分かるくらいの距離で改めて腰を下ろしたのだった。
「あらあら、しょうがないわねぇ」
「シルフ様の邪魔になるなら、私が吹き飛ばす」
「別にそこまで気にならないからぁ、手荒なことはしなくていいわよぉ。それにぃ、これから力を使うのにぃ、あんなのに使ってたらもったいないじゃなぁい」
「やはりシルフ様は心が広いんだな!」
「ウンディーネと違って、ですかー?」
「ルルディ! ウンディーネ様を侮辱したら許さなくってよ!」
「はいはぁい。みんなおしゃべりはそこまでよぉ。集中してねぇ」
アイネが柏手を打って精霊種族達の注意を引き締めた。
「じゃあ、やるわよぉ」
掛け声をかけたアイネは瞑想するように自然体になり、精霊種族達はそんなアイネに向かって両手を翳して力を送る。
しかし、カザミ達の目には彼女達がただ手を翳しているだけに見えている。
力というものは目に見えるものではないのだが、精霊種族達は確かにアイネに向かって力を送っている。それは"気"のようなもの──正しくはそれぞれの元素の力を原子まで分解して世界を網羅せんとする感覚器官を作り出し、それをアイネに委ねて彼女の力で風に乗せて世界の隅々まで運ぶ。というのが、今彼女達がやっていることである。
以前にもネロが説明したが、『始まりの精霊種族』程度ではせいぜい大陸一個を透視るのが関の山。しかも、力が足りずに隅々までは到底調べられない。大陸を超えて透視るならば、四大精霊の力がどうしても必要になる。これは双方に言えることで、己の使う元素に偏って調べることにはなるのだが、『始まりの精霊種族』よりは詳細に分かる。
更に言えば、もしかしたら別次元にいるかも知れない、というのも難しいところであるが、それすらも四大精霊ならば不可能ではない。まあ、誰一人として空間を超えた捜索などしたことはないが、シギルやクライスとの繋がりが強い彼女ならばあるいは……という願いもあっての指示だった。
普段なら誰にも頼ることなく一人で抱え込んで、結局は自分でなんとかしきってしまう意地っ張りな姉の切なる願いを叶えるために、アイネはいつもの飄々とした空気を真剣なものに変える。
「……この大陸には居ないわね。やっぱりセンティルライドかしら」
「なら、意識をそちらに飛ばす」
「ルルも頑張っちゃいますよー!」
「無理はダメよ。あなた達は大陸を渡るのも辛いでしょうし、力だけ分けてくれれば私が見るから」
「シルフ様のお役に立てるなら、俺は限界まで力を使うぞ!」
「私もラウディに続きますわ!」
やる気を漲らせる精霊種族達に、アイネはやれやれという顔をした。しかしそれは呆れではなく、ネロがルゥに向けるような「しょうがない」という姉目線の、嬉しさの混ざった困惑の表情であった。
「それじゃあ、センティルライド大陸に渡るわよ! レイディちゃん、リバディちゃん、お願いね」
「「はい!」」
水使いのレイディと風使いのリバディは、先ほどよりも気合いを入れてアイネに力を送った。
「くっ……」
「これは、力を送るまでもなく、どんどん吸われますわね……」
「ごめんね。あんまりゆっくりしてるとルルディちゃんとラウディくんが辛そうだから、ちょっと我慢して」
大陸を渡るには海を越えなくてはならない。
海上というのは土使いのルルディにとっては辛いものがある。
辛い、というのは自分の力の源、自らの体の一部を紛失した状態で力を行使しなければならないからである。ルルディにとってそれは地面であるため、海上というのは足を失った状態で地面を走るのと同義なのだ。
もちろん、火使いのラウディにとっても辛いのだが、彼の場合は太陽光があるためルルディよりはマシなのである。
半強制的に力を注がされているレイディとリバディはもとより、不利な状況下で力を注ぎ続けるルルディとラウディの表情も苦悶に歪められていた。
そうして、時間にして僅か3分足らずでフォロビノン大陸からセンティルライド大陸へと意識を飛ばしたアイネは、暴風のように集中していた突風ほどまで意識を緩め、大陸の端から端までをくまなく見て回った。
「うん? 確かにお母様の気配はあるのに、やっぱり空間が違うのかしら?」
「っはぁ……見つかり、ませんかー?」
「ごめんね。大陸が違うとこれ以上は踏み込めないみたい。でも、センティルライド大陸っていう場所に気配があるって特定できただけでもネロちゃんは許してくれると思うから」
「それ、なら……良かった……」
「えぇ……」
「俺様の、頑張りっ……も、褒めて……くれると、いいな」
「はぁい。じゃあ、お疲れ様ぁ。解散」
アイネが自然な体勢を解いて手を一つ叩くと、精霊種族達は一斉に膝を付いて地面へと座り込んでしまった。
「つっっっかれましたー……」
「四大精霊、凄い……」
「私も、まだまだですわ」
「さすがは、シルフ様だ! 俺様は、もう動きたくないぞ!」
「ふふふっ。みんなお疲れ様ぁ。ネロちゃんが戻ってくるまでぇ、ゆっくり休みましょうねぇ」
彼女達の台詞と、シルフがその場に優雅に腰を下ろしたことで儀式が終わったことを悟ったカザミ達は、恐る恐る近付いて儀式の結果を訊ねた。
「で? どうだったんだよ。チンチクリンに頼まれた仕事の方は」
「んー……良くも悪くもないけどぉ、一応は及第点ってところかしらぁ」
「貴方達如きが知る必要はないですわ」
「黙ってて」
「シルフ様は疲れてるんだぞ! 少しは気を使え!」
仕事が終わる前となんら変わりない険悪な対応に、普段は小さいことを気にしないタチのカザミでも些かカチンとくるものがあったらしい。腰に手を当てて盛大にため息を吐き出した。
「あのなあ、確かに俺らはお前達の大事な晶霊石を片っ端から盗んで使ってるけど、それもこれもこの世界を作った神の所為だからな。文句があるなら神様に言えよ」
「なんでもかんでも神様の所為にするのは間違ってる」
「リバちゃん良いこと言いますねー」
精霊種族達がうんうんと頷くなか、『ゴリアテ』は怒りを燃やした。特に、いつもなら大声で喚いて喰ってかかるカガリが静かに、ぼそりと言葉を紡ぎ始めたことによって、彼女の中の怒りが限界を超えたのだと仲間は悟らざるを得なかった。
「目の前でカミサマに妹を殺されたのに、カミサマの所為にするなってのか? なら、今あたしがテメエの大事なモンぶっ壊しても、テメエはあたしの所為にしないのか?」
「本当に神様が貴女の妹さんを殺したんですの?」
「ここにいる仲間と、ルゥとネロもその現場を見てたっつっても、まだ疑うのか?」
「……しかしだな、神様が……本当に──」
「うるせえッ!! 目の前でだぞ?! 目の前で、まだ10歳にもならない妹を殺されたあたしの目を、言葉を、気持ち……っを……! テメエらは疑うのかっ!!」
「カガリはん!」
慟哭を響かせるカガリをシュカが優しく抱きしめ、痛む羽根を庇いもせずに翼を大きく広げて周囲から隔離するように覆った。
「もうええ。もうええよって……。話が分からんモンにいくら説明しても無駄や。あんさん達、これ以上うちらを侮辱するのや許さへんよ。神だかなんだか知らんけど、うちらだって好きで第三種族や合成種族に生まれたんと違う。それを神は勝手に生み出して勝手に殺して……随分と自分勝手な神様やないの」
シュカの殺意の篭った視線に『始まりの精霊種族』は言葉を返すことができず、アイネはシギルとクライスを知っているだけにどう説明したものかと頭を悩ませた」
そんなシュカの怒りに答えを返したのは、先ほど別れたばかりの少女の、冬の早朝のように冷めた声だった。
「第三種族も合成種族も生まれた理由は分からないけれど、このプリミールと言う世界できちんと生きている種族、生物なのは確かよ」
「ネロ!? ちょ、戻ってくるの早すぎませんか?」
「手抜き?」
「違うわよ」
ルルディとリバディに突っ込まれ、ネロは疲れたという空気を全面に出して早く戻ってきた、戻ってこざるを得なかった理由を簡潔に説明した。
「あの子猿……マイムの父親がセンティルライド大陸に渡ったっていう情報を手に入れたからひとまず戻ってきのよ」
「あー……。だからルゥやミーシャが必死にマイムを慰めてんのか」
カザミが向けた視線の先、ぐずぐずと泣いているマイムを慰めるルゥ達がいた。特にエーテルは自らの落ち込みを押し隠して可愛い甥っ子を慰めているようで、なんとも言えないがこれ以上彼女に迷惑はかけないようにしようと思ったカザミだった。
「どうやら『神の手足』と一緒に動いているらしくて、目撃情報が多かったのは助かったけどね。十人中八人がセンティルライドに向かった。なんて情報を寄越したんだから間違いないわよ。はぁ、だからこれ以上余計な人数は増やしたくなかったのに……」
面倒ごとばかり増えて、とイライラしながらも先ほどの話の続きを語り始めた。
「二人の神はきちんとこの世界を愛していたわ。第三種族や合成種族
には同情するけれど、きっと神にも色々あったのよ。私たちには推し量ることもできない、何かがね。それでも、ここまで派手にやってくれたから私も一発は殴らせてもらわないと気が済まないわ」
パシンっといい音を鳴らしながら拳をぶつけたネロに、ウンディーネの生まれ変わりである彼女が抱える複雑な想いを垣間見た『ゴリアテ』は、とりあえずは矛を収めたのだった。
「そっちの言い分はわかったけど、これ以上あの小娘に勝手なこと言わせんといてや。美人なのは外見だけやって言いふらしてええならご自由に」
「見た目も中身も粗──」
「リバディ? 今、なんて言おうとしたのかしら?」
「──分かったって」
「ルルディもよ。これ以上『ゴリアテ』と揉め事を起こしたら今すぐ海の底に沈めて出てこれないようにするわよ? さっきから何回言い争っていると思っているのよ。子供じゃないんだから、いい加減にしなさい」
鬱憤が溜まっているのだろう。ネロの周囲には霧が立ち込め、これ以上彼女の機嫌を損ねたのなら本当に海底に沈められかねない雰囲気を醸し出していた。むしろ、今まさに自分達が立っている場所が水の底に沈みそうなほどの緊張感を漂わせており、喧嘩に関しては全く身に覚えのないミーシャやアーサーまでもが大人しく黙り込んでいた。
「さて、やっと静かに話ができるようになったみたいだし、これからどうするかってことだけれど、私達はセンティルライド大陸に渡るってことで良いのよね?」
「エリクがそこに居るならそうなるな」
「俺たちとしてもマイムの父と殴る相手がそこに居るなら移動する以外の選択はないな」
「カザミには聞いてないわよ」
「うっせえチビ。あたしらはあたしらの好きなようにやってんだから黙ってろ」
精霊種族と『ゴリアテ』の喧嘩を咎められたばかりなのに精霊種族側にしか釘を刺さなかった所為なのか、相変わらず喧嘩腰のままのカガリに対してネロは特になんの反応を返すでもなくルゥ、エーテル、モエギ、そしてルルディとリバディの順で顔を見て、「さっさと行くわよ」と言いたげに外套を翻して歩き始めた。
ルゥは大人しくネロの後ろに従いつつも、後ろ髪引かれるようにチラチラと『ゴリアテ』やミーシャに視線を飛ばしていた。
ルルディとリバディは二人仲良くネロと並んで歩き、呼ばれていないはずのミーシャはルゥの後ろに小走りで追いすがる。ミーシャが歩けばマイムがエーテルを気にしながらぴったりと付いていき、ルゥの周囲を固められては困るとモエギが隣に陣取った。
その様子を見ていたカザミは苦笑いしながら肩を竦めてみせて、「行くぞ」と頼もしい仲間に声をかけてから、ルゥ達の一団とは少し離れた距離をあけて同じ道を進むのだった。