2、ルゥの違和感
戦闘面でも精神面でも未熟な何人かが身体を震わせているのを視界に納めたルゥは、ネロとアイネの戯れに近い喧嘩に対して「相変わらず」という言葉を思い浮かべ、首を傾げた。
──やっぱり、僕、何か変わった気がする。
知らない感情。知らない行動。知らない記憶。でも、どれも懐かしくて違和感はない。
……ネロが僕の名前を呼んでも、それは本当に僕なのかな?
自分の中で折り合いを付けたはずの感情がまたしても顔を覗かせ、ルゥは自問自答を繰り返した。
「おい、ルゥ。止めなくて良いのか?」
「…………」
「ルゥ?」
「っえ? あ、カザミ? なに? なにかあったの?」
「……ルゥ、考え事?」
「もしかして体調悪いのか? お腹空いてるならなんか作るけど、モエギに薬でも煎じてもらう方が良いか?」
カザミ、ミーシャ、エーテル。
「なんだあ? 体調悪いって? はっ。大体テメエは弱っちいんだよ。あたしが叩き直してやろうか?」
「カガリはん。女の子が暴力に物言わせたらあかん。ルゥはんもお淑やかな子ぉが好きやと思うけど……実際はどんな子ぉが好きなん?」
「それはモエギも気になるです! モエギが好きです? ネロちゃんみたいな幼女が好きです? それともエーテルさんみたいなお姉さんが好きです?」
カガリ、シュカ、モエギ。
「こんなやつのはなしなんてどうでも良いだろ! なんでみんなこいつばっかり……」
「マイムも大きくなれば分かるだろう。それに俺はお前が劣っているとは思わない。お前はまだまだ子供だ。未来ある、な」
「未来か! 良いな! そっちの猿も中々強い力を持っているみたいだな! まあ、俺様の足元にも届かないがな!」
「当然ですわ。この世にラウディより強い者など……四大精霊と神くらいしかいませんわ!」
マイム、アーサー、ラウディ、レイディ。
「それって結構いますよねー? ブフッ……ダサッ!」
「ルル。本当のこと言ったらかわいそう」
「ふふっ。精霊種族っていい性格してるわよねぇ」
「アイネの性格よりはマシよ」
ルルディ、リバディ、アイネ、そしてネロ。
ルゥの周りはとても賑やかである。
──みんな、今の僕のことをルゥって呼ぶ。僕は僕がわからない。みんなが僕の名前を呼ぶように、今の僕はルゥなのかな? わからない。モヤモヤする……。
「それでルゥ。子供の作り方だけどな──」
「カザミ! ルゥに変なこと教えんじゃねえよ!」
「変て、普通のことやないの。ルゥはんが知りたい言うんやから教えたったらええ」
「ルゥの、子供…………ぷしゅー」
「ミーシャさん! 気をしっかり持つです! あと、ルゥくんの子供を作るのはモエギ…………ぷしゅー」
「ミーシャ! カザミ! あの犬なんてどうでも良いから早く父さんを探しに行こうよ!」
「全く、ミーシャもモエギも何考えてるんだか。あとマイム、ルゥは犬じゃなくて狼だから。あーあ。なんでこんな性格に育っちゃったかな。本当、エリクに会ったら一発殴ってヤンないとね」
──僕が僕じゃなくても、みんなが僕をルゥって呼ぶなら、今の僕はルゥで良いんだろうな。
「子供の作り方も気になるけど、やっぱりマイムのお父さんを探す方が先だよね」
ルゥが元気よく言葉を発すると、周囲の空気寒々しい冬から暖かな春に早変わりした。
──みんなは元気で素直な僕が好きなのかな? それとも、それがルゥの正しい姿なのかな?
『俺は破壊するだけの存在。だから、みんなに迷惑掛けないよう偽るんだ。俺を……』
ドクン! と、心臓が大きく動いて気分が悪くなった。
ルゥは自分の中に気持ちの悪い感情が生まれた瞬間を感じたのだった。
──ああ、ずっと僕はこうだったよね。……変わらない。僕はどこに行っても偽ることが得意な僕だった。
「よし! じゃあ、休憩もできたことだし、マイムの父親を探しに行くか。つっても? 俺たちは留守番することになるんだろ?」
「ええ。私達は『神の手足』と本格的に事を構えてしまったわ。この状態で大人数で、どこにいるかも分からない人物を探すのは得策とは言えない。だから私とルゥ、マイムとエーテルの四人で行くわ」
「おれ、ミーシャもいっしょが良い!」
「我儘言わないで。四人以上は人目を引きやすいのよ」
「やだ!」
「……ミーシャだけよ」
「モエギも行き──」
「却下」
「せめて最後まで言わせて──」
「却下」
「ネロちゃ──」
「却下」
わちゃわちゃしだしたネロとモエギに、なんとかしろというカザミの視線を受けたルゥは、ルゥらしく場を収めに割って入った。
「ネロ、みんなで行こう?」
「ルゥ……。あんたねえ…………分かったわよ」
垂れた耳と尻尾。
小首を傾げて懇願する表情。
これで大抵のお願いは聞いてくれる。
──ネロ、優しいな……。
「ルゥくん! ありがとうです! 大好きです!」
「ううん。僕も賑やかなの好きだし、それに可愛い子が一緒だと嬉しいよ?」
ボンっという効果音が付きそうなほど一瞬で顔を真っ赤にしたモエギに、ルゥは素直に可愛いと思って笑った。
「はいはいはいはい。青春の時間はもう良いっつの。で、探しに行くメンツはそれで良いとして、こっちの残るメンツもまた問題なんだよな……。精霊種族余人が大人しく待ってられるかって話だよ」
暗にカザミは「始まりの精霊種族の面倒をこれ以上は見たくないからネロがなんとかしろ」と言っていた。
ネロもそれは分かっているらしくカザミの言葉を引き継いで余人の精霊種族に仕事を与えたのだった。
ルゥの性格がちょっと歪んできてしまいました。
根本的には素直な良い子なんですが、過去が過去なだけにちょっと捻てしまいました。