2、ルゥとネロとアイネ
一面真っ白な場所。
中央に鳥かごが一個置いてある。
綺麗な女の人が、優しい顔と声で鳥かごに向かって話しかけている。
僕は、その人を知ってる気がした……。
「フー? 大丈夫?」
「ん……? ネ、ロ……?」
久しぶりに怖い夢を見なかった。
優しい女の人が、ただ鳥かごと一緒に過ごしてるだけの夢。
それだけなのに、なんだか涙が止まらない……。
「なんで泣いているの?」
「……わからない。分からないけど、なんか……悲しいんだ」
頭の下に感じる柔らかい感触。
目の前には上から覗き込むような形の、悲しい表情をしたネロの顔。
どうやら僕は、ネロに膝枕をされてるみたい。
その状態で僕がポロポロ涙を流すから、きっとネロの足は冷たく濡れてると思う。なのに、自分のことよりも僕を優先してくれる。ずっと、頭を優しく撫でてくれてる。
「ネロちゃん、この子……」
「ええ。ルゥよ」
「……ネロ? 僕はルゥだよ? あと、そのお姉さん、誰?」
涙を拭きながら起き上がり、聞き覚えのない声がした方……ネロの後ろを見てみると、なんか、すごい……どこを見たら良いのか分からない格好をしたお姉さんがいた。
「……あらあらぁ。これは、悲しいわねぇ」
「これを何回もやられて見なさいよ」
「心が折れちゃうわねぇ」
「そう。だから、もうこれで最後にしたいから貴女を解放しにきたのよ」
「なるほどねぇ……。でも、この前も言ったけど、私はお父様がダメって言ったら何もしないわよぉ?」
「分かってるわよ」
二人して悲しい顔をして色々話してるけど、僕には何のことか全然分からなかった。
ただ、このお姉さんも僕のことを知ってて、昔の僕だったらちゃんと知ってたんだろうなっていうことは分かった。
「それでぇ、えっと……ルゥくん、よねぇ?」
「うん!」
「私はアイネって呼ばれてるのぉ。よろしくねぇ」
「よろしく!」
「あらあらぁ! フーくんより素直じゃなぁい。可愛いわぁ」
「うわっぷ……!」
ニッコリと微笑まれたから笑顔で返しただけなのに、何でか思いっきり抱きしめられた。
「ちょっとアイネ!」
「なぁに? ちょっとぎゅうってするくらい良いじゃなぁい。ネロちゃんはずっと一緒だったんでしょぉ?」
「そういうことじゃないわよ!!」
ネロが、お姉さんの体に巻き付けてあるだけの布を引っ張って僕から引き離そうとしてるけど、流石に体の大きさが違いすぎてネロがどんなに頑張っても離れることはなかった。
僕も恥ずかしいから早く離れて欲しいんだけど、お姉さんはずっと頭を撫でたりギュってしたり、頰ずりしたり……。なんか、動物を愛でる感じで触られ続けた。
途中からネロも引き離すことを諦めてお姉さんの好きにさせてたから、僕も諦めてお姉さんが満足するまで特にすることもなく、ここがどこなのかとか、何でこんなところにいるんだろうとか、今の状況について考えることにした。
──洞窟の中なのは分かる。しかも、なんか落ち着く。
ネロが一緒ってことは、ネロが僕をここに連れてきたのかな? 入り口も出口も見当たらないし、川……って言うのかな? 水の勢いが強すぎてちょっと怖いけど、多分この川を使って来たんだと思う。
目的は……この美人なお姉さん、アイネに会うため……かな?
普通の精霊種族じゃなさそうだけど、ネロと仲が良いみたいだし……。うーん。やっぱりよく分かんないや。
「ちょっと、そろそろ満足したでしょう。良い加減放しなさいよ」
「はいはぁい。ネロちゃん、顔がこわいわよぉ? そんなんじゃ、ルゥくんにもフーくんにも嫌われちゃうわよぉ?」
「何ですって!? ガルルルル……!」
「あははっ! ネロ、狼みたい」
「笑い事じゃないわよ! そもそも、ルゥが嫌がらないからこういうことになっているんじゃない!」
「だって嫌じゃないよ? アイネ、美人だし」
「あらぁ! ちょっと聞いたネロちゃん! 美人ですって!」
「チッ……。だからアイネは嫌いなのよ」
「ネロが怖い……」
「そうねぇ……」
「誰の所為だと思ってるのよ!!」
洞窟の中だからネロの怒った声が響いて耳がぐわぐわする。
けど、アイネはそんなことないのか、普通にニコニコしながら観察してた。
「もぉ、そんなんいイライラしないのぉ。ルゥくんが怖がってるわよぉ?」
「っ…………っはぁーーー。もう良いわ。貴女に構っていたら時間がいくらあっても足りないわ。さっさとこんな暗い場所出て、あいつらと合流するわよ」
「はーい! って、ここからどうやって出てくの?」
「来る時と……って言っても、ルゥは覚えてないわよね。私とアイネの力を作って脱出するわ」
──ということは、やっぱり僕はネロに連れてこられたってこと? でも、きっと僕の意思……僕じゃない僕、僕の中にいるサラマンダーがここに来たかったからっていう意思もあるんだろうな……。
そんなことを考えてると、僕の体は空気の膜みたいなもので包まれて宙に浮いた。
「はぁい。これでルゥくんも水中で呼吸ができるわよぉ」
「あ、うん。ありがとう!」
「どういたしましてぇ」
「……ルゥとアイネが揃うと、ちょっと疲れるわね」
「ネロちゃんはお腹の中に一物どころか二つ三つ抱えてるからねぇ」
「イチモツって何?」
「はいはい。おしゃべりは後でにしなさい」
ネロの注意を最後に、僕の体は川に飛び込まされた。
泳げない僕はバタバタともがきながら必死で息を止めてたけど、流石に苦しくなって息を吸うと、アイネの言っていた通り普通に息ができた。
それを見ていたアイネは、自分が言っていたことを僕は信じなかったのに、とても楽しそうにクスクスと笑ってた。
──水中なのに笑い声もきちんと聞こえる。
自分の手を見ると、水と僕の間に空気の膜が張ってあるのが目で見て分かるのに、アイネにはそれが見えない。なのに、水の中で笑ってる。
ネロもネロで、魚みたいにスイスイ泳ぐし、僕の知らないことがまだまだあるんだな。
なんてことを考えてると、今まで真っ暗だったのに徐々に岩や海藻が見えるようになって来た。
上に登り始めたから、きっともうすぐ水の中から外に出れるんだろう。
知らないことを知る旅。
僕は新しい僕になるんだ。
ここからは、ネロと、アイネと一緒に……。
アイネの口調は甘ったるいですね。ゆるゆるふわふわ〜な感じです。
わたあめ?
書いてて楽しいです。