1、シルフ
トワイノース大陸、多種族町ムルドの郊外にある風の祠。
自身の肉体を水分子まで分解してアイネのいる洞窟内へたどり着いたネロとは違い、肉体的にはただの第三種族であるサラマンダーは狼としての最高速度を凌駕する速さで風の祠近くの湖へと到着した。
以前、ネロがウンディーネとしての力を取り戻していないただ少し力が強いだけの精霊種族だった頃、アイネに会いに行くために使った湖である。
「多分、ここで待ってればネロがなんとかしてくれると思うんだけど……。全く、不便だな。第三種族……動物種族の体は」
ルゥが動物種族ではなく精霊種族として生まれ変わったのであれば、ネロの様に己の肉体を分子まで分解して長距離転移モドキができるのだが、今現在の肉体ではどうすることもできない。
サラマンダーはため息をひとつ吐いて目を瞑り、意識を集中させてアイネがいる洞窟内にある炎を遠隔で揺らしてネロに合図を送った。
時間にして僅か1分程経った頃、サラマンダーの周りに空気と薄い水の幕が張られ、何もしなくても体が勝手に湖に吸い込まれていき、ものの3分でネロとアイネの居る空間に辿り着いた。
「あらぁ! あなたがフーくん? 久しぶりねぇ」
激流を出て空気と水の膜が割れる前に、牢屋の中からアイネがゆらゆらと手を振って挨拶をしてきた。
ネロはそんなアイネに呆れた目を向けながらサラマンダーに張られた膜を撫でて割り、サラマンダーは自由になった体を動かして違和感がないかを確認しながら、アイネが閉じ込められている土製の檻をまじまじと観察した。
「へえ。なるほどね。エルデらしい作りだね」
「でしょぉ? きっちりしてるっていうかぁ、真面目っていうかぁ」
「二人とも、無駄話してる時間はないわよ」
「はぁい。じゃあ、フーくんお願いねぇ」
「わかった」
アイネに促されたサラマンダー──フーは、洞窟内を照らす灯りを指差し、指揮者の様に指を振って鉄格子ならぬ土格子へと向かわせた。
小さな灯火が檻の下部に纏わりつくと、フーは指を大きく振って火の勢いを強めた。
「二人とも離れてて」
「分かったわ」
「はぁい」
檻から離れた二人に笑みを浮かべたフーは、大きく両手を広げて格子を飲み込む大きさまで火を成長させた。
ごうごうと燃え盛る炎は洞窟内に風を巻き起こし、フーとネロの髪や服などを巻き上げていたが、何故かアイネの居る檻の中には影響を及ぼすことはなく、この檻の強固さが伺えた。
「うーん、もうちょっとかな?」
勢いだけでは足りないと思ったフーは広げていた両手を格子に向けて「フッ!」と力を込めた。すると、赤かった炎は徐々に橙、そして黄色へと変化していった。
最後の仕上げとばかりに指をパチンと鳴らし、瞬間的に大量の空気を取り込ませて小さな爆発を起こした。
洞窟内だがシルフが居るだけあって換気能力は抜群に良い空間は瞬く間に爆煙を外に排出していき、視界が確保された先には跡形もなく消えた格子と、傷一つない姿でふんわり微笑むアイネがゆったりと座っていた。
「まあ、こんなものかな?」
「あらぁ、流石フーくんねぇ。ありがとぉ」
疲れたように大きく息を吐いたフーは、妖艶に近付くアイネの抱擁を黙って受け入れた。
「なっ!? ちょっとアイネ!!」
「何よぉ。ちょっとくらい良いじゃなぁい。うーん……久し振りのフーくんの良い匂い。お日様の優しい匂いねぇ」
「あははっ……ちょ、くすぐったいよ……!」
「んー、でもぉ、髪質はちょっとゴワゴワねぇ。種族のせいっていうかぁ、ちゃんとお手入れしてない感じぃ? あたしがお風呂一緒に入ってぇ、洗ってあげようかぁ?」
「本当?」
──あれ? なんか、前にも誰かとこんな会話を…………。
「っぅ……」
「ん? どぉしたのぉ?」
「ごめ……ちょっと、頭が……」
「フー?」
──視界が揺らぐ……。真っ白に……違う。真っ赤に、染まって……。
「フー!!」
「大変! ネロちゃん、フーくんがぐったりしてる!」
「分かってるわよ!」
──ああ、ネロとアイネの声が……遠くに…………。
ようやく新章突入です。そしてシルフのアイネが正式に登場しました。
美人で妖艶なふわふわ系お姉さんは好きですか? トキモトは大好きです。