24、命の話
「はいはいはーい、静かにしろー。とりあえずミーシャの質問から答えるぞー」
いつもの倍近く騒がしいこの状況に少しだけ疲れを滲ませ、やる気のない声を出しながらもカザミは全員に聞かせるように声を張った。
「マイムの父親は探しに行く! まあ、ルゥが戻ってきてからになるけどな」
「なんでルゥが戻ってきてからなんだよ? 面倒だし、マイムと熊と猿で行きゃいいだろ」
カガリの疑問にマイムもコクコクと頷いて同意を示していた。
「お前らなぁ……。今さっきまで『神の手足』と戦ってたんだぞ? にも関わらず戦闘力どころか自己防衛もできない三人で行かせられるか! 『神の手足』と戦う前、なんて話してたもう忘れたのか?」
「あ? あー……なんだっけ?」
カガリのすっとぼけたような言い方にカザミはガックリと肩を落とし、団員の情けなさに悲しくなりながらも団を率いる者として毅然とした態度で対応した。
「雑多群サリューンにさえ俺ら『ゴリアテ』の情報が流れてる可能性があるって事と、多種族都市ディエチは警戒が強いってことだよ。カガリもたまには頭使え」
「あー、確かにそんなこと話したし、言った気がするな」
「カガリ、頭の出来で団長に言われたら終わりだぞ」
「アーサーはん。団長はんは馬鹿やない。頭の使い方が悪いだけなんよ」
「……シュカ、それ慰めてるようで貶してるからな?」
団を率いる者としての威厳はどこに行ったのか、アーサーとシュカの言い分にまたしても肩を落としたカザミなのだった。
しかし、すぐに気を取り直して子供にも分かりやすいように説明を始めた。
「周りを見ても分かる通り、『神の手足』は強い。そこの精霊種族が張った風の防壁を簡単に撃ち抜く武器もある。『五指』とか言う精鋭部隊の存在も出てきた。そんな中、力の制御ができないマイムとただの動物種族二人だけで多種族都市をうろちょろさせてみろ。あっと言う間に『ゴリアテ』の関係者って情報が回って殺されるのが目に見えてる」
「おれはっ……おれはたたかえる! こんどはきっと役に立つ!」
「マイム! アンタまだそんなこと考えてんの?」
「おれは第三種族だ! 力を使って、みんなをたすけるんだ!!」
そう声高に叫びながらも小さな体は目に見えるほどに震えていて、誰から見ても無理をしているのが分かった。
それは力をうまく使えなかったことへの悔しさではなく、先ほどの戦いの凄惨さに恐怖しているのだ。
血が流れて赤く染まった大地は陥没や隆起、地割れが激しく。
周囲の草木は薙ぎ倒され、切り刻まれ、焼き落とされ。
辺りに漂うのは鉄と砂埃と肉が焼けた嫌な臭い。
自然の風では浚いきれない戦闘特有の臭いは、その戦いが悲惨なほど鼻の奥にいつまでも残るものである。
「マイム」
カザミが静かに名を呼んだ。
「……なに」
「戦いに今度があるとは限らないんだよ。俺たちは命を張ってる。今、こうして話してる奴も数秒後には物言わぬ死体に変わる。それが戦いだ。その死体を作った原因がお前の力不足……お前が力を使えなかった、使わなかったからだとしたらどうする?」
「っそれ……は……」
「ちょっとカザミ、それは言い過ぎじゃ──」
「猿のお嬢はんは黙っとき。お嬢はんも言ってたやろ? これは遊びやない。大事なことや」
「あ、ああ」
諭すにしては酷い例えをしたカザミにエーテルが声をあげるが、シュカの真剣な言葉と鬼気迫る表情に押し黙った。
カザミはそれを確認してから話を続けた。
「もう一度言うけど、これは遊びじゃない。お前に、誰かを殺す覚悟があるか? 殺した相手にももちろん家族がいる。恨まれて当然だ。だから、俺たちは復習されることがある。この戦いに自分の命を賭ける覚悟が、マイムにはあるか?」
行動を共にしてから、ここまで真剣な顔をしたカザミを見たことがなかったマイムは何も言えなくなってしまった。
「本当なら最初にきちんと説明しておくべきだったな。力の強い、しかも若い土使いに舞い上っちまった俺の落ち度だ」
「それは仕方ないことだろう。シュカが27、俺とプルートが25、サラが24年目だ。俺達には時間がない」
「どう言うことさ?」
「はぁ? テメエらは知らねえのか? あたし達第三種族の寿命が短いって。長くても26年しか生きられねえってのが普通なんだよ。でも、なんか知んねえけどシュカはもう27年生きてる。あたしでも分かるんだから、テメエにもこの意味が分かんだろ?」
カガリの説明にエーテルはハッとした顔をした。
「前に一回会うたときも、こういう話したと思うんやけど。なんや、猿のお嬢はんは今まで忘れてたん? それとも思い出したくのうてワザと考えないようにしてたん? まあ、目ぇ背けてなるのも無理あらへんけどね。身内に第三種族が居るんやし」
シュカは呆然としているマイムに無感情な目を向けていた。
それは幼子に聞かせるにはあまりにも残酷すぎる未来の話だが、シュカとしてはいつ自分の心臓が止まるかもわからない。今こうして話していても、心の内では常に死と隣り合わせの恐怖と戦っているのである。
「さ、第三種族、は……寿命、短い……です?」
今まで話を聞いているだけだったモエギが久しぶりに口を開いた。
ただ、やはり先ほどの戦闘から第三種族や精霊種族への恐怖は拭い切れおらず、体も声もみっともなく震えていて、言葉を話す方も聞き取る方もやっとという状態だった。
モエギは誰に問いかけたわけでもないが、自然な流れでエーテルが答えていた。
「アタシも、今の今まで忘れてた……。いや、考えないようにしてた。けど、第三種族の寿命が短いのは……事実、だよ…………」
「そんな……」
マイムの方をまともに見ることのできないエーテルに変わり、か細い声で悲鳴のような声を上げるミーシャがマイムのことをそっと抱きしめた。
「なんや、リスのお嬢はんはそんなんも知らんとウチらを嫌うとったん? ほんま、優しすぎて涙が出てまうわ」
「シュカ、あんまつんけんすんなって。傷口が開くぞ」
「団長はん、心配してくれるん? でも、安心しい。もう塞がったて」
カラカラと笑うシュカに、モエギは同情混じりの恐怖に怯えた目を向けながら「それでも……」と言い返した。
「それでも、力を使って誰かを傷付けても良いっていう理由にはならない……です」
「……あかん。もうこのこと喋りたないわ」
「あたしもだ。なんでシュカがコイツを嫌うのかわかったぜ。おい猿。コイツ黙らせとけよ。じゃねーとあたしが燃やしちまうぜ?」
「ちょっと待てって! アンタ達の生い立ちやなんかは理解してるつもりだし、同情とか生易しいことは言えないけど、モエギだって第三種族や精霊種族に実際問題酷い仕打ちを受けてるんだよ。そこも大目に見てやってくれないか?」
エーテルはモエギを庇ってこっち側の事情も説明したのだが、シュカやカガリのモエギに対する態度が変わることはなかった。
双方がそれなりに深い心の傷を持っているのを第三者視点で理解しているからこそ、エーテルは和解は難しそうだとため息をついた。できればマイムが居る手前、ややこしい事情での喧嘩は止めて欲しいというのが本音だが、こういう重い事情を知ることも大切な甥っ子を危ないことから遠ざけるのに必要だろうと、結局は全てを飲み込む苦労人なのだった。
やっと出ました、年齢の話です。
シュカはやりたい放題のイメージでしたが、それも老い先が短いが故の最後のわがままのようなものです。