20、休戦
一度口火を切った影響だろう、ケントは尚も畳み掛けるように罵倒を続けていった。
「だ、大体お前らはなんなんだ! 軽々しく神の名を口にして……不敬にもほどがあるぞ! 半端者の異端者が、この世界に存在していられる事のみが光栄と思え! そして、その神の慈悲に報いるために今すぐ死ね!」
実の息子や友人の息子に掛ける言葉ではないその言葉の数々に、この場にいる『神の手足』以外の者の表情が憎しみと怒りと悲しみに染まっていったが、その中で至って冷徹な顔と雰囲気を保ったままのネロが至極呆れたように反撃をした。
「……貴方達、そもそも今まで神の名を知らなかったでしょう? 誰に操られているのか知らないけれど、私達精霊種族もルゥのような第三種族も、合成種族と呼ばれる子達も、神が作ったからこの世界に存在しているのよ」
「しかし、我々は確かに精霊種族と第三種族、合成種族の排除を大元帥様より命じられ──」
「中指、そこまでにしておきなさい」
馬鹿にしたようなネロの言葉が癪に触ったらしく、より勢い付いて語っていたケントを諌めるような厳しい女性の声が響いた。
「示指……済まない。つい……」
「情報漏洩も良いところです。母指であるあの人がいなくなり、敵の力が想像以上と分かった今、私達にできるのはこの事実を持って帰ること。まあ、異端者共が見逃してくれるのなら……ね」
強気な発言をしているように見える、示指と呼ばれた女性が手にしていた長槍が小刻みに震えているのをサラマンダーは見逃さなかった。
「俺は、別に見逃しても良いと思うけどな」
敵対している者に対してかける慈悲は悪手でしかないと知る面々はサラマンダーの意見に顔を顰めた。特に私情が多く挟まっているカザミは声を荒げてサラマンダーに掴み掛かった。
「なんでだよ! ……ケントさんが、お前の父親だからか?!」
「父親? 俺の? ……ああ、ルゥのか」
燃えるような瞳を持ちながらも冷めた目でカザミを見つめ返したサラマンダーは、服に皺が残るほどの強さで掴んでいた彼の手に触れた瞬間、彼の握力がフッと抜けて自然な流れで服から手を離すように操作した。カザミはそんな自分の意思と裏腹な行動に頭が真っ白になったようだったが、サラマンダーはそんな事お構い無しに話を続けた。
「別にそんな理由はどうでも良いんだよ。ただ、今こいつらを見逃せば大元帥っていう奴に俺らの情報が行くだろ? そいつの元に情報が入れば必然的にシギルやクライスにも情報が行くんじゃないかと思って。ネロは二人がどこにいるかわかんないんだろ?」
「ええ、センティルライド大陸に居ると思うけれど、正確な場所までは分からないわ」
「なら、向こうにも動いてもらおうと思ってね。まあ、俺たちも動くけどさ」
サラマンダーとしてもルゥの体の中に収まっている現状はとても窮屈であり、できる事なら本来の人格と肉体を取り戻したいと思っている。
それがルゥと完全に同化する事なのか、ルゥを殺して自らの物として取って代わるのかは本人にもわからない、しかし、自分の中にあるルゥとしての感情もその思いに否定してはいないと感じている。
記憶に蓋をされている今の状態が歯痒い……。たとえ辛く苦しいことになったとしても、自分一人になりたい……と。
「見逃してくれるのならそうさせて貰います」
「フン、俺達が見逃してやるんだ。ありがたく思え。だが、お前達は必ず俺の手で殺す。ルゥ、お前は絶対にだ!」
「今はルゥじゃないんだけど」
「ッとにかく! 絶対に殺してやる! 首を洗って待ってろ!!」
「中指、それでは負け犬の遠吠えにしかならないから止めなさい。では、私達はこれで……」
「背後から狙おうとか考えないでよね!」
「そんなことしたら、ただのクズだよ」
そうして五指の面々はこちらを警戒しながら自分たちの部隊を率いて撤退していった。
もちろん、カザミや始まりの精霊種族達は追撃をしようとしたのだが、先ほどのカザミの状態と同じく、何故か体から力が抜けて思うように動かない。結局、敵の逃亡をみすみす許した事になったのだった。
さよならお父さん。また会う日まで……。
俗に言う毒親でした。
ルゥへの虐待は日常茶飯事で、愛情は全てお兄さんに注がれました。しかし、そんな悲しい記憶もルゥは覚えておらず、サラマンダーも記憶していません。
それは果たして幸か不幸か……。