17、親と子 2
『五指』の一人がルゥの父親。
その事実はこの場にいる全員の戦意を挫いた。
「…………え? 僕の、父親?」
「はぁ!? だって、え? ルゥの故郷、多種動物種族村ニメアは…………」
「やっぱチンチクリンはそれを知ってんだな。ニメアは燃えたけど、人的被害は少ない。それも知ってんだろ? ニメアの住人は多種族町のムルド雑多群デホムに散った。そこにもルゥの父親と母親は居なかった。つか、ルゥを育てたのは俺の両親であってコイツじゃないし、そのルゥを育てたっつう俺の両親も俺がとっくに殺してる」
次々にカザミの口から語られる驚愕の事実にルゥは思考を放棄しそうになっていた。
伺うように見たネロも話の整理が追いついていないようで「は?」や「え?」と意味のない疑問を繰り返しながらカザミの言葉を繰り返し呟いて、なんとか情報の整理をつけようとしていた。
「……マシロとユキトを殺したのはお前だったのか。やはり第三種族は生まれた瞬間に殺しておくべきだったな」
「煩えよ! 俺を捨てておきながら罪悪感でルゥを保護して、それでもやっぱり力が怖くて途中で投げ出したクソヤロー共は死んで当然だ! 俺が二人を見つけた時、アイツらなんて言ったと思う? 間違いだったって言ったんだ。俺を産んだこと、ルゥを拾って育てたこと。アンタ達みたいにないことにすれば良かったって言ったんだ!」
「マシロとユキトは優しすぎたんだ。第三種族など、この世界の生物ではないんだからな。だからこそサードという名前が付いた。この世界の常識だろう」
「黙れ! 優しいのは……本当に優しいのはヴォルフだ。テメエらの血を一滴も受け継がなかった、アイツのお陰で俺もルゥも生きてる。ハッ、残念だったな」
強がりとも取られかねない、相手を馬鹿にする様に言い放った言葉は違う意味で刺さった。
「ルゥも、生きているのか?」
予想外という声色は、もちろん我が子が生きていたことへ対する喜びでは決してなく、純粋な驚きだった。それはケントの口から続けられた言葉でしっかりと証明される。
「とっくに死んだものと思っていたが、子供ながらにヴォルフはおろかマシロとユキトを誑かした悪魔は生命力も悪魔並みなんだな」
「テメ──」
「ちょっっっと待ちなさい!! どういう事よ? ニメアに居たのはルゥの両親じゃないの? ルゥは養子だったって事? そんな事、私も知らないわよ……?」
怒りのままに拳を振り上げたカザミをネロが大声を上げて止めた。もちろんそれはカザミの凶行を止めたわけではなく、情報過多に対する供給の停止を求めたものだったが、頭に血が上っていたカザミに僅かな冷静さを取り戻させる事になった。
それによりルゥとしても落ち着いて自らの記憶を探ることができる様になったのだが、記憶の欠片は優しい笑顔を向けてくる白い狼の夫婦しか居ない。
──この二人が、カザミの両親? 僕の、育ての親?
「ルゥは小さかったから覚えてないだろうが、それが良いぜ。ケントさんが親らしい親してたのはヴォルフだけだからな。むしろ覚えてなくて正解なクソッタレな記憶だぜ」
思い出したくてもそれ以上は思い出せない。
幼かっただけじゃなく、記憶喪失という二重の鍵が記憶の蓋をあけるのに障害となっているのだ。
──忘れてる? 覚えてないだけ? 幼かったから? 違う。それだけじゃなくて、思い出したくないんだ……。もっと、もっと他の鍵が掛かってる。思い出すなって言ってるように、記憶が思い出すことを拒否してるんだ。
思い出したくないという意識が記憶の蓋同様に目を固く閉じさせるが、恐怖に立ち向かうという強い意志を持ってゆっくりと目を開き、『五指』の男に視線を向けた。
男もちょうどこちらを見ていたらしく、兜鎧の隙間から覗く目と視線が交差した。
「……ルゥ? もしかして、お前がルゥ……なのか?」
「……ぁ」
『お前なんて生まれてこなければ良かったんだ!』
『あんたなんか産まなきゃ良かった! 死んでよ! この異端者!』
『こいつの中に俺とウルルの遺伝子が入っていると思うと反吐が出る』
『やっぱり殺しましょう。私達の子供はヴォルフただ一人』
『ああ、殺そう。神もきっとお許しになる』
殴られ、蹴られ、投げ飛ばされ、踏みつけられ、ありとあらゆる暴言と暴力を振るわれた記憶。
真っ赤に染まる視界は怒りか、血か……。
──あんまり怖いと思わなかった。嫌われるのは、慣れているから……。それでも悲しかった。愛されたかった。ただ、抱きしめて欲しかった…………。
ルゥのお兄さんはヴォルフと言います。至って普通の狼の動物種族に生まれました。
弟想いで友人想いで、いい奴なんです。登場予定は……今のところありませんw
21,4,2 誤字修正
21,6,4 サブタイトル表記訂正