16、親と子
目の前から『五指』の一人が一瞬にして消え去ったあと、周囲には焦げ臭い匂いだけが残っていた。
「今のは……ルゥ? それともラウディが?」
「俺は、何もしてないぞ……?」
「じゃあ、やっぱり……」
「……僕、かな?」
状況を理解できない者達がいくら言葉を並べても疑問が解決することはなく、困惑気な表情で互いの顔を見合わせては首を傾げるという状況に陥っていた精霊種族達だが、そんな隙だらけの彼女達に襲いかかる気力も意思も『五指』には無く、互いの間に微妙な沈黙が流れた。
「俺は見てた。今のは、ルゥがやったことだ」
沈黙を破ったのは暗く静かなカザミだった。
「見てたの?」
「ああ、この目でしっかりとな。ただ、あんなことが目の前で起こったことが信じられなくて、ちょっと思考停止しちまったけどな」
いつもの軽い調子は何処へ行ったのか、顔も声も静かで淡々としていた。
「一体、ルゥは何をしたの?」
「……説明しても良いけど、向こうさんも持ち直しつつあるみたいだからまた後で、だな」
カザミが視線で示した方向では『五指』達が相変わらず動きを止めてこちらを伺っていたが、少しずつ状況を整理するようにポツリポツリと言葉を発し始め、それと同時に仲間を殺された怒りと悔しさが募っていく様子を見せられたのだった。
「そ、うたいちょう……総隊長が、消えただと…………?」
「一体、何が……起こったの? あの人は、何処へ行ってしまったの?」
「うそ……でしょ? だって、あの人は『母指』……なのに……」
「……悪魔。悪魔の所業だ。こんなこと、普通の第三種族ができる事じゃない! やはり、第三種族は、精霊種族は一人残らずプリミールから消し去るべきなんだ!! 神の、御意志に従って!!!」
他の隊長格であろう四人の動物種族は声から察するに年若い男性が一人、妙齢の女性が一人、マイムと比べても間違いではないほどの年齢の少女が一人、そして、最後に喋った壮年の男はルゥが殺した総隊長と呼ばれた男に次ぐ地位と実力を持っているらしい。『五指』を代表するように一歩前に進み出て手にしていた剣をこちらに向けて殺意を露わにした。
「お前達に生きる価値などない! 神に仇なす者は、俺が全員地獄へ送ってやる!!」
咆哮と共にこちらへ駆けてくる男に対し、精霊種族はさっきまでと同じく余裕の構えである。
「え〜……。なんか戦意喪失どころか、むしろやる気出しちゃってるんですけどー」
「でも、さっきのより弱そう」
「確かに先ほどの方のほうが強そうでしたわ」
「ふん! 俺様に掛かればさっきの敵も一瞬で灰にできたぞ! さっきのは俺の力じゃないけどな……」
「貴女達、ごちゃごちゃ喋ってないで真面目にやりなさいよ!」
──強がり、かな? 表面上は余裕そうに見せてるけど、ネロは焦ってる気がする。力が通用しない……わけでもないしなあ。でも、予想以上に厄介な相手だからね。ネロも、僕が使ったような力を使わない限り厳しい戦いになるんじゃないかな?
ルゥは精霊種族達の心情をほぼ正確に見透かしていたが、自分が使った力に覚えがない以上、彼女達の戦いに勝手に介入して足手まといになるのだけは避けたかったため、少しだけ距離をとった。──にも関わらず、カザミは空気を読まずに突っ込んでくる相手に向かって一歩踏み出した。
「なあ、あんた……。もしかして、ケントさん、か?」
知り合いに名を訪ねるにしては苦々しい表情と声のカザミに、ケントと問われた男は足を止め、剣先をカザミに向けて姿勢を低くして警戒するように一声唸った。そして兜鎧の僅かな隙間から覗ける男の目が、カザミを頭からつま先までジロジロと探っているのが分かったルゥは、自分が見られているわけでもないのに背筋に悪寒が走った気がして恐怖に耳と尻尾を垂れ下げた。
「……もしかして、お前、カザミ、か?」
「チッ、やっぱりかよクソが。声聞いて何と無くそう思ったけど、当たって欲しくなかったぜ」
「何? あんた、『神の手足』に知り合いがいるの?」
まるでカガリの様な口調になったカザミに対し、ネロが本当に意外だという顔をした。もちろんルゥも驚いていたが、カザミと腐れ縁とも言える付き合いをしていたネロからすると青天の霹靂《へきれき》だったようだ。
「…………ケントさんは、ルゥの父親だよ」
そして追撃のこの一言である。
ルゥの実父が登場です。
よくある設定ですかね? 敵の中に親がいる……って。でも、トキモトはそんな王道設定が好物であり、時には変な設定を食べたくなるのです。
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