10、神の一矢
ネロが祝詞を唱えて次々に力を発動させ『神の手足』を打ち倒していく様をどこか他人事のような目で見ていたルゥは、先程までの戦闘が児戯に感じる程激しくなった殺戮を目の当たりにして震えるエーテル、マイム、ミーシャと、その三人とは比べられないほど恐怖に顔を歪めているモエギの姿を視界に収めた。
無理もないだろう。
彼女達も戦闘経験はそれなりにあるものの、精霊種族や第三種族が大いに力を振るって敵を殲滅させていくのを見るのは初めてなのだろう。彼女達の圧倒的たる力を恐れるな、という方が難しい。
「これが、精霊の戦い……」
「お、おれ……こんな、ちがう…………。こんなの、戦いじゃない! だって、おれはミーシャを、守る……ために…………」
「……ル、ルゥ? なんで、こんな……みんな、簡単に人を……?」
「っ怖いです。怖い怖い怖い怖い……!」
各々が呆然と、まるで悪夢にうなされるようにつぶやく言葉は自らの恐怖を少しでも和らげるために気持ちを吐き出しているのか……。言葉にするのをやめた途端に気が狂うのではないかと強迫観念にとらわれたようにブツブツと、あるいは叫ぶように気持ちを吐き出し続けた。
「無理もない、か……」
ルゥがポツリと呟いた言葉は誰にも届くことはなく、風の防壁に覆われた空間の中に溶けていった。
「怖がられるのは、慣れてた気がする。僕はいつでも、破壊するばっかりで、何かを作り出すことなんて、ほとんどない」
自分の手を悲しげに見つめるルゥは、はたして本当にルゥなのか……。
かたやは戦闘音を響かせ。
かたやは恐怖に悲鳴を響かせ。
この場のなんと混沌としていることだろう。
「ヒィっ……! く、来るな! バケモノめぇ!!」
「神よ、我らを作りたもうた主よ! 我らを見放されたのでしょうか? そうでないのなら、どうかこの反逆者達に天の裁きを……!」
風の防壁の外では『神の手足』の阿鼻叫喚が響き渡り、ネロやカザミ達が圧倒していることが一目瞭然である。しかし、それでもルゥは……いや、ネロもそうなのであろう。不安げな表情をしたまま体内で鳴り続ける落ち着きのない心臓の鼓動を感じ取っていた。
「はぁ……つっかれた…………。もうそろそろ終わるだろ」
「終わりっつうか、終われっつうか……。ほんと、これ以上働かせんじゃねえよ、クソが」
「なんだカガリ、もう限界か?」
「……うっせ、クソアーサー。てめえだって、ヘロヘロじゃねえかよ」
「なんやみんな、思ったより元気ちゃう?」
「プークスクス。あいつら体力無さ過ぎなんですけどー!」
「だらしない」
『ゴリアテ』とルルディ、リバディは『神の手足』の攻撃が収まりつつある現状から、彼らの戦力が残り少ないことを悟って気を抜いていた。
だからだろう。遠くから、動物種族でも屈指の動体視力を持つシュカでさえ視認できないほど高速で迫って来る物体に反応することができず、片翼を撃ち抜かれてしまった。
「ッ──!?」
「え? は? シュカ……?」
近くに居たはずのシュカの姿が急に居なくなったことに、カガリは頭がついて行っていないようで、楽観色の強い困惑顔で周囲を見回して彼女の姿を探していた。
「団長! シュカが撃ち落とされた!!」
「はぁ?! 撃ち落とされたって、誰にだよ!? だって、あの風の精霊種族が結界を──」
「しっかりしろカザミ! カガリも気を引き締めろ! 次が来ないとも知れないぞ!!」
普段は冷静なアーサーだからこそ、シュカが敵に撃ち落とされたことにいち早く気付くことができたのだろう。しかし、そのアーサーでさえ声を荒げ、落ち着きなく仲間に叱責を飛ばしながら地面に倒れている血濡れた姿のシュカの元へと駆け寄って行った。
アーサーの姿を追って撃ち落とされた姿のシュカを視界に収めたカザミは怒りで周囲の風を暴風へと変えたが、アーサーに活を入れられたばかりなのを思い出して短く息を吐いてすぐに冷静さを取り戻し、ネロ達精霊種族の方を向いて「どういう事だ」と視線で問いかけた。
視線の意味を正確に理解したネロだったが、ネロにも一体何が起こったのか理解できていないようで、カザミから投げられた視線をそのまま引き継ぐように風の防壁を張った張本人であるリバディを見遣った。
「……そんな、私の、防壁が…………」
リバディは自分の力を過信していたわけではない。それは、ネロとルルディの表情も「有り得ない」という顔をしている事から窺い知れる。
──ああ、始まりの精霊種族の力を簡単に打ち破る兵器が、生まれちゃったんだ。
呆然としている精霊種族を余所に、ルゥはシュカに撃ち込まれた物体を正確に把握していた。
「神の一矢だ……。神は、私達を見捨ててはいなかった!」
「見ろ! 『五指』の方々が来たぞ!!」
「勝てる……! この戦い、勝てるぞ!!」
『神の手足』が"神の一矢"と称する物体がシュカを貫いてから彼らの戦意が著しく向上し、敗走の兵と化していた者達に希望の光が差し込んだ。それほどまでに"神の一矢"が強力であり、誰もそれに敵いはしないと彼らは知っていた。
そして、そんな彼らの様子を冷静に見ていたルゥはふと、自身を悩ませていた頭痛がすっかり治っていることに今更ながら気が付いた。
──……ああ、もう僕は、僕じゃなくなったんだ。僕は今……サラマンダーなのかもしれない。
ルゥが記憶の混乱を乗り越え、サラマンダーとしての自覚を持ち始めました。まだまだ記憶に欠けた部分も多く、自覚と言っても「そうなのかな? そうかもしれないな」という曖昧なものですが……。
21,4,1 加筆修正