3、『ゴリアテ』と『始まりの精霊種族』
フォロビノン大陸の雑多群サリューンがある付近までやってきた私達は、遠くに賑やかな一団があるのを発見した。
遠目からでも目立つ白い狼種族の男、そしてその隣にいる大きな白と黒の翼を持つ鳥種族の女、彼女と向かい合うように少し横にずれて会話をしている犬と狐を足して二で割ったような赤茶色の髪を持つ女と話に相槌を打っているコウモリの男。
「『ゴリアテ』ね」
知っている姿を確認した私は内心ではホッとしていた。
これでもし、『ゴリアテ』ではない全く別の動物種族であったならこれまでの労力が無駄になるわ。体力的にというよりは精神的なところが大きく、大きなため息を吐いても決して誤魔化しきれないほどの疲労に襲われる。
それは是非とも御免被りたいわよね。
これでひとまず小さな肩の荷が降りたと、小さく笑って彼らに近付いた。
「カザミ」
「……こんなところまで追ってきて、ご苦労なこったな。チンチクリン」
流石はルゥと同じ狼ってところかしら? 私の接近を匂いで知っていたらしくあんまり驚いていないわね。
少し、つまらないわ。
「チッ……。チビが一人……でもねえな。後ろにいるのは精霊種族か? めんどくせえの引き連れて何の用だよ」
「カガリはん。そう喧嘩腰ではあかんえ? 女の子なんやから」
「関係ねえよ」
「……それで、本当に何の用だ。ルゥならいないぞ」
カガリとアーサーは変わらないわね。
というか……
「ルゥがいないってどういうこと? カザミがあの子を連れて行ったのでしょう?」
「いねえもんはいねえっつってんだろ。おら、さっさとどっか行けよ」
相変わらずの喧嘩腰ね。カガリは『ゴリアテ』以外の誰に対してもそういう反応だったかしら? あの事件以来──いえ、もっと前からこんな感じだったわね。もう、生まれながらの性格ね。
「あの……、この前はどうも……」
「あらま。お猿のお嬢はんやないの。久しぶりやなあ。なんやの? まだそのリスのお嬢はんと付き合うてるの? 付いて回られてるのか、それともお嬢はんの性格ゆえ? そんならつくづくお人好しやねえ」
「モエギが自分で付いてきたです! エーテルさんもネロちゃんも関係ないです! モ、モエギは、ルゥ君と離れたくないから、ここにいるです……よ。第三種族も精霊種族も嫌いなのは変わらないですが、恋する乙女は誰にも負けないですよ!」
第三種族を目の前にして少しの怯えはあるものの、決して一歩も引くことなく自分の思いを語ったモエギに、娘の成長を見守る母親のような……ルゥに向ける感情とどこか似たものを感じた私は、あの時別れていなくて良かったんじゃないかと思った。
なんだかんだ私も身内には甘いのよね……。
「んだよ、シュカはこいつらを知ってんのかよ?」
「まあ、子供達を渡す時に少し話した程度やけど」
「へぇ……。シュカも顔見知りなのか。俺も知ってるぜ。多種族町カジュカとムルドで会ったんだけと覚えってかな?」
「盗賊団『ゴリアテ』の団長、カザミ」
「流石猿のお嬢はんは記憶力が良いわあ。どっかの誰かさんと違って」
「それ、誰のことです?」
「さあ? 誰やろなあ」
どうやら喧嘩腰なのはカガリに限ったことじゃないみたいだけれど、モエギもモエギであの大鷹が嫌いみたいね。
この場にルゥが居れば全部丸く収めてくれるのでしょうけれど、あいにく今はここにはいないみたいだし、どうしようかしら?
「ネロ……」
カガリやモエギ達のじゃれ合いのような喧嘩を眺めながらルゥの居場所をどうやって知ろうか考えていたら、珍しくルルディが唸るような低い声で名前を呼んできた。
「何?」
「あいつら、晶霊石持ってますよね?」
「持っているでしょうね。それも、結構な力と量のものを──」
「リバちゃん」
「分かってる。取り返す」
「ちょっ──」
「土に力を与え給え……。ディ・スティエル!」
「風に力を与え給え。ブル・ヴァイタル」
いきなり殺意の塊と化した二人の精霊種族に、何が何だか付いていけない……って、そうよ! なんで失念していたのかしら。『ゴリアテ』は盗賊団。それも晶霊石ばかりを狙って盗んでいるのよ? 晶霊石は四大精霊の分身。そして精霊種族は四大精霊の子供達。つまりは親の形見のようなものを不当に扱っている彼らに殺意ないし敵意を抱かない精霊種族はないに等しいものじゃない!
「ルルディもリバディも落ち着きなさい!」
「なんでですか!? こいつら、精霊種族でもないくせに晶霊石を戦いの道具に使ってるんですよ!? 」
土の弾丸を放ちながらルルディが戦意旺盛に叫んだ。
「それはそうかもしれないけれど、彼らにも事情があるのよ」
「事情なんて知らない。精霊種族以外が晶霊石を不当に扱うのは、世界に対する冒涜」
リバディが風の刃を放ちながら淡々と、しかし敵意の籠った言葉をぶつける。
「なんでこいつら、俺らが晶霊石を持ってるって……戦いに使ってるってわかんだよ!?」
「あたしに聞くなっ! おい! シュカ! アーサー! こいつらなんとかしろよ!!」
「無理だろう。彼我の戦力差がありすぎる」
「うちにも抑えられへんけど、怪我だけはさせへんよ」
『ゴリアテ』の面々が各自対応を図るけれど、手加減されているとはいえ『始まりの精霊種族』相手に第三種族が敵うはずも無く……。状況を見守ることしかできないエーテルとモエギの小さな悲鳴が漏れ聞こえるくらいの圧倒的な戦力で以って『ゴリアテ』が地面へと沈められそうになってからようやく私はこの場を収束するべく動くことにした。
「はいはいそこまでよ。水に力を……ウル・キュルムス」
「……なんで止めるんですかー? しかも、今更」
「それに、祝詞も短縮。むかつく」
「理由はそうね、『ゴリアテ』がどう頑張っても貴女達には敵わないと理解させるためってところかしら? それに、カザミやカガリは単純だから、こうでもしておけばやる気が出るでしょう?」
つまり、『始まりの精霊種族』級の相手にはどう頑張っても敵わないことを知らしめつつ、今後訪れるであろう『神の手足』との戦いにおいて負けず嫌いを発揮して、いつも以上の力を出させるため。ということ。
でも、カザミもカガリも単純だから私の言った言葉の意味を半分も理解していないみたいね。
さて、どう説明したものかしら?
「どういうことだよ?」
「やる気ってなんだよ! それにあたしはまだ負けを認めたわけじゃ──」
「カガリはん、やめなさい。これ以上は不毛やって。それに、そこのお嬢はんの言いたいことも理解できるし、今日のところはこれくらいにしとこか」
「あら、貴女も負けず嫌いなのね。頭は良いみたいなのに」
「理解力と性格云々は関係ないんとちゃう? うち、お嬢はんみたいな子ぉ、嫌いじゃあらへんよ」
「褒め言葉として受け取って良いのかしら?」
「勝手にしぃや」
シュカと呼ばれた大鷲の動物種族と私との間で、他の者には分からない絆のようなものが芽生えた。
それはとても曖昧なものだけれど、一応目的が一致しているらしいと感じ取った私達二人は互いの陣営の矛を収めるべく行動を開始した。
晶霊石は精霊種族にとっては神器みたいなものです。結構量産されていますが……。
四大精霊が世界のため、精霊種族のために命を削って生み出した晶霊石を動物種族(第三種族)が戦いに使用しているというのがルルリバは気に入らないのです。しかも自分たちが持っている物よりも上等ですし。
生活に使うならまだしも、戦いに使用するな! ということですね。