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箱庭の記憶 〜君の記憶は世界の始まり〜  作者: トキモト ウシオ
デューズアルト大陸 雑多群ジューム
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2、なきごえ

 眠りに就いてから数時間後、ルゥは悪夢にうなされて目を覚ました。

 内容は不鮮明で今では何も思い出せないが、とても暑い所にいたような感覚が身体に残っていて、それを証明するかのように服が汗でびっしょりと濡れていた。

 夢と現実の境目を揺蕩(たゆた)う気だるい状態の中、突如として寂しさと不安が襲いかかり反射的にネロの寝ている場所に顔を向けた。

 月明かりに照らされた彼女の顔はまるで死んでいるように青白く、そして穏やかだった。

 よくよく見入れば胸の辺りが微かに上下していることがわかるが、この時のルゥは未だ夢の中に片足が浸かったままの状態だったため、細かな場所にまで意識が向かず恐る恐る近付いて身体を揺することで彼女の生死を確かめた。


「……ねえ、寝てるの? 起きてよ。目を、開けてよ……」


 普段から寝起きが悪いネロは、疲れのせいでピクリとも動かなかった。

 ルゥは更に激しく揺するが一向に目が開かれる気配もなく、とうとう彼女の頭を抱え込んで泣き出してしまった。


「僕が、僕がいけないんだ……。ぼくのせいだ……っ! ごめっ、ごめんなさい……」


 夜の森に響き渡る鳴き声は、まるで遠吠えのように木々に反射して響き渡った。

 そうしてしばらく泣いていると、雑多郡(リグレ)ジュームのあった方角から草木をかき分ける音がして、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「その声、もしかしてルゥ……か?」

「……だれ?」


 木々を抜けて現れたのは、多種族都市(ネオリビシティ)ケイナンで出会った宿屋の姉妹の妹、エーテルだった。

 エーテルの方を向いたルゥの瞳は炎のように赤く、獣のように光っていて彼女は少し恐ろしくなり一歩後ずさってしまったが、泣きじゃくるルゥの腕の中でネロがぐったりとしているのを見て恐怖はどこかへと吹き飛んでしまった。

 駆け寄ってきたエーテルにルゥは縋るような視線を向けるが、瞳から溢れる涙は勢いを増して説明するための言葉を封じ込める。


「ネロ!? おい、ネロがどうかしたのか!? 泣いてないで説明しろ。男だろ!」

「う、うごかない……。し、しんじゃったの……かな?」

「なんだって!?」


 やっとの思いで絞り出したネロの現状を説明する言葉は、エーテルの表情を驚愕と絶望に変えた。

 エーテルは背負っている大きなリュックを放り投げてネロの状態を確認した。

 頭を抱えられていることで酷く寝苦しそうに眉根を寄せてつつ、僅かな呼吸音と上下する胸を見たエーテルはネロが生きていると判断してひとまずは安心した。


「大丈夫、寝てるだけだよ。苦しそうだから、放してあげな」

「ほんとう? いきてる?」

「ああ、本当だ」

「よかっ、た……」

「そうだな……。それより、ルゥ。その目……」


 今度は嬉しさで泣き出すルゥの瞳は相変わらず平時の鳶色よりも濃い赤で、そのことについてエーテルが指摘しようとしたとき、ネロが目を覚ました。


「うる……さい……」

「おきた……? いきてたっ!」

「アタシが言ったこと信じてなかったのか……」


 信用されていなかったことに対して密かにショックを受けるエーテルをよそに、目を開けたネロはいつもの寝起きの悪さをどこへ置いてきたのか、ルゥの頭を素早く、そして優しく抱き込んだ。


「ネ──」


 エーテルがネロの名を呼ぼうとしたのだろうが不自然に止まった。

 ネロの胸に抱かれながら未だ泣きじゃくるルゥには分からなかったが、その時のネロの眼光はとても鋭く、赤く光るルゥの目よりも怖かったと後のエーテルは語ることになる。

 どうかしたのかとネロの方を見上げるルゥだったが、彼女の顔は聖女のように慈しみ溢れた微笑みを浮かべており、表情と同様に優しく髪を優しく()きはじめた。


「ルゥ、大丈夫よ。ありがとう。心配してくれたのね。あなたは優しい子だわ。私はもう大丈夫だから、あなたは、ゆっくり、眠りなさい」


 子守唄のように紡がれる言葉によって、まるで母親の(かいな)(いだ)かれたように安心しきった顔でルゥはすやすやと寝てしまった。

 そんな彼に対して我が子に向けるような視線を送っていたネロが一転、エーテルの方を向いたときには親の仇を見るような目で、刃物よりも鋭く冷たい言葉を放ったのだった。


「なんであんたがここに居るのか知りたくないから言わなくていいけど、今のことをルゥに言ったらケイナンを水の底に沈めるわよ。あんたの大事なお姉さん、溺死させたくなかったら黙っておくことね」

「ネロ、アンタ……もしかして……」

「そうよ。御察しの通り水の精霊種族。これで分かったでしょう? 私がなんであんな質問をしたのか。分かったならさっさとどっか行ってよ」


 ネロはそれだけ言うとルゥを抱きしめたまま目を瞑った。

 エーテルを警戒してか眠ることはなかったが、それをルゥに悟られないようか彼女の纏う雰囲気は穏やかなものだった。


「随分と嫌われちゃったな……」


 やがてエーテルも放り出したリュックを拾い、二人から少し離れたところへ腰を下ろして明日のことを考えながら眠ったのだった。

 エーテルさんが合流しました!

 ルゥの闇? 過去? に繋がりそうな雰囲気を醸し出しつつ、次回にご期待ください!

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