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二つの翼を持つ少女  作者: 春採太郎
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二つの翼篇(二つの翼)

「『あの人』と取引をしたから、生を受けられなかった皐は、この世界で生を受けたの」

と、アケミの疑問に対して、的外れなことを言う。恵はさらに話を続ける。

「『あの人』の話だけど、皐は、特異例で、前世の記憶に私の記憶が混じっているの」

と、言う。

前世の記憶があると話す人間は確かに存在する。そして、それは実際に存在するが、ほとんどの人間は、漠然としていたり、口に出すことを憚って、それを前世の記憶と認識したり、知っているものは少ない。その前世の記憶なるものは、両親の両親、そのまた両親等の口伝えや家系図等で追えるものではなく、エジプトでピラミッドが建造されていたり、ローマに水道橋が造られた時代と言えばいささか古すぎるが、それくらい古い記憶だ。決して、自分の親の記憶を前世の記憶として持ち得る存在はしないと言われているが、仮にも皐に母親である恵の記憶があるなんてことは……

疑問に思ったアケミは、恵に事の真相を問う。

「皐ちゃんの前世の記憶には、本来混じりえない母親の記憶が混じっていると?」

と、聞かれた恵は、

「ええ、避妊具が破れて父親の敏彦が血相を変えて驚いたのを、私が慰めて、安心させようとしたこと、海に行ったこと、帰り道に何があったかの記憶も……」

と、答える。

 皐は、自分の誕生までに母親がたどった人生の一部を、知っている。子供には、刺激が強すぎる母親の最後の瞬間も……

前世の記憶は、自分の母親や父親の記憶ではなく、名前も顔も知らない人々の記憶なのだから、あり得ないはずなのだが、皐は特異例だと『ある人』と、恵が言っていたが、可能性があるとしたら、皐は死者でも生者でもないからなのかと言うものだが、果たして。

「『あの人』は、皐がこの世界で生を受ける前に、死者でも生者でもない者が、生を受けたら、どんな姿で生まれてくるかは、誰にもわからない。もしかしたら、人の姿ですらないものが生まれるかもしれないと……」

と、恵は言う。

「皐ちゃんに、悪魔と天使の二つの翼があるのは、死者でも生者でもない者が、生を受けたからなんですか?」

と、アケミは恵に尋ねる。死者でも生者でもない者は、そこで終わるのが普通である。だが、皐は、母親の恵が、『あの人』と取引をしたために、生を受けることが出来た。その結果、今の姿になったのか?理を逸脱しているとはいえ、人から、悪魔と天使の二つの翼を持った存在が生まれてくるのは、やはり信じ難い……

「生まれてきた皐を見て、『あの人』が、死者でも生者でもないものが生を受けたら、調和が取れた存在に成るのかって、言ったの」

と、恵は、アケミに言う。

「恵さん、『あの人』の言った、調和が取れたって、どういう意味ですか?」

と、アケミは、調和が取れた存在と言う言葉に引っかかり、恵に、調和の取れたの意味を聞く。

「『あの人』に、陰陽五行説とか太極図を生み出した文化圏の人間なのに、調和が取れているの意味がわからないのか?って、言われたわ。陰と陽と言う対立し、相反する要素がどちらにも偏らずバランスが取れている状態だって」

と、恵はアケミに言う。続けて、

「人間は、調和が取れた存在じゃないんですかって、『あの人』に聞いたら、もし人間が調和の取れた存在なら、戦争なんてしてないし、ガンジーも、キング牧師も、ネルソン・マンデラも必要とされなかったんじゃないか?人間は振り切っているか、何時もあっちに行ったり、こっちに行ったりとふらついている。これが調和の取れたの存在なら、チャンチャラおかしくて臍が茶を沸かすって……」

と、言う。

 恵が言う、『あの人』とは、ほぼ確実に『あの人』だ。創造すれども介入せずの神に並ぶくらい人間を見てきた『あの人』以外に、人間が調和が取れた存在ではないとこき下ろせる人は居ない。社会契約だ、人権宣言だと旧大陸の白人が謳い始めてから、自由・平等・民族自決は白人にのみ適用されるという欺瞞に満ちた時代が、どれほど続いたかを考えれば、『あの人』の言うことは間違ってはいない。

「『あの人』らしいですね。皐ちゃんは、調和が取れた存在ですか……」

と、アケミは、恵に言う。

 調和が取れているからと言え、完璧とは限らない。皐は、これからどんな人生を歩んでいくのだろう。悪魔と天使の翼の二つを呪いながら生きていくのか、それとも調和が取れた存在であることを誇りながら生きていくのだろうか……

 今のままでは、確実に前者になりそうである。後者になるようにするには、公正がなにかキッカケを与える他ないのだろうが、ここ最近、全く姿を見せない。用がない時は、ふらっと帰ってくるのに、用がある時に限って帰っこない。皐にこれからどうするべきかの方向性を、示せるのは、皐に似た境遇の公正にしか居ないだろ。しかし、どこで油を売っているのだろうか……

 皐は、自分が調和の取れた存在だと知っているのだろうか。知っていながら、背中にある翼のことを呪っているのだろうか、それとも知らずに呪っているのだろか。あれこれ考えるより、皐の母親である恵に聞けば、確実な答えが得られるのだからと、恵に尋ねる。

「皐ちゃんは、自分が調和の取れた存在だと知ってるんですか?」

と、尋ねると、

「皐には、調和が取れた存在とは伝えていないの。伝える前に、皐が自分の悪魔と天使の翼が片方ずつあることを、呪うというのか、受け入れていなかったから、伝えるべきか、『あの人』に相談したら、時期が来るまでは伝えない方が良いだろうって言われたから、伝えていないの」

と、恵が答える。

 『あの人』が言うように、知るのに適切な時期というのは、確かにあるだろう。皐が、自分の背中にある悪魔と天使の翼が片方ずつということを、呪わなくなるまでは、伝えるべきではないだろう。

「伝えるべき時期と言うのが、ありますよね」

と、恵に言う。

「ええ、そうね。それが何時来るかはわからないけど……」

と、恵はアケミに言う。

 伝えるべき時期が何時来るかは、わからない。皐が背中の悪魔と天使の翼を片翼ずつ持っていることに自信と誇りを持ち、皐に皐が調和の取れた存在であることを伝えられる日が、何れは来るだろうが……

恵はアケミと話をしていて、引っかかることがあった。アケミは、皐が虐められている所を見て助けただけの関係にしては、皐にここまで世話を焼くのか、気になっていた。

「アケミさんは、どうして、皐のことを気にかけてくれるんですか?」

と、恵に聞かれたアケミは、驚いた。今更、それを聞くのかと……

「皐ちゃんが、息子の公正と似た境遇だから。公正は、人間の父親と悪魔である私の間に生まれた、子供です。皐ちゃんみたいに、子供の頃、虐められてて……」

と、理由を答えると、恵は気まずそうにする。言いたくないことを言わせてしまったと。

「すいません……」

と、恵が謝罪する。

「良いんですよ。それに、皐ちゃんと一緒にいるのは、楽しいですし」

と、恵に言う。

 恵が、アケミの言葉を聞いて、

「アケミさん、身勝手なお願いなんですけど……」

と、ある話を持ちかけてきた。話を持ちかけられてきたアケミは、突然のことで驚き、困惑した。果たして、自分にその役目を果たせるのだろうか。

「少しだけ、考えさせてもらえませんか。突然のことなんで……」

と、恵に言うと、

「即答できませんよね。無理、言ってすいません」

と、恵はアケミに詫びる。

 皐が、二人の会話が終わるのを、つまらなそうに見ているのに、恵とアケミが気づき、

「近い内に、また来ます。その時に……」

と、恵に言う。

「皐、アケミお姉さんとのお話は終わったからね」

と、恵は、皐に言う。

 皐は、恵に抱きつく。少しして、抱きつくのをやめて離れる。恵は屈んで、皐の頭を撫でる。撫でられ終わると、皐は、

「お母さん、今日は、もう帰るね」

と、恵に言う。

「また、今度ね」

と、恵が、皐に言う。

 地獄と天国の中間地帯とか緩衝地帯から、地獄に戻っていく。皐は、後ろを振り向きながら、恵に手を振る。恵も、皐に手を振る。

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