表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの翼を持つ少女  作者: 春採太郎
4/8

邂逅篇(告白)

 アケミは、別れ際に皐が何かを言いたげだったのが気になっていたのだが、ここ数日、皐をまた見かけなくなっていた。何を言おうとしていたのかは、わからないが、何か重要なことを言おうとしていたのは、ほぼ間違いないだろう。皐が自らの意思で、その事を話すまでは、気長に待とうと思う。無理に聞き出したところで、本当のことを言わないだろうしと……

アケミもアケミで、皐には話していないことが山のようにある。恋してしまった人間の素性や最期、恋してしまった人間との間にもうけた子供のその後、アケミ自身の今の名前の由来も追々話さないと行けないとは思っているが……

 初恋は血腥い最期を迎え、もうけた子供のその後人生は皐の未来を暗示しているし、アケミに今の名前をつけてくれた人間のこと等、どれ一つとっても少女に聞かせるような内容ではないなと躊躇する。似たもの同士の皐に、生きる方向性を与えられそうなのは、我が子の公正きみまさしか思い浮かばないが、ここ最近家に寄り付かないので、頼れないのだが……

 そんな事を考えながら、いつもの木の陰で、アケミが本を読んでいると、皐が声をかけてきた。

「アケミお姉ちゃん、話したいことがあるの……」

と、覚悟を決めたとか、腹を括ったと言うような顔をして、アケミに言う。この前、別れ際に皐がなにか言いたそうにしていた何かを、話すつもりになったらしい。皐が何を話そうとしているのかは、皆目見当がつかない。

「皐ちゃん、お話って何かな?」

と、アケミは、皐に言う。何を話そうとしているか見当がつかないが、簡単に話せるような話ではないのは間違いない。自分まで深刻な顔をしたら、皐が動揺するだろうから、平静を装う。

「皐のお母さんとお父さんの話……」

と、皐は言う。母親と父親の話と聞いて、アケミはそれが何を意味するのか、想像がつかなかった。

「皐ちゃんのお母さんとお父さん?」

と、聞き返す。

「うん、そう。皐のお母さんとお父さんは、人間なの……」

と、皐は衝撃の言葉を発した。皐の発言を否定したい気持ちになったが、そんな嘘をついても得はしない。両親が人間であるという発言は本当だろうが、にわかには信じがたい。

「皐ちゃん、それは本当の話?」

と、アケミは念を押す。人間の子供がこの世界に居るのはありえないし、両親が人間で悪魔と天使の翼を持った子供が生まれるなんて話は聞いたことがない。両翼が悪魔か天使の翼だというのなら、まだ真実味があるが、片翼ずつと言うのが真実味を失わせる。

「アケミお姉ちゃん、嘘じゃないよ。本当だよ」

と、皐は言う。皐は、嘘ではない、本当のことであると言う。しかし、両親が人間だという話は信じがたい。いや、心の何処かで、信じたくないのかもしれない。

「皐ちゃんが、嘘なんてつかないよね。疑ってゴメンね」

と、アケミは言う。本当は、疑念を抱いているが、否定する材料を持っていない。悪魔と天使の翼を、片方ずつ持った存在が生まれるには、悪魔と天使が交わる他ないだろうが、そんなことは有り得ない。もしかしたら、本当に、両親が人間なのだろうかと、思い始める。しかし、信じ難い……

 アケミが、皐の告白を聞き、その真意についてあれこれと考えこんで、難しい顔をして、沈黙しているのを見て、

「アケミお姉ちゃん?」

と、皐は、アケミに声かける。それを聞いて、アケミは我に返る。

「ゴメンね、皐ちゃん」

と、皐に言う。にわかには信じ難い話だけに、真偽を考え込んでしまった。

「アケミお姉ちゃん、皐の話、信じてくれる?」

と、皐は、自分の告白を信じてくるのかと、アケミに問う。

 そう、問われて、アケミは困惑する。皐が嘘をついているとは思わないが、にわかには信じがたいのだ。両親が人間なのに、人間の背中には決して生ええない翼を、それも悪魔と天使の翼を生やしているということを……

 何も言わないのは、疑っていると思われるから、何か話さないといけないとは思うのだが、何を話せばいいのか浮かばない。皐が、秘密を告白したのだから、自分のというか、息子の公正の秘密でも話そうかと思ったが、本人が居ないのにあれこれ喋って良いものと、考える。しかし、自分の過去でもあり、皐と似た境遇の公正のことを話せば、皐に多少なりとも自信を持たせられるのではないかと思う。本人の承諾なしで、色々と話すのは気が引けるが、話そうと決心する。

「皐ちゃんが、秘密を話してくれたから、お姉さんも皐ちゃんに、秘密を話すね」

と、皐に言う。息子の公正の父親が誰なのか、公正が皐と同じ目に遭い、悩み、苦しんでいたことを……

「秘密?」

と、皐が聞き返す。

「そう秘密。正確には、お姉さん自身のというより、公正っていう息子の秘密なんだけどね……」

と、言う。

「お姉さんが、悪魔なのに人間に恋をしたっていう話は、この前したよね?恋しただけじゃなくて、その人間と子供を……」

と、秘密を少しずつ話す。今でも、人間を恋愛の対象にする悪魔は、極稀である。人間とは飽くまでギブアンドテイクの関係である。その方が、お互いに辛い目にも遭わずに済むのだし……

「お姉さんの息子の父親はね、人間なんだよ。その所為で、子供の頃は虐められてたの」

と、アケミは皐に言う。皐が翼の事で虐められていたように、公正は父親の事が原因で虐められていた。天使の翼に憧れるのも、公正の父親が人間であることと関係している。公正の父親と関係を持ったせいで、死なせてしまった。あの時、もし自分に片翼でも天使の翼があれば救えたのではないかと今でも思う。

「アケミお姉ちゃん、本当?」

と、皐が聞いてくる。自分が皐の話を疑ったように、皐もアケミの話を疑う。自分のために嘘をついているのではないかと……

「本当だよ。皐ちゃんに、嘘を言っても、お姉さん、得なんかしないよ」

と、言う。皐は、半信半疑だという顔をしながらも、

「うん、わかった」

と、言う。

「お姉さんが、皐ちゃんの背中にある天使の翼に憧れるのも、息子の父親が人間なのと関係しているの……」

と、核心に触れずに言う。子供に聞かせるような話ではないかと……

「アケミお姉ちゃん、大丈夫?」

と、皐が心配そうに聞いてくる。自分では気づかなかったが、辛そうな顔をしていたのだろう。自分が恋心を抱き、関係を持たなければ死なせずに済んだ、公正の父親の事を思い出して……

「大丈夫だよ、皐ちゃん」

と、皐に言うと、皐は安心する。

 皐は、自分に似た境遇のアケミの息子の事を知り、興味を持ったのか、

「会ってみたい」

と、皐は言う。

「公正っていうだけど、あんまり帰ってこないから、いつ会えるかわからないよ?」

と、皐に言う。人間と関係を持ち、純粋な悪魔ではない存在としたことへの反発心ではなく、単に面倒くさがって、あまり帰ってこない。

「そうなんだ……」

と、皐は少ししょんぼりする。ただ、公正は皐に、どう生きるかの方向性を与えられるかもしれないが、公正の力の事は知らないほうがいいだろう。あのおぞましい力に関して……

「まったく帰ってこないわけじゃないし、たまに、ふらっと帰ってくるから、会えないわけじゃないから」

と、皐に言う。

「うん、わかった」

と、皐は言う。

 皐は、思い出したように、

「アケミお姉ちゃん、皐の話、信じてくれるよね?」

と、聞いてきた。アケミが、自分と息子の秘密を話すことで、回答を先延ばししていた質問を。

「信じるよ。皐ちゃん」

と、言うと、皐は、ジーッとアケミの顔を見る。努めてポーカーフェイスを装うのだが、やはり半信半疑であると、顔にうっすらと出ていたのか、

「アケミお姉ちゃん、明日、お母さんに会いに行くの。一緒に行こう」

と、一緒に行こうと言う。これは誘っているというより、証拠を見せるから、一緒に来てという、意思表示だった。断るわけにはいかないと、承諾する。

「どこで、待ち合わせればいいかな?」

と、皐に聞くと、

「アケミお姉ちゃん、ここで待ってて」

と、皐は言う。

「皐ちゃん、わかったよ」

と、言う。

「約束だよ!」

と、皐は念を押す。

「うん、約束」

と、皐に言う。

 今日は、何時もの様な、和やかな別れではなかった。皐の母親に一緒に会いに行くと、約束をした。皐が言ったように、皐の両親が人間ならば、悪魔と天使の翼を、片翼ずつ背中に生えているのは、いったい……

 その疑問も、明日、皐の母親に会えば、多少なりとも晴れるのだろうか?それとも深まるのか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ