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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

没落の王女 SSシリーズ(過去の短編はこちらから読めます)

私のご主人様2 ~その1~

作者: 津南 優希

 私は今、全力で私の(あるじ)を追っています。

 ……何故かって?

 主が逃げたからに決まってるじゃありませんか!


 ええ、手段は選びません……必ず追いついてみせます。

 あの方がどういう行動パターンで逃亡するかは予想がつきますし、奥の手もありますから!


 申し遅れました。私イーラス・マクウェインと申します。

 今年18歳になりました。

 職業は魔法士、独身です。

 親は地方の貴族ですが……治める領地は極小です。

 裕福に育っていない分、普通の貴族よりも雑草根性はあると自負しています。


 13歳の時に西の大国プロントウィーグルに単身上京し、魔法学校で魔法士となるための勉強に励みました。

 卒業後は晴れて騎士団に就職。

 大変に栄誉なことです。

 1年間は騎士団の魔法士見習いとして頑張りました。

 更に1年後、昇級試験を受けて中級魔法士の資格もいただきました。


 後は可愛いお嫁さんをもらって、やりがいのある仕事に明け暮れながら人生を謳歌する予定でしたが……

 あの日、部隊長から呼び出された私は、思ってもいない形で部署異動することになったのです。


「イーラス、お前は魔法士としても優秀だが、優秀な侍従にもなれると思う」

「……あの、なんのお話でしょうか?」


 部隊長のオーウェン様は、剣の腕もさることながら、人格者として知られる、私の尊敬すべき目標です。

 そのオーウェン様が、突然そんな話を切り出された理由が、私には全く分かりませんでした。


「つまりだ、お前はただの魔法士として騎士団に置いておくのはもったいないから、ロイヤルガードと、侍従と、魔法士を兼任したらどうかと言っている」

「私がロイヤルガードですか?!」


 王族を警護する立場のロイヤルガードは、騎士の憧れです。

 通常であれば精鋭隊クラスの騎士が務めるもの。騎士団2年目の私が、まさかそんな立場に抜擢されるなんて、にわかには信じられませんでした。

 これは夢でしょうか?


 いえ、でも、今のお言葉には気になる箇所もありました。

 「ロイヤルガード」と「侍従」と「魔法士」を、兼任?


「ど、どういうことでしょう?」

「うむ、つまりだな……」


 今年20歳になられる第一王子のアレクシス様は、職務熱心で責任感があり、騎士団にも慕われ、城内でも大変に評判の高いお方です。

 しかし、王子には1つだけ困ったところがあり、現国王の若い頃のように、お忍びでどこかに消えてしまわれることが度々あるそうなのです。


「国王様から騎士団長に、剣士でも魔法士でもいいから、誰か侍従として王子の側にいつもいることが出来、かつ護衛としても役に立ちそうで、性格に問題のない者はいないかという問い合わせがあってな」

「……はあ」

「色々条件にあう者を探したんだが、私はお前ほど適性のある者はいないと思っている」

「ありがとうございます……」


 いえ、ちょっと待ってください。

 それは、一体なんの適性でしょうか?

 少なくとも、魔法士としてではありませんよね?


「お前ならきっと王子を止められる。これからは侍従兼護衛として、がんばってくれ」


 ぽんぽんと肩を叩かれ、私は張り付いた笑顔のまま、「はい」と答えるしかなかったのです。

 どんな形であれ、オーウェン様が私に期待してくださったのですから……お断り出来るはずもありません。


 私の夢は、騎士団で魔法士として国を護るために戦うことでした……いえ、正直なところ戦いは苦手ですが。

 でも自分が侍従になるなんて、私の人生設計にはありませんでしたよ?!


 そうして、次の日から侍従としての研修を1ヶ月みっちり受けた私は、晴れてアレクシス第一王子の侍従兼、護衛兼、逃亡引き留め役として新たな職についたのでした。



 半年もお仕えすると、王子のことが色々と分かるようになりました。


 王子はそれは品行方正なお方です。

 温和で誰にでもお優しく、私のような配下の者にも威張り散らすようなことをせず、謙虚に振る舞ってくださいます。

 そのルックスたるや、男である私も憧れるほどの美男子ですし、剣の腕前は騎士団長クラス。

 非の打ち所のない王子と言っても過言ではないでしょう。

 最初は、何故まだご結婚されていないのかと不思議に思うほどでした。


 お仕えするようになって分かったのは、そんな完璧な王子が、色恋沙汰に全く興味がないということでした。

 王子というお立場もあって各国から縁談の話は絶えないのですが、まだいいと結婚話を全て断っていらっしゃいます。

 私と違って、モテる男は余裕なのです。


 そんなこんなで、最初は侍従なんて乗り気でなかった私も、王子にお仕えするようになり、そのお人柄に強く惹かれたことから、すっかり気が変わりました。

 今では生涯この方についていこうと、心に誓っています。



 さて、そんなアレクシス王子は、この春に遠い南まで視察に赴かれることになりました。

 いくつかの国を回って、最終的には紛争が起きそうな同盟国のサンパチェンスまで行き、内部調査をして帰ってくるという、1ヶ月に渡る旅程でした。


 現国王は「可愛い子には旅をさせよ」がポリシーらしく、王子があちこちの国に視察に行くことをお止めになりません。

 しかし、国外へ出ると言うのは、お立場上危険が伴う行為です。

 今回も護衛にはロイヤルガードの剣士が3人と、私がお供することになりました。

 少人数なのは、あまり大勢で行くとかえって目立って良くないと、王子がおっしゃったからです。


 さあ出立というところで、馬に乗って城を出たまでは良かったのですが……

 はい、やられました。

 早速、王子を見失ったのです。

 護衛対象を見失うなど、ロイヤルガードにあってはならないことです。

 しかし、護衛対象が本気で護衛を巻こうというのですから、これもまた、あり得ないことです。


 すでに剣士3人は私の視界からも消えて、完全に王子を見失ってしまったようでした。

 あのまますごすごと城に帰って国王様に報告することになるのでしょう。

 また王子に逃げられました、と。


 しかしこんなこともあろうかと!

 王子の荷物に追跡用の魔道具を忍ばせておきましたから、私だけは巻くことは出来ません。


 という訳で、私は城下門をくぐり、既に城の外に出てしまった王子を捕まえるため、必死で馬を走らせているところなのです。

 

「あっ……」


 見つけました!

 私はぬかるみにはまった、農民の馬車を助けている王子を発見しました。


「お城の騎士様、どうもありがとうございました。なんとお礼を言ってよいか……」

「いえ、通りがかって良かった。道中気をつけて行かれてください」


 私はペコペコしながら去って行く老夫婦を見送る、お人好しなご主人の背後に回ります。


「アレクシス王子……!」

「ああ、イーラス。君だけはついてきそうな気がしていたけれど、やはり来たか」


 王子は悪びれる風でもなく、笑顔で私を振り返ります。


「護衛を巻くとは何事ですか?! 旅先で危険があったらどうなさるおつもりですか!」

「いやぁ、城の外に出たら一般民と同じ空気を吸いたくて……ロイヤルガード達がいると、どうもそれが出来なくてね」

「だからと言って……」

「イーラスがいてくれるなら、それで十分だろう?」

「……十分では、ないと思いますが」


 笑顔の主に、ため息が隠せません。

 ひとまず王子には自分がついて行くから、出来れば護衛を追加して送り込んで欲しいと伝書鳩(メンハト)を飛ばします。きっと、合流は不可能でしょうけれど。

 私がついているだけ少しはマシと思ってもらえればいいのですが……


 南に向かうと気温はどんどん上昇していきました。

 こんなに遠く旅をするのははじめてなので、少しわくわくした気持ちです。

 本当に世界は広いのだなぁと感心する毎日を送り、目的のサンパチェンスでの内部調査も無事に終わり、さあ帰路につこうかという時、王子の悪い癖がでました。


「イーラス、竜を見たことがあるかい?」


 そんなキラキラした笑顔で言われても、騙されません。

 これは何か、余計なことに首をつっこもうとしている時のお顔です。


「幸いにも、まだありません」


 私がそう答えると、王子は白い封筒を取り出して見せました。

 先ほど立ち寄ったギルドの情報屋から、なにやらこそこそと買っていたものですね。

 確認しなくてはと思っていたので、ちょうど良いです。


「ボルヌ砂漠のオアシスに土竜が住み着いて、城が討伐隊の傭兵を募集しているらしい。今回、この紹介状を持っている人間が討伐に参加出来るらしいぞ」

「はあ……討伐ですか。それで、何故王子はその紹介状を?」

「だって竜だろう? 私はまだ竜を見たことがないんだ。こんな機会、滅多にないぞ」


 何を言ってるんでしょうか、このお方は。

 竜なんて、出会ったら最後。普通は見たいなんて発想がないでしょう。

 王子の発言に、たまに理解が追いつかない時があります。


「それはまさか、討伐隊に潜り込む、なんていうお話では……?」

「うん、イーラスも来るかい?」


 さわやかな笑顔で出された2通の紹介状を、私は愕然として見つめました。

 どうコメントして良いか、分かりません。

 一国の王子が、他国に来て、傭兵のフリをして、竜の討伐に参加?

 頭が割れるように痛いです。

 

「……意味が分かりません」


 素直な感想を述べましたが、我が主は全く聞いていない様子です。


「早速出よう。今日の1時までに城に行かないと、討伐隊に入れなくなってしまうからね」


 今はロイヤルガードもいません。

 これは、私が全力でお止めしなくてはいけない事態ではないでしょうか。

 ちらりと時計を見ると、10時を過ぎたところでした。

 残り3時間、その期限の時刻まで王子をどこかに閉じ込めておくことを考えてみましたが……


(……無理だ)


 あきらめとともに深いため息を吐き出し、私はこの先に起こるだろうことを予期して、頭を抱えました。



 そうして結局、討伐隊に参加することになってしまったのです。

 懇親会と称して城の酒場で騒ぎ立てる粗野な傭兵達を見ながら、私はどうしてこうなったと自問を繰り返していました。

 今からでもなんとかならないだろうかと、そればかりが頭の中をぐるぐると駆け巡ります。


 ただ竜が見たいだけだから危ないことはしない、なんて言葉、誰が信用出来ますか。

 実際に目の前にしたら、やっぱり強い敵と戦ってみたいから、とか言い出すに違いないのです。

 我が主はそういうお方です。


「イーラス、女性がいる」


 不思議そうな主の視線を追って、私も抱えていた頭を上げました。

 カウンターに、明るい茶の髪の女性が1人、物憂げに座っているのが見えました。

 ここからではよく分かりませんが、連れはいないようです。


「珍しいですね。魔法士として、参加するんじゃないですか?」

 

 若い女性の傭兵はとても珍しいです。

 どこに行っても過酷な仕事なので、男でもなりたいと思う人間があまりいない職業ですから。


「こんなところに1人で、危ないな」

「そうですね」


 こんな荒っぽい傭兵達がいる酒の席に、若い女性が1人でいるなんて、確かに不用心です。

 そう思っていたら、やっぱりその女性は酔っぱらい達に絡まれ始めました。

 帰ろうとしたところを無理に引っ張り戻されて、困っているようです。


 さすがに、止めに入った方がいいでしょうか……

 あの男達に腕力で敵う訳がないので本当は遠慮したいのですが、見ないフリをしていたら隣の主が黙ってはいないでしょう。

 ため息まじりに私が席を立とうとしたら、既に主は隣にいませんでした。


「さっきから見ていれば、恥ずかしいと思わないのか?」


 そう言って、王子は不埒なまねをした男の手をひねりあげているところでした。

 ああ……王子、もめ事は勘弁してください。

 出遅れた私が悪かったですから、もうその辺で。


「君、どうしてこんな場所に女性1人でいるんだ? 危ないじゃないか。もう部屋に帰りなさい」


 王子、説教くさいですが、その通りです。

 ちゃんと言ってやった方がいいでしょう。


 当の女性は、16、7歳位でしょうか。

 正直、驚きました。

 華々しい出で立ちでもないのに、私が今までに見たことがないレベルの美人です。

 整いすぎた目鼻立ちは、我が主に匹敵する造形美でした。

 鋭い光を宿した大きな茶の瞳が印象的です。

 女性らしい曲線は快活さを醸し出していて実に魅力的に思えましたし、脚線美を強調する白い足に、否が応でも目がいってしまいます。

 独特の魔力がにじみ出ているのを感じることから、やはり魔法士なのでしょう。


 助けられた女性は、大きな瞳を丸くして王子を見上げていました。

 それはそうでしょう。我が主に見惚れない女性などいるわけがありません。


 そう思っていた私は、立ち上がった女性が発した言葉を理解するのが、少し遅れました。


「……余計なお世話だ。助けたなんて思うなよ」


 言葉を失ってしまった主を軽く睨んで、そのまま酒場を出て行ってしまった彼女の後ろ姿に、私も、王子も、絡んでいた男達ですら唖然です。

 王子に助けられて、あんな反応を返す女性がいるとは……衝撃的でした。


「……イーラス、私は、余計なことをしたのだろうか?」


 しょげないでください、王子。

 明らかにあの娘がおかしいです。

 気に病む主をなだめましたが、本当になんてことを言ってくれるんだろうと、私は腹が立ちました。

 すごい美人だと、一瞬見とれてしまった自分が悔しいです。


 翌日、朝食でまた例の娘に出会いました。

 相変わらず態度が悪いです。もう少しで「無礼だ」と怒りそうになるのを、必死で我慢しました。

 我が完璧な主を、そんな嫌そうな目で見る女性ははじめてじゃないでしょうか。


 朝食の間、王子はしきりに彼女を気にして落ち着かない様子でした。

 助けた相手に罵倒されるとは……人生初でしょうから、仕方ありません。


 討伐に向かう際の乗り合いの馬車まで一緒になってしまい、私はさすがにイラっとしました。

 こんな無礼な娘を、大切な主に近づけたくないと思う私の思いは間違っていないでしょう。


「私は剣士だ」


 魔法士なのか、と尋ねた王子に向かって、無礼娘はそうぶっきらぼうに言って返しました。

 何の冗談でしょう。面白くありません。

 強い魔力を感じるし、どう見ても剣士の体つきではないし、剣すら所持していないのに。


 無礼娘はそれっきり黙ってしまうと、顔から服をかぶって寝てしまいました。

『没落の王女』番外編でした。


「私のご主人様2 ~その2~」に続きます。

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