豊作不作
「あ…」
家に帰ってきたから気がついた。
「どしたの?」
彼女が聞いてくる。
「明日は耳鼻科の検診があってだな、髪切って、耳掃除してもらうの忘れていたんだよ」
「今からだとやってるかしら?」
「ちょっと難しいだろうな」
夕御飯をこれから作ろうかなと思っていたぐらいの時間だし。
「あれ?もしかして、検診の先生というのは…」
「想像の通り、あの先生だ」
あの先生、この辺りの検診を一手に引き受けている先生。
「子供の頃から世話になってるが、苦手でな」
長い髪ならば束ねるように、汚い耳ならば診ないと先に言われており。
検診前に看護師さんがチェックがある、それでダメだと後日に回される。
「ちょっと失礼」
彼女は耳の中を覗いてくる。
「ああこれは、ダメだわ」
穴の中は白く、垢で鼓膜が見えない。
「聞きづらいとかはありますか?」
「ないな」
「とりあえず掃除だけはしましょう」
「お願いできるのか?」
「いい子にしてね」
冗談でいったんだと思うが。
「おお、もちろん、もちろん」
目を輝かせて興奮していた。
スッ
耳に手を当てたときに気になったのだが、やはりそうだ。
少し体温が高くなってる。
(最近暑いものね)
そういって耳の後ろ、外側はウエットティッシュで拭き取られた。
窪みは垢がたまりやすいこともあってか、拭き取った部分の色が変わったので、何度が取り替えてきれいに来ていく。
「じゃあ、始めるけど、別に膝枕でなくてもいいんじゃないかしら?」
今日は暑いし。
「それはダメだ」
とんでもない。
「頭は動かさないでね」
そういって頭の向きを直された。
そしてすぐに『カリ!』そんな音がしたのである。
ちょっとこすってみただけで、大きな垢がさじの上に乗っているのだ。
「痛いですか?」
「いや、痛くはないが、なんだそんなに大きかったか?」
「ええ、とても」
色は茶色がかり、毛も何本か絡まってる。
カリカリカリ…
静かな空間にその音だけが聞こえてく。
先程とった塊のそばをきれいにしているようだったが。
コリ!
また音が変わった。
中を確認すると、匙だけではなく柄の部分にも垢がついているので。
(これは徹底的にやるべきね)
そのためにはまず。
「動いちゃダメだからね」
声かけに意味があるのか?
「わかった」
しかし、耳かきされる方はその気になってくれるようだ。
再び耳かきが中に入っていく、耳の中がもぞもぞとする。
怖いとかそういうのをもう越えた感覚があった。
安心しながらも、未知を体感できるようなドキドキがこれから起きるはずだ。
「一度な、よく取れると思ってな、金属製の耳かきにしたらな、血が出てな」
「竹の耳かきと同じように、耳かきしたらダメですよ」
「はっはっ、本当だな」
耳の穴を広げて奥を見る。
先程までの白い部分が大分さっぱりしきた。
カリカリ
丁寧にそりとろうと弧を描くと。
ポロン!
奥からかさぶたのようなものが飛び出してきた。
(どこに入っていたんだろう)
「今のはさすがに音が聞こえたぞ」
「転がり落ちてきたらさすがに聞こえるわよ」
この耳垢を拾い上げると、他にも奥から這い出てきたものが見えた。
今日はそれをとって終了とする。
「なんだ終わりか」
「これ以上は痛くなりますよ」
そういって次は綿棒の出番である。
先程拭き取った耳の外の窪みから掃除する。
「…あっ、そこだ」
物凄く気持ちいいらしい。
「まだ中にも入ってませんよ」
この調子で、入り口の部分を綿棒がクリクリと動いていくと、ゾクゾクっと背筋に走っていった。
「もうずっとしてくれないか…」
「赤くなっちゃうんで」
切り上げられ、耳のマッサージをされる。
指にオイルを塗り、ヌチャヌチャ、そしてギュウ!とツボを押す。
それから丁寧にほぐしにかかる。
(目が疲れているわね)
たぶんそうなのだが、確認なため後頭部首の後ろのツボを押された。
(今日の食事は消化によく、きちんとたんぱく質を計算しましょう)
「はい、反対向いて」
「ふぁい」
もうまどろみの中にいる。
右耳がこんなだから、左耳もとお考えだろうか。
(この人は右耳と左耳の溜まり方が違うのよね)
右耳が豊作の時は左耳が不作だったりする。
(あっ、やっぱり)
耳の中を見て、これは耳かき軽め、綿棒重視、ツボ揉みぐりぐり方針である。
確認するように耳かきをして、しかし綿棒はサワサワサワサワ…
「あっ!あ…」
膝上でも悶絶される。
(あっ、いけない、このままだと足つぼとか全部やりたくなる)
この辺で許してやるか。
「はい、起きて、起きて…」
次の日
「終わったか?」
先に検診の同僚である。
「あの先生は未だに苦手だな」
無事に終わったようだ。
そして今回も油断した何名かは再検診になった。