009 謎の力の確認
ギルドからの情報によると、ネオネカ村までは徒歩二日弱の距離だそうだ。
メーシャルの東門から街道が敷かれているため、道に迷う心配はないらしい。
出発は翌日早朝に決め(そうすれば野宿が一回で済む計算)、その日は支度と、あとは戦闘の訓練をしてもらうことにした。
訓練というか、「確認」というのが実際のところだ。
僕に何らかの力が備わっていることは間違いなさそうだが、それがどういうものなのかが、全然わかっていない。
わかっていないまま、魔物と対峙するのは良くないだろう。
ちょうどジョージ氏がヒマそうにしていたので、宿の庭先で付き合ってもらうことにした。
「武器を持つのは久しぶりですからね。過度な期待はしないでくださいよ」
確かめるように木刀を振るジョージ氏に、
「期待とかしてないから。さっさとケイたんにやられちゃいなさい」
無邪気な笑顔で宣告するマーブルだった。
いや、邪気にまみれているとは思うんだけど、なぜか無邪気に感じてしまうところ、が彼女の美点なのだ。……美点か?
苦笑するしかないといった様子で、ジョージ氏は数メートル離れた僕へ言葉を向けた。
「ケイタンく……ケイくんは、武器がないのかい?」
「そうですね。今のところ、何を持てば良いのかわからないので」
「剣で良ければ、私が教えてあげられますが」
「ダメよ、ダメダメ。ケイたんが一介の剣士になっちゃうなんて、そんなの面白くないわ。ケイたんはもっと特別な前衛になるんだから」
面白いかどうかで物事を決める。
それもまたマーブルの美点だ。……美点か?
「では、いきますよ」
ジョージ氏は木刀を構えた。
中段の構え。
途端にギラついた彼の視線からは、往年の冒険者の風格がにじみ出ている、ような気がする。
僕は下半身を柔らかく保つことを意識して、彼の初撃を待ち受けた。
数度の呼吸を挟んだとき、ジョージ氏の脚が動いた。
彼もまた、速いタイプの人間だろう。
引退してかなり経つという話だが、そのスタートダッシュは、現役ストーカーのノア・フラテスにも引けを取らない、そう感じた。
だが、見える。
彼の挙動のすべてが、しっかりと。
ギルバートと戦ったときと同じだった。
相手が動き始めた矢先は、僕の目に映る光景もありのままだ。
速いと感じるし、凶暴さも感じる。
やべえ、と焦る。
やられる、と冷や汗が吹き出す。
しかしだ。
彼我の距離が狭まっていくにつれて、妙にクリアに、相手の動きを知覚することが可能になるのだ。
実際に相手が遅くなっているわけでも、時間の経過がゆるやかになっているワケでもないと思う。
景色は普通に流れているし、マーブルがタルの上であぐらを掻いて、頬杖をつく仕草も通常の光景として認識できる。
それなのに、「相手の刻む時」だけが遅くなる。
そういう感覚。
見えるし、避けられる。
やろうと思えば、反撃も可能。
何なんだろうか、この力は。
初撃をかわした僕は、二撃目を予測し、ジョージ氏の背後へ回り込んだ。
「――むっ?」
ジョージ氏は、木刀を振った先に、すでに僕がいなかったので驚いたようだ。
いささか呆気にとられたように動作を止め、そののち笑った。
「これは参りましたね。私では相手にならないようです」
「当たり前でしょ。ケイたんは、ヘタすりゃあたしよりも速いんだから」
我が事のように自慢するマーブルだった。
いくらなんでも、あんなピョンピョン動くマーブルよりも、僕のほうがスピードが上だとは思えないが。
「マーブル、お願いがあるんだけど」
「なーに?」
「ジョージさんと対戦してみてくれない?」
「いいけど、なんで?」
「ちょっとね」
ジョージ氏にもお願いすると、彼は仕方がなさそうに初期位置へ戻り、木刀を構えた。
そのあいだにマーブルはタルから飛び降り、「あちょー」と奇声を発しながらファイティングポーズを取る。
さすがにダガーは抜かないようだ。
抜かなくても、彼女はローブの下にいろんな凶器を隠し持っているようだが。
やがてジョージ氏が動いた。
離れて見ると、彼の動きはギルバートの筋力任せなものとは違い、なめらかさがあるように感じた。
しかし、当たらない。
わかっていたことだが、マーブルの回避には天才的なものがある。
いや、もっとハッキリ。
彼女は天才だ。
優雅さすら覚える。
ときおりバク宙したり、その場でクルッとターンしてみせたり、たぶんパフォーマスであろう無駄な動きも見受けられる。
そんなふうに遊んでしまえるほど、彼女の側に余裕があるということだ。
しだいにジョージ氏の攻撃にも熱が入り、打ち下ろしの速度が増した。
それに伴い、マーブルの動作にもますますキレが生じた。
そうなると段々、僕の目では対戦の模様を追えなくなる。
マーブルがストーカーと決闘したときも同じだった。
やはり途中、対戦する両者の動きが見えなくなる瞬間があった。
だから少なくとも、この世界へ来て、僕の動体視力がアップしたという単純な話ではないようだ。
こうやって傍から観戦する限りでは、僕の視神経は一般レベル。
それなのに、自分が戦うときには、相手の動きをしっかり捉えられる。
付け加えるなら、あの筋肉ゴリラをぶっ飛ばすほどのパワーをも発揮できた。
このことから、自分が「当事者」にならなければ、僕の能力(?)は発動しないと考えられるだろう。
なんだろうな。ピンチになればなるほど、身体能力が上昇するチートとか?
……いや、なんか、それだけではないような気もする。よくわからない。
首をひねった僕の前で、マーブルが甲高く叫んだ。
「ほあたぁ!」
ジョージ氏の脳天へチョップをかましていた。
バランスを崩し、転倒したジョージ氏の背中を踏んづけ、マーブルは高らかに嗤う。
「わっはっは! 悪は滅びた!」
いや、それ善人だよ。
キミを格安で泊めてくれている、いなきゃ困る人だよ。
ヒモ同然の僕が言えた義理ではないが。
ともあれ、自分に戦える力があることは確信できた。
能力の具体的な内容はまだ不明だが、これなら少なくとも、弱い魔物におくれをとる心配はないだろう。
よしよし。