008 おかしな依頼
冒険者とは、元々、文字通りに「冒険に人生を捧げる者」たちの通称だった。
しかし、その人口が増えるにつれて、少しずつ意味合いが変わり始めた。
力無き者たちが、町を訪れた力強き冒険者に、物事の解決を依頼するようになった。滞在費用などの報酬と引き替えに。
やがては本来、「副業」でだったはずのその「依頼の解決」に、主眼を置いた冒険者たちが現れだした。
そこから一気に、現在に至る冒険者文化が広まった。
当初は荒事ばかりだった依頼の内容も、しだいに拡大されていき、ただの雑用までもが冒険者のナリワイになった。
だから今でいう「冒険者」とは、「何でも屋」と呼ぶに正しい。
「魔物の討伐」「ダンジョンにしか自生しない植物の採取」などの、いかにも冒険者らしい仕事はもちろん、「ペットを探してください」「ここの掃除をしてください」といった平和な依頼も寄せられる。
また、ギルドを通さない依頼には、「サクラ」「スパイ」「暗殺」などの、裏稼業的な仕事まであるようだ。
とにかく幅広く、それでいてどれも肉体労働である点では共通している。
しかも、おおかた実入りが割りに合わない。
僕の前世なら、まずみんなが避けて通ろうとした職種だろう。
だが、そこにファンタジーのエッセンスを加えるだけで、それは魅力的な仕事に変わる。
この世界には多くの謎が残されている。
踏破されていない場所も多い。
冒険者として生きるうちに、その「謎」に手が届くかもしれない。
そうすることで、歴史に名を刻めるかもしれない。
あるいは純粋に、強さを追及する者もいるのかもしれない。
自分がどれだけ強くなれるか、強くなれたかを知りたいのかもしれない。
強くなり、人々から畏れられ、敬われ、「英雄」と呼ばれるほどの強者になれるかもしれない。
たぶん誰もが少なからず、そういう好奇心や功名心に駆られ、憧れ、憧れに憧憬を抱き、そして冒険者になるのだ。
だから結局、「冒険者文化」は変わっても、「冒険者」という職種の根源にあるものは、今でも変わっていないのかもしれない。
◇
「妙な依頼ね」
にぎやかな掲示板前にて、マーブルがそうつぶやいた。
クラン《レイヴンズ》を結成した、翌日のことである。
ついに依頼を受けるべく、僕とマーブルは再びギルドを訪れていた。
掲示板には、大量の依頼が寄せられている。
ざっと数えてみたところ、このときにも四十を超える紙片が貼り出されていた。
紙は高価なのか、使い捨てであろうそれらの依頼票は、すべて羊皮紙だった。
だから『冒険者心得』や『クランメンバー表』は、配布してはくれなかったんだな。
で、依頼の内容は多岐に渡る。
ラクそうなものだと、「庭の雑草抜きをしてちょうだい」「うちの施設でイベントやるから警備して」などなど。
こういった雑務系の依頼の報酬は、おしなべて安い。
一例としては、
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〈依頼主〉精肉店マルコ
〈依頼内容〉ソーセージ作りの補佐
〈報酬〉日当7百シード
〈募集人数〉1~2人
〈場所〉メーシャル商業区4番地ワック通り7
〈依頼日時〉5月13日
〈期間〉本日より5月18日まで
〈必要冒険者レベル〉なし
〈推奨冒険者レベル〉なし
〈備考〉ワック祭に向けての準備で手が回らない。どうか冒険者のお力を借りたい。期間中はうちで寝泊まりして頂いて構わない。肉料理もお付けする。
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7百シードというのは、安宿「ジョージン」に泊まるのと同程度の金額である。
この仕事の場合は、期間中の寝食が保証されるだけ良心的ではあるが、それにしたってせいぜい当座をしのぐ金しか稼げない。
ただ補足しておくなら、この「7百シード」というのは、税金と仲介手数料が天引きされた金額だ。
冒険者の大半は住民登録をしていないゆえ、住民税を支払う義務はないが、そのぶん所得税が高い。
細かい数字は省くが、長く一つの土地に留まった場合、所得のうえでは市民のほうが有利になるよう、きちんと調整されているらしい。
少なくとも、こういった「雑務系の依頼」をこなしている限りは、そうなる。
そんなこともあって、「裏稼業」で生計を立てようとする冒険者崩れが、後を絶たないそうだ。
もちろん非合法ゆえ、それはそれで国に処罰されるリスクが付いて回るが。
さて、このような「雑務系の依頼」の報酬が少ない理由は、命の危険が少ないからだ。
例外はあるものの、受注したからといって、たちまち窮地に立たされるような事態には巻き込まれにくい。
それに対し、魔物、あるいは悪者を相手取るような「討伐系の依頼」は危険である。
しかしそのぶん、実入りが良い。
これも一例を挙げよう。
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〈依頼主〉トドロ村・村長
〈依頼内容〉山賊の調査と殲滅
〈報酬〉5万シード
〈募集人数〉1パーティー
〈場所〉メーシャル西・トドロ村
〈依頼日時〉5月13日
〈期間〉依頼内容を完遂するまで
〈必要冒険者レベル〉なし
〈推奨冒険者レベル〉10
〈備考〉村の付近の山に、賊と思われる怪しい者たちがうろついている。どうかその実態をつきとめ、村に害をなす相手なら殲滅して欲しい。
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この例のように、山賊らしき者などが現れたとき、その初期調査は冒険者が請け負うのが通例のようだ。
そして実際に山賊がいたとして、それが小規模な群れなら、そのまま冒険者が対処する。
とても1パーティーでは対処できない規模だった場合は、あらためて大型の募集をかけるか、ことによっては、イスマニア本国に騎士団を派遣してもらったりとするらしい。
この流れは、相手が魔物の場合でも同様である。
この依頼票にある「5万シード」は、1パーティーに与えられる報酬額だ。
つまり五人パーティーだったなら、一人当たりの手取りは1万シードになる。
先の雑務系の依頼と比べれば、随分マシに思える金額だ。
命を賭けるに値するかはべつとして。
いずれにしても、こういった討伐系の依頼こそが、冒険者の花形と言えるわけである。
して、話を戻そう。
掲示板を見上げていたマーブルが、「妙な依頼ね」とつぶやいた。
「どれ?」と僕が訊くと、マーブルは「これよ」と、一枚の依頼票をペリッと剥がした。
見てみると、こんな内容だった。
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〈依頼主〉ネオネカ村・村長
〈依頼内容〉魔物の駆逐
〈報酬〉4万シード
〈募集人数〉1パーティー
〈場所〉メーシャル北東・ネオネカ村
〈依頼日時〉5月13日
〈期間〉依頼内容を完遂するまで
〈必要冒険者レベル〉なし
〈推奨冒険者レベル〉10
〈備考〉ここ最近、村にゴブリンが現れ、作物を荒らすようになった。ゴブリンは東の洞窟内に潜んでいるようだ。どうかゴブリンを駆逐し、村に平和を取り戻してほしい。
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おおぉぉ、ゴブリン。
ゴブリン退治!
なんて王道なんだ!
やっぱ最初はゴブリンだよな!
たかぶる僕だったが、マーブルは小難しい顔をしていた。
「どうしたの?」
「んー。これ、本当にゴブリンなのかしらって」
「どういうこと?」
「ゴブリンって肉食なのよ。野菜なんて食べないわ。だから、『家畜を奪われた』だったらわかるけど、『作物を荒らす』っていうのは意味不明よね。いつからあいつらベジタリアンになったのよ」
マーブルは顎の下に指をやって続ける。
「菜食の魔物にでも指示されているのかしら。だとすると、指示する側は当然、指示される側よりも上位の存在になるわよね」
「もっと強い魔物が、背後にいるかもしれないと」
「そそ。ゴブリンなんかよりも、厄介なヤツと戦うことになるかもしんないわ」
「割りに合わない?」
「報酬的にはそうなるわね」
「じゃあ、やめとく?」
「ううん、やめない」
マーブルは笑顔を咲かせた。
「面白そうなにおいがするし、これにしましょ? あたしたちの初仕事」
マーブルは金にがめついが、それ以上に好奇心が旺盛なようだ。
好奇心>強欲といった感じ。
拾った僕に、寝食や装備品を提供してくれたのも、消費する金以上の興味を僕に抱いたからだろう。
もちろん、クランメンバーとして目をつけたから、というのもあるとは思うけど。
いずれにしても、僕に反対意見はなかった。
ゴブリンである。
冒険者生活の門出にふさわしい。
羊皮紙をひらひらさせながら、依頼カウンターに並ぶ。
先客は二組いた。
待ち時間を活用し、僕はマーブルに疑問をぶつけた。
「〈必要冒険者レベル〉と〈推奨冒険者レベル〉ってなに?」
「そのまんまよ? 〈必要冒険者レベル〉は、参加者の平均レベルが、それに満たないと依頼を受けられない。強い魔物の討伐依頼とか、要人の警固依頼なんかに設定されてるわね。で、〈推奨冒険者レベル〉は、その依頼を受けるのに望ましい冒険者レベル。職員が依頼の難度を予想して付けてるんだけど、まあ、あくまでも目安よね。とくに討伐依頼なんかは、不測の事態が起こらないほうが珍しいくらいだし。これの場合だと、ゴブリンと戦うには、まるっきりの新人ではないほうが良いってだけの話」
言っていることはわかるが、そもそも「冒険者レベル」が何なのかを僕は知らなかった。
併せて訊いてみた。
「冒険者レベルも、書いて字のごとくよ。その冒険者の練度を示す数値。依頼をこなしていけば、ギルド側の査定によって上昇していくわ。ただ、冒険者レベルが高いからといって、必ずしも戦闘に秀でた冒険者とは限らない。レベル25前後までは、雑用メインでも上げられなくは無いらしいから」
「レベル25を超えると、雑用では上がらなくなるの?」
「そう言われているわね。討伐系の依頼でも、しだいに上がりにくくなるみたいだし。あと、依頼ごとの上昇幅は公開されていないけど、報酬額を基準にしているんじゃないかってウワサが、まことしやかに囁かれてるわ」
「ふーん」
冒険者レベルは15もあれば初心者卒業、30で一人前、40もあれば熟練と見なされるそうだ。
50にもなれば、その地方では知らない者がいないレベル、60ともなると、これはもう離れた都市にまで名声が届くほどなんだとか。
ちなみに95パーセントの冒険者は、レベル40に達することなく引退するか、死ぬかする。
レベル50に到達できる者は、ほんの一握り。
レベル60は言わずもがな。
上をめざすのは過酷な職業だ。
付け加えるなら、レベル20に達した冒険者は、ベテランたちのあいだで『新世代』などと話のネタにされるらしい。
順番が回ってきた。
受付カウンターには、ミアカ嬢がいた。
「昨日は登録カウンターにいましたよね」
「担当は持ち回りなんです」
と、『微笑みの通達者』は微笑んだ。
マーブルが依頼票を、ぽいっとミアカ嬢へ投げ渡した。
「その依頼、あたしたち《レイヴンズ》が引き受けるわ」
「……作物を荒らすゴブリンの駆逐ですか。キナ臭さを感じますね」
「あら、あんたもそう思ってたんだ?」
「ええ。しかし特別に人的被害は出ていませんし、高ランクにする必要はないというのが担当者の判断です」
ミアカ嬢は僕とマーブルに、七対三くらいの割合で目配せをした。
「ケイさんにとっては初めてのお仕事ですし、もう少し安全な依頼を選ばれてはどうでしょうか」
親切にそう勧めてくれるが、マーブルはにべなく断った。
「もうそれに決めたの。平気よ、あたしが一緒なんだから。ほれ、はよタグよこしなさいな、タグ」
ミアカ嬢はかすかに肩をすくめると、カウンターの下から冒険者証によく似たドックタグ型の物体を取り出した。
「依頼タグ」と呼ばれるものらしい。
依頼ごとに番号が振り分けられており、一つの依頼に対し、三つのタグが用意されるそうだ。
そのうち一つはギルド保管用、二つめは今もらった冒険者用。
三つめは依頼者が持っており、依頼を達成すると渡してもらえるらしい。
報酬は冒険者用・依頼者用のタグセットと引き替えで、ここの窓口でもらうシステムなんだとか。
要するに依頼者は、依頼を持ち込んだ時点で、ギルドに報酬金を支払っていることになる(もちろん依頼が未達成になったときには、全額が依頼者に返還される)。
ただしこれは原則であって、例外もある。
たとえば、手紙で依頼が寄せられた場合だと、タグを依頼者に渡すタイミングがない。
その場合、冒険者は依頼者から、直接報酬を受け取らなければならない。
トラブルの原因になりがちなので、冒険者側もギルド側も、可能な限り「例外」は避けたいというのが本音のようだ。
「お気を付けてくださいね」
と、ミアカ嬢は僕に上目づかいを送ってきた。
ポーカーフェイス的な微笑なのに、心から懇願されているように感じた。
この人が看板娘と呼ばれているゆえんは、その美しさだけではないようだ。
そりゃあこんなふうに言われたら、男はたまらない。
僕だってたまらない。
「なに鼻の下伸ばしてんのよ。ほれ、準備いくわよ、準備」
マーブルに手の甲をつねられた。痛いって。