007 発足、レイヴンズ
マーブルはご機嫌だった。
「臨時収入だわ、臨時収入」と鼻歌を唄いだす始末だった。
並び歩く僕の網膜には、パンツ一丁にむかれたノア・フラテスの貧相なボディーが焼きついていた。
「つ、次こそはキミを、僕だけのウサギさんにしてやるんだな! 憶えておくんだな!」
そんなふうに言い残して彼は町外れの方角へ駆けていった。パンツ一丁で。
若干かわいそうだったが、もとはといえば、妄想でインネンをつけてきた彼が悪い。自業自得である。
「変態がいる」と、市民に通報されないことを祈るばかりだ。
それはそれとして、二つほど気になったことがあったので、僕はマーブルに問いただした。
「決闘ってさ、あんなガチでやり合って、死人が出ることはないの?」
「そりゃ、出るときゃ出るわよ?」
あっさりと言われ、絶句してしまう。
「でもま、そうそう無いことだわ。観てる誰かが、決着がついた後に回復してくれたりするし」
回復のためだけじゃなく、「証人」としても、野次馬は必要なのだとマーブルは言った。
「この国の法令では、決闘は合法だけど、一方的な暴力はご法度なのよ。だからその戦いが、名乗りを上げた個人同士の決闘であることを、証明できなきゃマズイわけ。相手が死んだときなんかは特に」
つまり、観ている皆が「証人」になると。
納得しつつ、僕はもう一つ質問する。
「ギルバートからは面倒だって逃げたのに、何でさっきのヤツとは決闘する気になったの?」
「ゴリラは貧乏だけど、ストーカーは金持ってるから」
率直すぎる回答に、またぞろ僕は絶句。
オタク狩りならぬ、ストーカー狩りなのか。
いや正確には、ウサギ狩りに失敗した憐れなストーカーの図だが。
「まあ、それだけじゃないわよ?」
マーブルはけらけらと笑った。
「ゴリラには、すでに二回勝っていた。でもストーカーには、まだ一回しか勝っていなかった。その差よ」
「……というと?」
「決闘ってさ、逃げたら当然、喧伝されるのよね。本人の口から、目撃した誰かの口から、『あいつは逃げ出したザコだ』って。そうすると、冒険者としての評判が落ちる。回りまわって、それが受ける依頼に悪影響を及ぼすこともある」
「ふむ」
「だからね、二回勝つ、っていうのがあたしなりの条件なのよ。二勝すれば、その相手とはもう格付けが済むから」
このマーブルの持論は、よくわかるような気もした。
たとえばだ。僕がマーブルに決闘を挑み、二連敗したとする。
で、三回目を挑もうとしたら、断られた。
そして僕は言いふらす。「マーブルは僕との決闘から逃げた! ザコだ!」と。
しかし周りの反応は、おそらくこうなるだろう。「お前二回も負けてるし、どうせつぎ戦っても負けるんだろ?」と。
なるほど。
一回じゃなく、二回ってのがミソだな。
一回だったら偶然ってこともありえるけど、二回だとそれはもう歴然とした実力差に思える。
格付けが済むとは、まさにそういうことだろう。
「さて、時間を浪費しちゃったし、残りの買い物は後回しにして、先に冒険者ギルドへ行きましょっか」
「!!!」
「……な、なに? ケイたん今、目が閃光を放ったわよ?」
当たり前だ。
冒険者ギルド、それは僕の憧れの最たるものなのだ。
◇
そう時間を掛けずして、その建物は見えてきた。
レンガ造りの巨大な建物。
無骨な箱型の外観だ。
かなり年期が入っているらしく、外壁にはつる草が張り付いたり、苔が生えたりしている。
雰囲気があって、すごく良いと思います。
ここはメーシャル商業区所在、冒険者ギルド本部である。
まだ午前中にも関わらず、付近には沢山の人が行き交っていた。
男女比は八対二くらいだろうか。
男はガラが悪いのが多く、そうでない人もだいたい立派な体格をしていた。
女はというと、露出過多な人が目立つ。その鎧防御力なくね? みたいな。うん、女戦士って感じ。
もちろん男女ともに、普段着みたいな軽装の人とか、ローブに身を包んだ魔法使いらしき人もいた。
エントランスを支える巨大な石柱に圧倒されつつ、中へ入る。
通路を抜ければ、いよいよギルド本館に突入。
そこは広く、天井も高い空間だった。
手前のほうには、大量のベンチやテーブルがあり、そこかしこで冒険者諸君がたむろしている。
憩いの場らしく、ガヤガヤと喧噪を奏でるかたわら、朝っぱらから酒を飲んでいるヤツも散見された。
隅のほうには、「酒」を提供しているのであろうバーコーナーもあった。
儲かるだろうな、この立地だと。
そして奥側には、数台のカウンター。
わかりやすく、天井から『ご依頼者様』『冒険者様』と彫られた木の看板が吊り下がっている。
『ご依頼者様』用のカウンターは一台だけだが、『冒険者様』用は二台あり、その二台がさらに幾つかの仕切りによって分けられていた。
内訳は「冒険者登録/クラン登録」「依頼の受注」「依頼の報告」「冒険者証の更新」などなど。
なんというのか、洗練されていない市役所の窓口って感じである。
あと見逃せないのが、巨大な掲示板だ。
そこには大量の紙片が貼り出されていた。
アレはおそらく、依頼票の貼られた掲示板。
掲示板を見たい衝動に駆られたが、
「あとになさい、あとに」
マーブルに手首をつかまれた。
あとにしよう。
連行されたのは、「冒険者登録/クラン登録」のカウンターだ。
隣の依頼系カウンターには人が並んでいたが、こっちは順番待ちをしなくて済んだ。
「やほほー、ミアカ。新しい冒険者をつれてきたわよー」
マーブルに親しげに話しかけられた受付嬢は、親しげな笑みをもって返してきた。
「おはようございます、マーブル。……真っ黒なかたですね」
微笑を向けられ、ドキッとする。
金髪碧眼なその受付嬢は、なんと耳が尖っていた。
もしかしなくてもエルフさんだろう。
お美しい。
「ミアカはね、元冒険者で、このギルドの看板娘よ。『微笑みの通達者』の異名で知られているわ」
「冒険者生活に憧れていたのですが、肌に合わず、一年で辞めてしまいました。その後はずっと、ここで働かせてもらっています」
異名にふさわしい、おだやかな微笑みで彼女は言った。
ちなみに、これは後になってからの話なのだが、僕はマーブルにこう訊いた。
「エルフの冒険者って珍しいの?」
するとマーブルは「珍しいわよ」と即答した。
「エルフは基本、排他的な種族だから。わざわざ人間社会に紛れ込んでくるのは、生まれや育ちに問題があって、故郷を追われたヤツが大半よ」
そういうことらしい。
しかし「看板娘」なんて言われているあたり、人間側は、この受付嬢の登場を歓迎しているようだ。
まあこんな綺麗な人だし、歓迎しないわけがないわな。
話は戻る。
ミアカ嬢はカウンターの上に、ソフトボール大の水晶玉を置いた。
木製の台座に固定されている。
「どちらの手でも構いませんので、手の平をつけてください」
言われるがまま、僕は右手で水晶を握るようにした。
「今から私が、二つだけ質問をします。そのままでお答えください」
「はい」
「一つ目です。あなたのお名前をお教えください」
「ケイ、です」
「はい。ケイ、ですね」
「はい」
セカンドネームはなくても良いらしい。
「二つ目です。あなたの職業をお教えください」
「……こちらから質問させてもらっても?」
「どうぞ」
「職業は後から変更できますか?」
「はい、可能です。更新カウンターでおこなえます」
「わかりました。では、修道士でお願いします」
「モンク、ですね。かしこまりました。……はい、結構です」
「うおっ‥…」
なんか一瞬、体のなかに奇妙な力が駆け巡った気がした。
痛みはないけど、電気みたいな感覚。
ミアカ嬢は、水晶をカウンターの下へ戻し、しばらくゴソゴソとしていた。
やがて彼女が持ち上げた手には、長方形の金属板が二個つままれていた。
ドッグタグってやつだ。
「どうぞ」
二個のうちの片方を差し出され、受け取り――
僕は驚愕した。
受け取ったドッグタグは、五センチ程度のサイズだ。
そしてその表面には、以下のような情報が彫り込まれていたのである。
名前:ケイ
職業:モンク
冒険者レベル:1
あとは右上のほうに、「☆×■◎※△」みたいな謎の文字列が載っていた。
「それ、偽造防止用のコードよ」
マーブルが教えてくれたが、知りたいのはそこじゃない。
「急にハイテクでビビったんだけど」
「はいてく?」
「だって、口で言っただけなのに彫り込まれてるし」
「? 言っただけじゃなくて、認証水晶に手を置いたじゃない。あれ、マジックアイテムよ?」
いや、そりゃあまさか占いの道具とは思ってないけどさ。それにしたって驚くって。
マジックアイテムってスゲーな。
「こちら片側は、ギルドで責任を持って保管させていただきます」
本人控えと会社控えか。
バイトの誓約書にもそういうのがあったなぁ。
「冒険者証を紛失した場合、更新カウンターにて再発行手続きを受けることができます。ただし、もしそれが売却による紛失で、冒険者様ご自身による行為と発覚した場合、再発行、新規登録ともに不可となりますのでご注意ください」
「……冒険者証を、売るんですか? なんでです?」
「それも一応、マジックアイテムだかんね。場所によっては売れるのよ。安いけど」
マーブルはしたり顔をして言った。
「ちなみにさっきの認証水晶は、百万シードは下らないってウワサだわ。もしあたしが冒険者をやめるとしたら、絶対それ盗んでから国外退去するわね」
「マーブルが冒険者をやめると言い出したら、ギルドの警備を、自社依頼しなくてはいけませんね」
一片の曇りもない表情で言ってのけるミアカ嬢だった。
さすがは『微笑みの通達者』。
マーブルはマーブルで、「最低でも世界一になるまでは辞めないから安心なさいな」と、笑顔で応酬していたが。
◇
そのあと『冒険者心得』なる書面を見せられた(くれはしなかった)。
そこには、ギルド員として活動する上での禁則事項が書かれていたが、詳細は割愛しよう。
というのも、人として最低限のモラルさえ守っていれば、まあ問題なかろうという内容だったからだ。
しいて言うなら、受けた依頼の解決に失敗すると、罰金が科せられるという点には注意が必要かもしれない。
ちなみに冒険者登録をする利点としては、以下のようなものがある。
《ギルド、またはギルドと提携した酒場で依頼を受けられる》
何といってもこれがデカい。
冒険者というのは、依頼をこなさなければ食っていけないから、あまたの依頼が寄せられるギルドの存在は、それだけで恩恵があるのだ。
むろんだが、ギルドが仲介する仕事を受けるためには、正規の冒険者証が必須である。
《情報をもらえる》
たとえば受注した依頼により、ダンジョンへ潜る必要があった場合。
そのダンジョンまでの道のり・ダンジョンの内部構造・さらには出現するモンスターなどの情報をもらえる。
もし地図が作成されていれば、それも開示してもらえる。
ただ言うまでもなく、これはギルド側が情報を持っている場合に限る。
《隣接した施設にて、素材の換金をおこなえる》
モンスターの皮や牙などは、モノによっては金になるらしく、その換金ができる。
町中にもそのテの業者はいるし、直接個人に売りつけるのもアリなのだが、手間が掛かるうえに足元を見られることもある。
その点、ギルド職員が査定をおこなう隣接施設は、公正である(と、ギルド側は主張している)。
少なくとも手間は最小限で済む。
《依頼者からの指名を受けられる確率が高まる》
○○さん(または○○クラン)に依頼したい、と名指しで依頼を持ち寄る顧客も多いそうだ。
そういった、言うなれば個人的な契約も、ギルドが仲介してくれたほうがスムーズにいくらしい。
形ばかりとはいえ、ギルドが互いの保証人的な立場になってくれるからだろう。
あるいはギルド側から、オススメの冒険者として、依頼者に紹介してくれるケースもあるそうだ。
細かいことを言えばまだあるが、おおよそそんな感じだ。
◇
さて、これで晴れて、僕は憧れの冒険者になったわけである。
まだ何を為したわけでもないが、間違いなくそのスタートラインに立ったのだ。たった今。
感動もひとしおな僕だったが、マーブルはというと、僕以上に高揚した様子だった。
「ケイたん、ケイたん! このままクラン登録もしちゃいましょ!?」
双眸をお星さまのように輝かせ、すごい勢いで提案してくる。
むろん断る理由もなく、「いいよ」と僕は応じた。
ここまでは僕の夢の第一歩。
そしてここからは、マーブルの目標への第一歩だ。
「クラン登録ですね。クラン名は考えてありますか?」
ミアカ嬢の問いに、マーブルは「もちろんよ!」と食い気味に答えた。
「つっても、思いついたのは今朝だけどね!」
「今朝?」
「そ、ケイたんがカラスに名付けたっしょ? あのときにさ、ピーンときたのよね! あ、これだって!」
「……レイヴン?」
「そう、レイヴン。レイヴンズよ! レイヴンズにしましょう!」
マーブルは両手を握り拳にして、顔の横まで持ち上げながら、
「カラスのようにズル賢く、他人を見下して、貪欲に稼ぐ。そして世界一の冒険者に、クランになる!」
最低な抱負だが、彼女には良く似合うと思った。
僕にしたって、鳥というのは自由な感じがするから嫌ではない。
我ながらカラスみたいな格好をしているし、僕にもまた、似つかわしい名前かもしれない。
「クラン名は、《レイヴンズ》でよろしいですか?」
「いいわ!」
即答したマーブルに続き、僕も首肯で同意を示した。
「かしこまりました。では、事務的なものですが、説明させて頂きますね」
ミアカ嬢はカウンターの下から書面を取り出し、机上へ置いた。
『クラン心得』という、硬い文章でつづられた文面だったが、内容は大したものではない。
禁則や違反に関する事柄は、おおむね先の『冒険者心得』に準ずるようだ。
すなわち、普通に活動してりゃ問題ない。
マーブルが「普通に活動」してくれるかどうかは、またべつの問題だが。
「では、クラン《レイヴンズ》の登録をおこないます。お二人とも、冒険者証の提出をお願いします」
ミアカ嬢の指示に、マーブルが腰のあたりから取り出したタグには、
名前:マーブル・フレサンヌ
職業:シーフ
冒険者レベル:20
と彫り込まれていた。
やっぱ彼女は、職業的にはシーフなんだな。
……シーフとモンクのパーティーって、バランス的にどうなんだろうね。
ちょっと聞いたことのない組み合わせだ。異質。
僕も作り立てほやほやの冒険者証を机上へ置いた。
ミアカ嬢は「お預かりします」と二つのタグを取り、カウンター下へ持って行った。
また何か、マジックアイテムが使用されている気配だ。
「クランリーダーは、どちらが?」
「マーブルで」
と僕は即答した。
相談するまでもないことだ。
「にひっ」
とマーブルは僕を見上げ、白い歯を見せつけてくる。
彼女のこの得意気な笑顔は、かなり可愛い。
「かしこまりました。……はい、結構です」
冒険者証を返却される。
僕とマーブルがそれを仕舞うや、ミアカ嬢は一枚の書面をつまみ上げた。
『クランメンバー表』
クラン名:《レイヴンズ》
クランレベル:1
クランリーダー:「マーブル・フレサンヌ」
サブリーダー:「ケイ」
「お間違いなければ、こちらにリーダーのサインをお願いします」
マーブルが羽根ペンを受け取り、書面の右下の欄に署名した。
意外というのか、綺麗な筆跡だった。
「ありがとうございます。これでクラン登録は完了です」
マーブルが僕を見上げ、手を掲げた。
その勝ち気な瞳を見返しつつ、僕は軽くハイタッチ。
顔を見合わせたまま、僕たちは不敵に笑い合った。
「これからよろしくね、ケイたん」
「こちらこそよろしく、マーブル」
こうして僕の異世界冒険者生活が始まった。
~ プロローグ 「発足、レイヴンズ」 完