005 お着替え烏
カァ、カァ、と耳ざわりな声がして僕は目を覚ました。
モゾモゾと枕から顔をもたげ、目をみはる。
――ピンクの兎が、黒い十字架に兎パンチを繰り出している。
というのは、寝ぼけた僕が三秒だけ幻視した映像だ。
実際にはウサギはマーブルで、十字架は羽を広げたカラスだった。
マーブルが窓辺に立ち、窓枠に止まったカラスを突っついていた。
「あ、ケイたん起きた? おはよー」
「……おはよ」
腕を支えに身を起こす。
マーブルの細い指先が、黒鳥の頭を撫でるのをぼんやり眺める。
……カラスだな。
この世界にもカラスっているのか。
ていうか。
「カラスって、そんな人なつっこい生き物だっけ?」
さあ? とマーブルは、首をかしげるついでのように僕を見た。
「よくわかんないけど、なんかあたし、昔からカラスに好かれるのよね」
「ふーん」
「あたしはあたしで、カラスは好きよ。ズル賢くって、どことなく人を見くだしてる感じがしてさ」
「……それは普通の感覚だと、嫌いな理由に挙げられそうだけど」
「そう? ……んー、なんだろ。ちょっと自分と似てるからかも。シンパシーみたいな」
「はぁ」
曖昧に返しても、マーブルに気にした様子はない。
べつに理解してもらいたいとは思っていないのかもしれない。
「この子、よく来るのよね。名前つけてあげようかしら」
「良いんじゃない?」
「なにが良いと思う?」
寝起き頭に酷な質問をする。
せいぜい「英語にしてみるか」くらいしか思い浮かばない。
「クロウかレイヴン」
「あら、存外まともな案が出てきたわね。レイヴンにしようかしら」
「……訊きたいんだけど、この世界でも、カラスのことをクロウとかレイヴンとか言ったりするの?」
「言うわよ? コンタント語よね」
「コンタント語?」
「昔、このあたりにコンタントっていう王国があったそうなの。イスマニアに滅ぼされたんだけど、その跡地の一部が今で言うここ、セントブラハ公爵領みたい」
「へぇ」
「で、あたしたちが喋ってる第二公用語って、おおもとはイスマニアの言語なんだって。そこにコンタント語とか、ほかの幾つかの言語を混ぜ合わせて、第二公用語として普及したわけ」
「ふーん」
この世界では、「英語」は「コンタント語」という位置付けらしい。
言語に関しては、もうそういうものだと受け入れるしかなさそうだ。
深く考えると頭がおかしくなりそうである。
「はい、おしまい。窓閉めるわよ。またね、レイヴン」
マーブルが言うと、レイヴンは「クワァー」と鳴いて飛び去った。
まるで言葉を理解しているかのよう。
窓を閉めながらマーブルはつぶやいた。
「レイヴン……レイヴンか」
「なに?」
「ん、なんでもない」
マーブルは首元へ手をやった。
ほんの一瞬、服の襟から、銀色のチェーンらしきものが覗いた。
服の下に、ネックレス的なものを掛けているらしい。
「じゃ、朝ごはん食べましょっか」
「うん」
ベッドから降り、何気なく窓外へ目をやれば、砂利道と原っぱが朝焼けに色付いていた。
遠方には広大な森の輪郭も見える。
見慣れぬ景色に、強い異国情緒と郷愁を覚えた。
こうして僕の異世界生活、第二日目が始まった。
◇
朝食を食べ、歯磨きを終えるや否や、マーブルに外へ連れ出された。
「やること多いし、ささっと行きましょ」
グイグイ引っ張られ、街中へ入っていく。
早い時間帯だからか、昨晩ほど往来は激しくなかった。
進むうちに、足元が石畳で舗装された。
なおも歩くことしばし、マーブルが足を止めたのは、平屋風の店が並んだ一角。
「まずはここね」
その店の看板には、立派な盾のマークが描かれていた。
防具屋さんだ。
防具屋さんである。
大事なことなので二度。
RPGっぽくてテンションあがる。
「ちわーっす」
気安いノリでマーブルが入店するのに続く。
とたんに、鉄や革の入り混じった異臭が鼻をついた。
スペース的には広いはずの店内だが、雑然とモノが置かれているせいで、通路はいちじるしく狭かった。
壁に掛けられたローブや服、でんっと鎮座したゴツイ鎧、ワゴンセールみたいな扱いの篭手、妙に丁寧に陳列された盾など、多様な商品に感興をそそられる。
あー、テンションあがるわー。
「っらっしゃい、早いお越しだな……って、『舞兎』じゃねぇか」
奥から出てきた男が、マーブルを見て相好を崩した。
馴染みの店らしい。
「うーす。景気はどーよ、おっちゃん」
「ぼちぼちだなあ……って、おまえ男連れじゃねぇか」
「そうなのだよ。なかなかイイ男じゃろ?」
「黒髪とは珍しいな……ふむ、悪くはねぇが、俺のほうがイイ男だな」
「ぶわっはっは! 寝言は寝てから言いたまえ」
マーブルは僕の腕をとり、引き寄せ、おっちゃんの前へ突き出した。
「この子、ヘンな服しか持ってないから、見繕ってやろーと思ったのよ。新しい客紹介するんだから、安くしてよね?」
「そうは言うけどお前、毎度めちゃくちゃ値切ってくるじゃねぇか……まぁいいけどよ」
おっちゃんは僕の頭からつま先までを一瞥した。
「お前の連れってことは、この坊やも冒険者なんだろ? 職業は何だ?」
「修道士よね?」
「えっ」
「だって昨日、素手で戦ってたじゃん」
「いや、あれは単に武器がなかったからだよ。丸腰じゃん、僕」
「そーなの? じゃ、何の武器を使うの?」
僕はうなった。
当然だけど、これまで武器を扱った経験などない。
しいて言うなら、剣道の授業で竹刀を振り回したくらいだろうか。
でも、理想を言うなら剣一択だ。
剣士が良い。
なんでって、カッコイイからさ!
「剣が良いかな」
僕が言うと、マーブルは「えー」と不満げな顔をした。
「剣士なんてそこら中にいっぱい居るし、つまんないわよ。もっと変わり種にしましょ? モンクでいいじゃないの、モンクで」
「そんな理由で僕は、この先も素手で戦っていかなくちゃならないの?」
「棒とか持っても良いわよ?」
ふむ。棒術か。
それはそれでカッコイイ気もするな。
棒使いって強キャラっぽいしな。
噛ませキャラっぽくもあるけど。
「とりあえず、前衛ではあるんだな?」
おっちゃんの問いに、マーブルが「うん」とうなずいた。
僕としては、魔法使いにも興味があるんだけど、適性があるかどうかが不明なため今は黙っとこう。
「だったら厚手の服か、革製の鎧あたりを着けて、上からローブでも羽織っときゃ良いだろ。職業を決める前に、重装備を買うわけにもいかねぇし。……つか、それを決めてからにしたほうが良いんじゃねぇか?」
「だって、この服のまま歩かせるの可哀想でしょ? あたしは良いけど、本人が周りの視線を気にしてるようだし」
よく見てるな、マーブル。ありがたい。女神かな?
「坊やのそれは、どこの服なんだい」
遠い異国の服です、と答えておいた。
オススメに従い、フィッティングルームで「たびびとの服」という感じの丈夫そうな服を着た。
ローブはどんなのにしようか、と考えながら仕切り布をどけると、黒い布地を両手で広げたマーブルが待ち構えていた。
「これこれ! ローブはこれにしましょ、ケイたん!」
鼻息荒く言われる。
黒のローブだった。
唯々諾々と羽織れば、マーブルはますます目を輝かせた。
「いい! いいわよ、ケイたん! めっちゃイケてる!」
「マジで!?」
「うん、イケてる! カラスみたい!」
姿見があったので見てみれば、真っ黒な僕がいた。
学ランの黒とは色合いが違う、そう、言うなればこれは「漆黒」だ。
カラスの濡れ羽色。
その己の姿を、僕はいたく気に入った。
なんだろうね、黒って中二心を満たしてくれるよね。
「闇」とか「影」とか、一文字のくせにクールだよな。
そんなこんなで服とローブ、あとは荷物袋を買ってもらった。
荷物袋には、脱いだ学ランとTシャツを詰めた。
代金はしめて4千シード……だったのを、マーブルが半額の2千シードにまで値切った。
シードというのが、この世界の(正確にはこの地域の)通貨らしい。
紙幣はなく、硬貨のみのお金だそうだ。
ちなみに、重たそうなプレートメイルの値段が2万シード。
魔法への耐性があるという防具だと、桁が跳ね上がって10万シードとかになる。
おそらくだが、1シードの価値は、一円よりも高い。
「じゃあな、『舞兎』と連れの坊や。また来てな」
おっちゃんに見送られて外に出る。
少し歩いたのちに訊いてみた。
「『舞兎』って、マーブルの二つ名?」
「そうね。誰が言い出したのかは知らないけど。てかさ、なんで『兎』なのかしら」
「マーブルはウサギっぽいって、僕も思ったよ」
「どんなふうに?」
「ピンク髪と、小柄なとこと、あとは動作がいちいち素早いとこかな」
「ふーん?」
マーブルは納得しかねる様子だったが、ふいにドヤ顔を作って言った。
「まぁ、あんな臆病な動物とは違って、あたしは逃げないけど」
「昨日、ギルバートから逃げてたじゃん」
「だって、相手するの面倒だったんだもん」
面倒だったんだもん、で僕は巻き込まれたわけだ。
とはいえ、彼女のその気まぐれがなければ、今ごろ僕はどうなっていたかと考えれば文句は言えない。
結果オーライってやつである。
「服ありがとう。大事にするよ」
「言っとくけど、おごりじゃないからね? ちゃんと返すのよ?」
にこやかに言ってくれるが、日毎に倍々じゃ一生完済はムリだろ。
ウシ○マくんですら十日五割だったのにな。
まぁ、金で返さなくても良いとは言われたが。
と。
「見つけたんだな、舞兎!」
ふいに背後から呼び声が掛かった。