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やりたい放題の異世界冒険者生活  作者: はいちれむ
シナリオ2 「ご令嬢の深謀遠慮」
43/45

043 ささやかなる祝勝会

美味びみじゃなイカ」


 でっかいゲソ焼きを頬張って、ヴィオラはご満悦だった。


 現在、湖のほとりで焚き木を囲み、ささやかな祝勝会をもよおしている最中である。


「いやはやー、面目ない」


 ぽりぽりと赤毛の後頭部を掻くアンナマリーは、すっかり綺麗な顔に戻っていた。

 湖水で墨を洗い流したのだ。

 ただし、衣服に付着したぶんは、この場で取り去るのは無理だったらしい。

 彼女のビキニアーマーには、黒い斑点模様が残っていた。


 それでも彼女はまだマシで、マグダレーナのローブに至っては、元からその色だったのかのごとく、黒に染まってしまっている。


 その真っ黒ローブのマグダレーナも、僕たちに向かって深く頭を下げた。


「ごめんなさい」


 彼女らが何を謝っているって、イカ墨を喰らって動転し、以後の戦闘に参加できなかった件についてである。


「いや、二人が足の半分を引き付けてくれたのが、結果的には良かったよ」


 僕は言った。

 ただの慰めってわけではなく、事実だ。

 彼女たち二人と、それにヴィオラが敵の注意を引いてくれなければ、僕とマーブルがタイミングを合わせて行動するなど、土台無茶な話だっただろう。


 付け加えるならアンナマリーは、漂流しかけた僕たちに、剣の鞘を差し伸べて救助もしてくれた。


「本当にお見事でしたわ」


 ぺたんと女の子座りのラジェンタ卿が、音を立てずに拍手しながら言った。


「ケイ様とマーブル様はもちろん、皆さまも。あれほど強大な魔物にも臆せず立ち向かうとは、とても勇敢ですこと。あなた方は、わたくしが思い描く冒険者像にピッタリと一致する、素晴らしき冒険者たちですわ」


 どうやら僕たちは、彼女のお眼鏡に敵ったようだ。

 これなら彼女が伏せた、「なぜメーシャルの冒険者ギルドに依頼を出したのか」という事情も、教えてもらえるかもしれない。


 ところで、「貴重な体験ができました」と満足げなラジェンタ卿も、ゲソを食べている。

 というか僕も含め、皆が食べている。

 なにしろ超肉厚なそれが、五本も六本もあるのだ。

 食い意地女王のヴィオラとて、僕らが食べても文句は言わない。


 さすがに生食は気が進まず、焼いたうえで食べていた。

 調理法はブツ切りにし、適当な棒に刺し、焚き木の前に立てる。

 ある程度焼けたら裏返し、まんべんなく熱を通す。

 軽く塩を振る。

 それだけだ。


 それだけなのだが、これが美味いのである。

 弾力があってジューシーで、なにより新鮮。

 噛むとジュワッと、混じりけのないイカのうま味が口全体に広がる。

 噛めば噛むほど、口の中が全部イカになっていく。

 熱くて甘くて濃厚で、咀嚼そしゃくしているとついつい顔がほころぶ。


 あんなナリの魔物だったが、味は普通にイカだ。

 否、普通よりも美味いイカだ。

 しかもこのゲソの持ち主たるイカは、再生機能を備えている。

 つまり無限食糧エターナル・フードだ。

 今後もし海の旅をすることがあれば、キング・クラーケン氏にはぜひとも同行してもらいたい。

 そうすれば少なくとも、飢えて死ぬことはなくなるだろう。



 いちおう言っておくと、焚き木を燃やしているのは調理のためだけでなく、人間を乾かすためでもある。

 巨大イカがあれだけ暴れ回ったのだ、何だかんだで、全員が湖水を浴びてしまっていた。


 なかでもズブ濡れだったのは、むろん、直接湖に飛び込んだ僕とマーブルである。


 そこで、僕とマーブルの服が乾くまでのあいだ、フォフォンナハマの二人が、湖周辺を探索してくれることになった。


 二人は、たっぷり三十分以上をかけて僕たちの前まで戻ってきた。


「こっから先には、進む道がないみたいだよん」


 開口一番、アンナマリーはそうしらせ、


「あと、やっぱ魔物も見当たんないなー。全部、さっきのイカが食べちゃったのかな?」

「もしくは、イカから逃げて、どこか違う場所へ移ったのかも?」


 マグダレーナが補足した。


 いずれにせよ、この付近に魔物がいない原因が、キング・クラーケンの存在にあることは間違いないだろう。


 しかしそうすると、一つの疑問が浮かんでくる。


 すなわち、「キング・クラーケンは、一体いつ、どのようにしてここに現れたのか?」


 少なくとも、先駆者たちがギルドへ情報をもたらしたときには、まだキング・クラーケンは登場していなかったはずだ。

 当時は「奥へ行くにつれて魔物の影が濃くなった」、つまり現在とは逆の状況だったのである。


 言い換えれば、キング・クラーケンがこの場に現れたのは、ごく最近のことだと考えられよう。


 が、どんなふうにして?

 それがわからない。

 なにしろヴィオラの発言によれば、キング・クラーケンは『魔王』が生み出した、魔界の海の守護者である。

 要は、もともと人間界ここにはいなかったはずの魔物なのだ。

 それがなぜかこの場にいて、確かに僕たちと戦った。


 ひょっとしたら――キング・クラーケンも、異世界転移したんだろうか。

 ヴィオラと同様に、魔界から人間界へと。


 もちろん、もしそうであっても、詳しいことはサッパリである。

 そもそも、ヴィオラ自身の転移についても、通り一遍の話しか聞いていないのだ。

 具体的なことはわからない――というよりもむしろ、ヴィオラの語りはヘンなとこばかりが具体的で、結局要領を得なかったという印象しかない。


 あらためて、彼女から話を聞いてみるべきかもしれないな――


 そう思いつつヴィオラを見れば、彼女はいまだ「美味でゲソ」とイカを食っていた。

 自分の顔よりも大きくカットしたやつを、シュレッダーにかけた紙みたいに吸い込んでいる。

 キミ、一時間くらいずっと食べっぱなしだよね。

 どこにそんな入っていくんだ。



 湖面は静まり返っていた。

 僕とマーブルに両目をやられ、沈んでいったキング・クラーケンは、今や影も形も見えない。

 この湖は、相当に水深があるらしい。

 その深いところで、キング・クラーケンは、ジッと目の再生を待っているのだろうか。

 それとも目の再生は済んだけど、当面は潜伏するつもりだろうか。

 どのみち敵には、もう僕たちとやり合う気はないようだ。

 けっこう長い時間が経つのに、彼が浮上してくる気配はまったくなかった。


 ぱちぱちぜる焚き木の音を聞きながら、僕が湖へ視線を馳せていると、


「つーかさ、道がないなら、あのイカと無理に戦う必要なかったことね?」


 アンナマリーが元も子もない発言をした。

 それを言っちゃぁお終いってヤツだ。

 ボスを倒してこそのダンジョン制覇。

 それに、あの敵を撃破したことにより、僕たちはラジェンタ卿に認められたようだから、決して無駄足だったわけじゃない。


「これからどうする?」


 誰にともなく意見を乞うたマグダレーナに、


「まだ探索したけりゃ、ここに来る途中に沢山あった、埋まってる道を進めってことかしらね」


 マーブルが濡れた髪に手櫛てくしを通しながら返した。


「それはさすがに無理じゃない?」


 僕の言葉に、デニス氏が「そうですな」と同意してくれる。


「あの瓦礫を除けて進むには、本格的な調査隊を派遣する必要があるでしょう」

「ま、そうよね」


 マーブルはうなずく。

 彼女にしても、言ってみただけという感じで、本気で崩落した道を行こうとは考えていないようだ。


「んじゃ、これくらいにしといて、戻るとしましょっか」


 本来の依頼内容、「地下水洞の掃除」は充分に果たしたことだしな。

「湖には近付くな」という貴重な情報も持って帰れるのだ、ギルド側も納得してくれるだろう。


 こうして、僕たちは地下水洞および天然洞の冒険を終えた。

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