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やりたい放題の異世界冒険者生活  作者: はいちれむ
シナリオ2 「ご令嬢の深謀遠慮」
39/45

039 地下水洞3

 これまでにも何組か、天然洞の探査に乗り出したパーティーはいたらしい。

 だが、進んだ先に何があるのかは、現時点では確認されていないとのことだ。


「奥へ行くにつれて、魔物の影が濃くなり、撤退を余儀なくされた――との報告がなされているようであります」


 妖精の明かりのもと、デニス氏が、ギルド産の情報をまとめた紙面を読み上げる。


「内部構造に関してましては、一見複雑そうなものの、通行可能な道は限られ、結果的にほぼ一本道になっている、とのことであります」

「ふむ」


 相槌を打った僕のそばで、ダガーの手入れをしつつマーブルが一同へ言葉を向けた。


「行くわよね?」

「当然!」


 打てば響くといった反応を示すアンナマリー。

 他の誰からも、異議が出る気配はない。

 せっかくの未踏破ダンジョンが目の前にあるのだ、僕としても挑戦したい気分である。


「そういうことになりましたが、問題ありませんか?」


 お伺い立てると、ラジェンタ卿は、


「ええ、もちろん構いませんわ」


 そう微笑み、抱きっぱなしの黒ネズミを撫でた。

 その隣で、デニス氏が胃のあたりを押さえる動作をとったのは、申し訳ないが見なかったことにしよう。


 舗装された地面が終わると共に、水路も途絶えた。

 隊列はそのままに、茶色いトンネルを黙々と歩む。

 しだいに遠ざかっていく水音に、わずかばかりの心もとなさを喚起される。


 が、その静寂を打ち破るかのように、またぞろネズミが、僕らの行く手に立ちはだかった。


「いい加減に飽きてきたし、もっとバリエーションをよこしなさいな!」


 マーブルは文句を言いつつも、さくさくと敵を処理をしていく。

 アンナマリーが狙っていた個体にまで、チャクラムをぶつけ、自分の獲物にする。


「これであたしが15ポイント、あんたが5ポイント。もうあたしの勝ちで良いわよね」

「……あのさあ、マーブル。言おうかずっと迷ってたんだけど」

「なによ?」

「飛び道具はずるいぞ!」

「はぁ? そう思うんなら、あんたもその、馬鹿デカい剣を投げつけて攻撃すりゃ良いじゃないの」

「そしたらボク、丸腰だよ!?」

「あら、あたしとケイたんは、武器がなくたって充分に戦えるけど?」


 さり気なく僕にヘイトを分散させないでほしい。


 それはさて置き、確かにマーブルの言う通り、現れるのがネズミばっかりでは食傷気味だ。

 しかもヤツらは、敵役としては力不足で、これじゃいつまで経っても中衛以降に出番がまわってこない。

 できることなら、僕も早いとこ雑魚と戦って、雪杖の感触を確かめておきたいんだが。


 ここは一つ、隊列の変更を申し出てみようか――


 具申する機を窺い、完全に警戒心を失っていたときだ。


「!?」


 奇妙な物体が落ちてきた。

 上からである。

 落ちてきたといっても、地面にまでは落下せず、それは宙で静止した。

 位置としては、ラジェンタ卿の眼前あたり。


 なんか、子犬みたいなヤツだった。

 しかしよく見れば、そいつは蜘蛛だった。

 妖怪めいた大グモ。

 毛むくじゃらで、たぶん胴体だけで四十センチはあろうかというサイズ。

 こげ茶色の体躯には、幾筋もの鮮やかなラインが光り、見るからに毒を持っていそう。

 そんなヤツが、ぷらーんと天井から糸を伸ばしてぶら下がり、奇襲を仕掛けてきたのである。


 あまりに唐突な事態に、一瞬、だれもが言動を失った。

 その一瞬を経て、ラジェンタ卿が絶叫した。


「きゃああああぁぁっ!」


 マグダレーナもまた、「いやああぁぁっ」と悲鳴をハモらせつつ、ものすごい形相で跳びすさる。


 人間どもが動転しているうちに、しめしめと言わんばかりに蜘蛛は足を動かした。

 毛だらけの足が狙うのは、恐怖からか硬直してしまっているラジェンタ卿だ。


「まずい!」


 僕はとっさに雪杖を振るった。

 デニス氏も剣を走らせ、トレストもまた、手を伸ばして何かを唱えようとしている。


 が、どれも間に合わない。

 蜘蛛は今まさに、ラジェンタ卿の顔面にとりつき、粘液のしたたる牙で噛み付こうとして――


 その間際、重たい音と共に宙へ跳ね飛ばされた。


 ラジェンタ卿の抱いていた怨念マリスが、体当たりを喰らわしたのである。


「ナイス!」


 僕はヴィオラをたたえつつ、あらためて蜘蛛の胴体めがけて雪杖を振り抜いた。


 まるでバールのようなもので叩いたみたいな感触がした。

 ボゴッという音響ののち、蜘蛛は壁まで飛んでいく。

 そこへデニス氏が迫り、ざくりと剣を突き立てた。

 さらには「ヤダああぁぁ、蜘蛛ヤダああぁ」と錯乱状態のマグダレーナが、雨あられとマジック・ボールを連射。

 もはや確認するまでもなく、蜘蛛の魂は天か地獄へ召された。


「リーリウ様! ご無事でありますか!?」


 デニス氏が血相を変え、主のもとへ駆け寄る。

 二体目がいないとも限らないので、そのあいだに僕は妖精を上昇させて警戒。


 ラジェンタ卿は、怨念がジャンプした反動で尻もちをついていた。

 すぐには立ち上がれないようで、力なくへたり込んでいる。

 息が上がっているし、顔面も蒼白だ。


 それでも彼女は、震える声を抑え、しっかりと応答した。


「ええ……無事ですわ。すみません、取り乱しました」


 取り乱さないほうがどうかしてる。


 と、先行していたアンナマリーが、「おーい、大丈夫―?」と戻ってきた。

 マーブルも一緒だ。


 マーブルは、壁際に転がった蜘蛛の死体を見るなり、


「あ、それ毒もってるヤツじゃん。危なかったわね」


 さらっと恐ろしい事実を告げる。


「本当に危ないところでしたわ」


 卿は落ち着きを取り戻し始めたようで、冗談っぽく苦笑してみせた。

 それからデニス氏の手を借り、起立した彼女は、僕とヴィオラへ深く頭を垂らす。


「ありがとう、助かりました」


 もう一人、大蜘蛛の登場に恐慌をきたしていたマグダレーナは、幼馴染に背中をさすられていた。


「マグ、だいじょぶ?」

「……だいじょばないかも」

「ほら、深呼吸しな、深呼吸」

「スー、ハー、スー……」


 なんだか微笑ましい光景に、人心地つけていると、デニス氏が決然とした調子で開口した。


「リーリウ様、これ以上は危険であります。引き返しましょう。御身に何かがあれば、国中が大騒ぎになりますぞ」


 満をじしてのセリフって感じである。

 デニス氏からすれば、危機に面した直後たる今こそが、主を説得する千載一遇のチャンスってわけだ。


 ところが、ラジェンタ卿の胆力は、並大抵のものではないらしい。

 彼女は「いいえ」と、キッパリ首を振ったのである。


「皆さまが進むのならば、我々もお供しましょう。依頼に応じてくれた者たちの活躍を、わたくしはこの目に、しかと焼き付けたいのですわ」

「……御意に」


 ここで落胆を顔に出さなかったデニス氏も、さすがの自制力と称せよう。


 そんなおり、ヴィオラが鳥型の怨念を生み出した。

 パタパタと羽ばたかせ、天井付近へ飛翔させる。

 闇にまぎれる黒鳥に、二体の妖精さんが、不思議そうな眼差しを向けていた。


「安堵するが良い。以後、我が上を見張る。もう不覚はとるまい」


 ヴィオラの発言を受け、ラジェンタ卿は、美しい顔に完璧な微笑を復活させて言った。


「頼もしいことですわ。ありがとう、小さき魔王の娘よ」


 するとヴィオラは、ぺったんこな胸部を押さえながら、ムッとしたように抗弁した。


「我は、小さくない」


 公衆浴場で貧乳扱いされた件が、まだ後を引いているようである。

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