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やりたい放題の異世界冒険者生活  作者: はいちれむ
シナリオ2 「ご令嬢の深謀遠慮」
32/45

032 ゴーガスタへの道中4

 我々を乗せた馬車は、ここまでかなり快調なペースを刻んだらしい。


「これなら予定よりも一日早く、ゴーガスタへ着けそうです」


 古傷の奔る顔を、ニヤリとさせたデニス氏だったが。


 残念ながら、万事が上々とはいかなかった。

 まるで彼のセリフをフラグにしたかのように、この日の昼過ぎ、急激に天候が崩れたのだ。

 それも雷を伴う激しい雨で、馬の一頭が驚き、ヒヒンヒヒンと暴れ出す始末。


 やむなく馬車を止め、天気の回復を待つことになった。

 しかし結局、夜になるまで雷は鳴り続け、この日の進行はここまでに。

 順調なペースで稼いだぶんの貯金を、見事に使い果たした感じである。


 気温はいちじるしく下がり、地面はぬかるみ、外は最悪のコンディションだった。

 そんな小雨にけむるなか、四回目の見張りタイムがやって来た。



「メーシャルの酒は、どうも甘くて好かねぇな」


 大樹の幹に寄りかかり、グラスをかたむけるトレスト氏が、眉間にシワを刻んで言った。


「ケイよ、お前さんも飲んだらどうだ? 冷えっぱなしじゃ風邪ひくぜ」

「いえ、酒はちょっと」


 僕は腕組みをしたまま断る。

 腕組みといっても、仁王立ちしているわけではなく、寒さに体を縮めているのだ。

 初夏の夜とは思えない、凍えるような外気である。

 ダウンジャケットとマフラーがほしい。あと撥水加工の手袋も。


「お前さんは酒弱さかじゃくなのかい」


 酒弱ってのは、字面の通り下戸げこに相当する語句らしい。

 この「下戸」のように、日本独自の文化から発祥した言葉は、この世界では通用しないこともある。


「わかりませんけど」と僕は言った。「アルコールは、二十歳を過ぎてからにしようかなあと」

「なんだそりゃ。お前さん、なんの宗教を信仰してんだ?」

「無信心っす。酒については、単なるポリシーっすね」

「ほう?」


 面白がるように口をゆがめるトレスト氏。

 以前にも話したことだが、この国に飲酒の年齢制限はないのである。

 郷に入っては郷に従えと言うし、僕も飲めば良いのかもしれないが、今のところ抵抗感がぬぐえていない。


 それはそうと、今宵の見張りは、男二人の組み合わせになっていた。

 ちょうど良かった、なんて思う。

 いい加減、彼に問い質したいと考えていたことがあったのだ。


 その「問い質したいこと」を、僕は単刀直入に口にした。


「トレストさんは、なんで僕のことを、人間以外の種族だと思ったんですか?」


 トレスト氏は、もったいぶるようにグラスの中身を一口あおり、それから言った。


「黒髪ってのは珍しいからな。何となくそう思っただけさ」


 おいおいおい。


「見た目で判断したわけじゃないって、キッパリあなたに言われましたが」

「おっと……そうだったか? こいつはしまったな」


 全然「しまった」って顔してない。

 マジメに答えろよと、僕は意識的に目を鋭くする。


「まぁ、そう睨むなよ」トレスト氏はますますおかしそうに、「体質みてーなもんでな。俺には、人体に巡るマナが見えるのさ」

「……人体に巡るマナ?」

「あぁ。見えるっつーより、わかる、と言ったほうが正しいかもしれねーが」


 含み笑いのような表情をして続ける。


「マナっつーのは、ある意味、人の心の映し鏡だ。魔法の才がある者に限られるが、その者の精神の動きに敏感な反応を示す。んで、人のなかには、常にマナが存在してんだ。魔法を使うときなんかには、その量が爆発的に増加するわけだが、普段はゼロってわけじゃない。常にいくらかのマナが、人のなかには存在している。あたかも、精神に巣食うがごとくな」


 僕へ流し目をやり、


「たとえば今も、俺の目には、お前さんに巡るマナが見えてるぜ。おっ、こいつ、なかなか警戒しながら聴いていやがんなって、そんなこともわかるわけだ」


 呵々かかと笑うトレスト氏。

 僕は無表情を貫いたが、内心おだやかではなかった。


 ――マナはある意味、人の心の映し鏡。

 そしてトレスト氏には、そのマナが「見える」のだという。


 それが事実だとしたら、彼にはある程度、他人の心が読めてしまうってことになる。

 そりゃあ警戒しないわけにもいかない。


 僕は雨音に紛れて深呼吸をし、気を取り直した。


「それはわかりましたが、それだけじゃ、僕の質問への答えにはなっていませんよね」


 トレスト氏は笑声を収めたが、「確かにな」と言った顔は、あいかわらずニヤついていた。


 グラスをちびりとやった彼は、こんなふうに語った。


「お前さんの精神には、やけに多くのマナがはびこってんだな。それこそ、魔法を使う瞬間みてーな莫大な量が、常時存在している。そしてそのマナは、絶えず何かに怯えているようにも見える」

「絶えず何かに、怯える?」


 どういうことかと言外に問うたが、トレスト氏はそれには答えなかった。

 代わりにこんなことを言い出した。


「昔、お前さんと似たような、『怯えるマナ』を宿した男を見たことがある」


 宙へ視線を這わせるようにして、


「ちょうど今日みたいに、雨の降った日だった。その男は、俺の故郷の墓場に立っていてな。何をしているんだと問えば、円滑ではない死を迎えた魂を、見定めに来たという」


 なぜだろう、心がざわついた。


 トレスト氏は言った。


「その男は、冥族だった。後にも先にも、俺がこの目で見た、ゆいいつのな」


 決定的な一言を、彼は僕へもたらした。


「要するにお前さんは、その冥族の男によく似ているのさ」

「……」


 ヤバイ、と僕は無性に焦った。

 そしてその焦心しょうしんが、「マナが見える」彼には伝わってしまうのではと思い、なおも焦りをつのらせる。


 そう、僕は一度死んだ人間だった。

 冥族というのは、選別された死者の魂とヴィオラが言っていただろうか。

 間違いないのは、彼らが、死と密接に関わり合う者たちということだ。

 すなわち、僕とまったくの無関係とは考えがたい者たち。


 僕は、人間ではないのだろうか?

 冥族なんだろうか?

 そしてそれを知るためにも、目の前の男に明かすべきだろうか。

 自分が一度死に、異世界ここへ来た人間なのだということを。


 衝動的に、僕が何かを口走りかけたときだった。

 ふいに背後で物音がした。

 同時にすっかり聞き慣れた、思わず安心してしまうような罵声が飛んだ。


「人を惑わすのも大概たいがいにしときなさいな、このクソエルフ」


 マーブルだった。

 木陰に隠れていたようだ。

 怒った顔して、僕をかばうような位置へ進み出る。


「ケイたんは、あたしと違って純朴なんだから。あんたみたいなヤツの虚言だって、うっかり真に受けちゃうのよ」


 自分でいうのも情けないが、正当な評定である。

 マーブルは僕のことを良くわかっているな。

 実際に僕は今、懐柔かいじゅうされかかっていたのだ。

 まだ誰にも話していない「秘密」を、明かしてしまおうかという衝動に駆られるくらい。

 トレスト氏の言っていることが、事実かどうかは関係ない。

 簡単に口車に乗せられてしまう、僕の性格上の問題である。


 突然のマーブルの乱入にも、トレスト氏に驚いた様子はなかった。

 マナが見えるらしい彼のことだから、ひょっとすると、マーブルが盗み聞きしていることにも、とうに気付いていたのかもしれない。


「少なくとも、今この場で語ったことにウソはねーよ」


 トレスト氏が言い、マーブルも言い返す。


「うさんくさいのよ、あんたは。マナが見えるだの、冥族に似ているだのと、あんたのほうこそ何者って感じよ」

「見ての通りにエルフだぜ。神官で宣教師で客人だって、紹介もされたはずだけどな」

「怪しいもんよね。宣教師よりもペテン師のほうがお似合いだわ」

「そいつは、ひでぇ言い草だ」


 相好を崩すトレスト氏。

 こういうとこで笑い出すから、ますますうさんくさいんだよなぁ。


「あんた、冒険者とは違うわよね。何の目的で旅してんのよ」


 マーブルの問いに、トレスト氏はいっそうに口角を持ち上げた。


「宣教だって言ってんだろーが。まぁ、俺個人としての旅の目的は、ほかにもあるがな」

「何よ」


 トレスト氏はグラスの中身を空けると、こうつぶやいた。


「人探しさ」


 誰を探しているのかという点については、とうとう彼は口を割らなかった。



「ホンッと頭にくるわ、あのエルフ」


 丸一日が経過し、すっかり雨雲が去っても、マーブルの機嫌は曇ったままだった。


「あいつ、ディーバ教の神官とか自称してたけど、ほんとはケンペロ教徒なんじゃないの?」


 ケンペロというのは、前にも言ったが、邪神として知られる神だ。

 なんでも人類混沌カオスを提唱しており、この世界で「テロリスト」と呼ばれるようなヤツらは、大抵がその信者なのだそうで。


「ケイたん、あいつの言うことは信じちゃダメよ。ケイたんは流されやすいんだから」


 念を押されて、僕は苦笑する。

 不本意ではあるものの、事実なのがいかんともしがたい。


 それはさて置き、最終日の僕の相方はマーブルだった。

 公正を期したグーチョキパーによる組み合わせだが、結果的に僕は、全員と一回ずつペアを組んだことになる。


 何だかんだ言って、マーブルの傍は落ち着くな、なんて僕は思っていた。

 なかなかぶっ飛んだ言動をとる彼女だが、それにもそろそろ慣れてきたのかもしれない。

 あるいは、毒されてきたとも言えるだろうか。

 まあ、どっちも良いが。

 どうであれ僕は、彼女と共に「世界一の冒険者」を目指すつもりだ。


 僕は声をひそめ、話題の転換をこころみた。


「明日、やっとラジェンタ卿って人に会えるね」

「ん、そうね」


 マーブルはあっさり笑顔になって、


「どんな無理難題を押し付けてくるのか、今から楽しみだわ」


 難題なのは良いにしても、無理なのはちょっと勘弁してもらいたいところである。


 ともあれ、最後の夜も無事に過ぎ、翌朝早くから進行再開。

 しばらく行くと、大きな河川に行き当たった。

 カーテン川といって、この地域に住む人々の暮らしを、古くから支える水源なのだという。


 そのカーテン川に沿って進むこと数時間。

 遠くのほうに、薄っすらと、大きな壁のようなものが見えてきた。


 そこはイスマニア帝国セントブラハ公爵領、第二都市のゴーガスタ。

 五日間の旅路を経て辿り着いた、僕たちの目的地である。

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