021 基礎魔法学と適性調査
魔術師ギルド内にある図書館は、広々としていたが、蔵書量はそれほどでもなかった。
ザッと見た限りでは、千に満たない程度の文献しか置かれていない。
驚いたのは、すべての本が、細い鎖で保管箱と繋がれていたことだ。
保管箱はせいぜい二メートルくらいの高さで、前面はガラス張りである。
それがのべ十五台ほど設置されており、またそれぞれの保管箱の前には、長机と椅子が置かれている。
鎖の届く範囲で読んでね、ということらしい。
これはむろん、盗難防止のためだろう。
印刷技術がないこの世界では、書物というのはとにかく貴重なもののようだ。
当然、本の持ち出しも禁止されており、この場で閲読するしかない。
館内では数名が読書に励んでいた。
案内してくれた受付嬢が去ったのち、僕も本を手にとって座り、周囲の静けさに溶け込む。
「誰にでもわかる☆基礎魔法学の解説書」という、なるべく易しそうなタイトルを選んだつもりだが、それでもなお中身は難解だった。
ただページ数的には控えめで、二時間もあれば読破することが可能だった。
そしてそれを読んだことにより、この世界の魔法の概念について、一定の知識を得られたように思う。
以下に、会得したことを僕なりにまとめて書いてみよう。
◇
魔法を語るうえで、最も基礎となる部分、ならびに最も重要となる要素が二つある。
その一つが、マナ。
もう一つが魔力だ。
前者のマナについて説明しよう。
マナとは、自然界に、自然に存在するものである。
空気中をふよふよと漂っている(水中や地中にもあるようだが、話が煩雑になるためここでは省く)。
いうなれば空気中の成分だ。
窒素があって、酸素があって、アルゴンがあって二酸化炭素があって、マナがある。
そんな感じ。
無味無臭で、後述する「例外」を除けば不活性な存在らしい。
マナには多くの種類があり、火のマナ、水のマナなど、確認されているだけでも十以上の属性に分かれている。
常に全属性のマナが均一にあるわけではなく、暑い場所では火のマナが多かったり、風の強い日には風のマナが多くなったりと、環境的な(あるいはそれ以外の要因による)変化があるようだ。
そしてマナは、魔法の実現を助けてくれる。
魔法を唱えようとすると、空気中のマナが反応し、術者のもとへ集まってくるのだ。
そうして集まったマナは、術者の思い描く魔法イメージと、現実に起きる事象との架け橋を担ってくれる(先述した「例外」がこれだ。つまりマナは、人の精神にのみ活性を示す)。
より具体的にいうなら、マナは術者の心内の魔法イメージにとりつき、それを現実世界に干渉するレベルにまで増幅してくれるわけだ。
このマナの働きがなければ、人が魔法という超自然的な力を振るうことは決してできない、というのが現在の基礎魔法学の定義らしい。
よって、マナはまさしく魔法の源なのである。
次に二つめ。
魔力について話そう。
といっても、これに関しては深く語る必要はあるまい。
読んで字のごとく、魔法を使うための力である。
ただ、ちょっと意外だったのが、「魔力はすべての人間が持っている」という一文だった。
魔法を使えない者でも、魔力自体は持っているというのだ。
すなわち、魔力の存在そのものは、魔法を使うための条件には当てはまらないことになる。
では一体――すべての人間が魔力を持っているのにも関わらず――なぜ、魔法を使える者と、そうでない者とに分かれるのか?
その答えは、やはりマナにあった。
というのもマナは、すべての人間の精神に反応するわけではない。
マナの反応を得られる人と、得られない人とがいるのだ。
その違いがまさしく、魔法を使えるかどうかの差を生むのである。
つまるところ、この世界でいう「魔法の才能の有無」とは、「精神の呼びかけにマナが反応するか否か」であると換言できよう。
そして、魔法を使える者のなかでも、どの属性のマナの反応を得られるかは個々によって違う。
それにより、使用できる魔法の属性にも差が出てくるわけである。
当然、多属性を扱えるほうが優秀とされるようで、保有する魔力量と併せ、魔法の才能を測る尺度として語られる点らしい。
以上が、基礎魔法学なるものの概要である。
◇
「なるほどな」
と得心しつつ、図書館を出てロビーへ戻る僕だった。
ひとまず魔法がどういうものか、大ざっぱには理解した。
あとは自分にそれを使えるか、そこが肝要である。
先ほどの受付嬢に、「魔法の適性を調べたい」と申し出たところ、図書館があったのとは違う通路を示された。
正午を過ぎ、館内は混み始めていて、受付嬢にも案内をする余裕が失われていた。
僕は一人で指定された部屋へ向かう。
広い通路の両側には、幾つものドアが並んでいた。
なかには魔方陣が描かれた、いかにも魔術師ギルドっぽい扉もあった。
しかし興味を惹かれるものの、勝手に室内を覗くのはやめておく。
ギルド側の心証を損なうと、後々に響きそうだからな。
やがて受付嬢に聞いた、『適性調査室』のプレートがはめ込まれた扉に行き着いた。
ドアノッカーがついていたので、ゴトリと鳴らす。
ややあって、内開きのドアがひらかれた。
出迎えてくれたのは、ねずみ色のローブに身を包んだ女性だった。
フードを目深にかぶっており、ルックスも年齢も判然としない。
判然としているのは、バストが豊かということくらいだ。
ローブをまとっていても一目瞭然なくらい、彼女の胸は大きく張り出していた。
危うく目を奪われそうだったのを堪えつつ、僕は告げた。
「受付で聞いて来ました」
するとギルド員であろう彼女は、存外明るいボイスで、
「どうぞ、お入りくださいなのです」
と招いてくれた。
適性調査室は、狭い部屋だった。
調度品としては、大きな机と椅子のほかに、書架が一台あるだけ。
だが、机上へ目をやれば、そこに異様なものが鎮座しているのが見て取れる。
異様といっても、物騒なものという意味ではなく、巨大な水晶玉だ。
バスケットボール並みのサイズがあるやつ。
「適性調査専用に作られた、マジックアイテムなのです」
机を挟み、あちら側に立ったフード女が解説してくれた。
「どうぞお座りくださいなのです」と、椅子も勧めてくれる。
親切ではあるが、ちょっとクセのある喋り方をする人だ。
僕が座ると、彼女は自分も腰を下ろしつつ言葉を続けた。
「認証水晶のように、触れるだけで、適性のある属性を知ることができるのです」
庶民としては、この「マジックアイテム」のお値段が気になってしまうが、聞かないほうが身のためだと自重しておく。
あの小さな認証水晶ですら百万シードらしいし、こっちの価格は青天井だろう。
誤って落下させたらどうしようとか、無駄な緊張を抱えたくはない。
「こうやって、両手を乗せればオッケーなのです」
説明する義務があるのか、先に実演してくれる。
「おっ……」
と僕は目をみはった。
フードの彼女が両手を乗せたとたん、水晶の内部に、五色のビー玉のような球体が現れたのだ。
赤、青、その青よりも色素の薄い青、あとは茶色と黄色。
何となくだが予想がつく。
たぶん赤は火属性、青は水属性、薄い青が氷属性、茶色は土属性。
黄色は……なんだろうな。光属性か?
案にたがわず、フードの彼女はこう言った。
「わたしは火属性と水属性、氷属性、それに土属性と光属性を扱えるのです。それがこんなふうに、色でわかる仕組みなのですよ」
「なるほど」
僕はうなずき、それから訊ねた。
「もしも魔法が使えない場合は、どうなりますか?」
「その場合は、どの色も浮かんでこないのです」
何色でも良いから、ぜひとも浮かび上がって欲しいものである。
フードの彼女が手を離すと、ビー玉のような光はスッと消失した。
それから彼女は、僕に「どうぞなのです」とうながした。
僕はゴクリと唾を飲み込む。
伸ばした両手を、おっかなびっくり冷たい水晶に添える。
運命の一瞬――
「わわぁっ!?」
すっとんきょうに叫んだのは、フードの彼女の側だ。
彼女は同時に、机上へ身を乗り出すようにしていた。
その拍子にフードがずれて、わずかに前髪と顔が覗く。
彼女は明るい茶髪と、まんまるなとび色の瞳をした別嬪さんだった。
幼い印象の口調とは裏腹に、僕よりも年上のようにも見受けられた。
そして彼女は、セリフのとおりに驚愕をあらわにしていた。
「黒に近い紫……こ、これはっ……」
目をこすり、確認するように何度も水晶を凝視しなおす彼女。
黒に近い紫。
それが水晶内部に現れた色だ。
いや、それだけではない。
他にもいくつかの色が浮かんでいる。
が、それら「他の色」がかすんでしまうほどに、「黒に近い紫」の存在感が圧倒的だった。
それは「黒紫」の光が大きいからでもあるし、またその輝きが強いからでもあった。
他の色とでは、一等星と三等星くらいの差がありそうだ。
とすると、おそらくはこの「黒紫」色が、僕の得意な属性ということになるんだろう。
何属性かはピンとこないが。
とにもかくにも、自分に魔法の才があることが判明し、安堵を覚えた僕だったのだが。
どうも事態は、そんなに穏やかではないようだった。
「あ、あの、あなたっ!」
いきなり大声を出され、僕は面食らいつつ「はい?」と返した。
「あなたはどういう……いえ、ちょ、ちょっと、こちらでお待ちくださいなのです! ま、待っててくださいなのです、絶対に! 絶対なのです!」
大慌てで僕に言い付け、立ち上がったフードの彼女は、バタバタと奥の扉へ駆け込んでいく。
その間際だった。
彼女は高音で、こんなことを口走った。
――まさか、冥属性の使い手が現れるだなんて!




