002 謎の力の発現
いつの間にか、周囲に人だかりができていた。
僕とギルバートたち計四名を、ぐるりと囲む即席の肉壁闘技場。
誰か割って入ってくれないかなあと期待を寄せるも、無理そうだ。
むしろ、彼ら彼女ら衆人の側が、ある種の期待を籠めた眼差しをこっちへ送ってきている。
わかる。異世界小説を読んでいた僕には察しがつく。
こういうのって、見世物になるんでしょ?
ならず者同士のいさかいっていうのかさ。
見世物にされるほうは、たまったもんじゃないけど。
「うぇっへっへ! 少年、やられる準備はいいかあ!」
ギルバートが棍棒を振り下ろしつつ怒鳴った。
ほか二人は後方へ下がる。
良かった、集団リンチされるわけではないようだ。
いや、全然よくはないが。
「その前に、話し合いをしませんか?」
説得を試みるも、無益だった。
「応じねえ! あのクソウサギの仲間だっていうんだ、どうせ口先うまく逃げ出そうって腹だろうが!」
あの女の子、どんだけ恨み買ってるのさ。
「まぁ安心しな、少年。てめぇは悪くない顔してる。殺しはしねぇ。軽くボコったあとで、たっぷり可愛がってやるからよ!」
お前ホモかよお!?
やられる準備って、「殺られる」じゃなくて「犯られる」かよお!?
ヤバイ、ますますヤバイ。
貞操がヤバイ。
まだ女の子を抱いたこともないのに、こんなモヒカン筋肉ゴリラに抱かれるとか悪夢でしかない。
ゴリラは僕へ、まっすぐに棍棒を伸ばした。
「俺は《剛胆者》リーダー、『超剛胆』ギルバート!」
「あ、はい」
「てめぇも名乗れや!」
「えーと……ま、的橋慶です」
「っしゃあ! 行くぜゴラアァァァッ!!」
グッと体勢を低くするギルバート。
同時、観衆が沸いた。
「どっちに賭ける!?」「そりゃ、筋肉スゴイほうっしょ」「いやーでも、ギルバートも筋肉のわりに大したことねぇからなぁ」「でもさすがに、黒髪の子よりかは強いんじゃない?」「ふっ、ここは黒髪の少年一点買いに限る」「まぁ、男らしくて素敵な決断だわ、ロミオ」「ジュリエット……」「ロミオ……」
自由に言いすぎでしょう?
それら歓声を押しのけるかのように、ギルバートが吼えた。
「らあああああぁぁぁぁぁ!!」
棍棒を振り上げながら突進してくる。
二メートル近いであろう体格の彼が、ぶっとい腕を、凶器を持ち上げると、さながら巨人のごとき威圧感だった。
僕は委縮した。
というか、覚悟した。
これは本格的にオワッタと。
まさか死んだ十分後に、また死ぬことになろうとは。
あぁ、母さん親父、またしても先立つ不孝をお許しください……でも聞いてください、ほっぺにチューされました。しかも美少女から。なので、この異世界転移は決して無駄ではなかったと思います……。
それにしても――おかしかった。
何がおかしいって、棍棒を振り下ろすギルバートの動作が、やけに遅く見えることだ。
何も考えられないうちに殴られておしまい、そうなるはずだったのに、いっこうに彼の凶器は僕の脳天まで到達しない。
なんか、避けられそうだった。
だからサイドステップを踏んでみた。
そうしたら見事、回避することに成功した。
僕の横を通り過ぎ、強烈に地面を打つ棍棒。
砂埃が舞った。
「ちっ、避けやがったか! だが、まだああぁぁ!」
筋肉に物を言わせ、ギルバートは棍棒をひるがえす。
その動きも速いはずなのに、なぜか僕にはスローモーションのように見えた。
今度はバックステップ。
豪快な空振りでギルバートは体勢を崩す。
「ぬぅおっ! この、ちょこまかと、くそがァ!」
……いけそうだ。
普段の僕だったら絶対に思いつかないようなことを、心が独りでにつむいだ。
――攻勢に転じよう、と。
僕は地を蹴った。
ギルバートが体勢を整えたときには、すでに僕は、彼の懐へともぐり込んでいた。
「なァっ!?」
驚愕する彼の腹めがけて、拳を振り抜く。
冷静に考えて、ダメージを与えられるはずがない攻撃。
僕に格闘技の経験なんてないし、ギルバートの腹筋の厚みはスゴイ。
こんなのが当たっても、彼にとっては蚊に刺されたようなもんだろう。
ところがだ。
インパクトの瞬間、ものすごい手応えが僕の二の腕にまで伝わってきた。
「ふぐおおおぉぉぉっ!?」
ぶっ飛んでいくギルバート。
盛大に人垣に突っ込んでいく。
その巨体にぶち当たり、ロミオとジュリエットが吹き飛んだ。
「あ、兄貴ぃぃ!」
取り巻き二人が駆け寄っていく。
その二人に対し、上半身を起こしたギルバートは、ごっつい腕を上げて制した。
「な、なんでもねぇ……この程度……がはあッ」
うわ、めっちゃ効いてる。
立ち上がった彼はフラフラだ。グロッキーってやつだ。
僕は彼を殴った手をもたげ、にぎにぎしてみる。
――べつに、普通に、僕の手だ。
それなのに、なんでこんなにも力強い?
力だけじゃない、スピードにしたってそうだ。
なぜ僕はあの筋肉ゴリラの瞬発力に対抗できている?
いちおう運動部ではあったけど、喧嘩とは無縁な人生を送ってきた。
心当たるフシがない。
「こんのガキぁ……もう手加減してやらねぇぞ……!」
ギルバートが鬼の形相で棍棒を掲げた。
その凶器に、何か土色をした粒子のようなものが集まっていくのが見えた。
……これ、魔法じゃね? やばくね?
身構える僕の前で、取り巻き二人がはやし立てる。
「で、出たー! 兄貴の超剛胆・フルスイングやでえ!」
「これを受けて立っていたヤツは、ホブゴブリンとコボルトリーダーとキプロクスしかいねえ!」
結構いるな!
あんまり強くなさそうだな!
いやいや、どのみち僕が喰らえば一発死なのには変わりがない。
集中しろ。
理由は不明だが目は冴えている、足もよく動く。
確実に避けろ。
避けることだけに専念しろ。
「うおおおぉぉぉ……ぁぁあああああッ!!」
気合の咆哮をあげるギルバート。
棍棒が黄土色に光った。
こいつ、脳筋キャラっぽいくせに魔法剣士なのか。
持っているものは剣じゃないが。
「いくぜガキああぁぁぁぁ!!」
得物を掲げたままギルバートは突進してきた。
その初動は、すさまじく速かった。
ゴウッという風音を感じるほど。
でも、こっちへ近付くにつれて――僕に危機が迫ってくるにつれて――彼の動作は一気に減速した。
ノロマになった。
少なくとも僕の目にはそう映った。
どうやらおかしいのは彼ではなく、僕の感覚のほうらしい。
具体的に、何がおかしいのかまでは考えが至らないが。
「超っ剛っ胆っ!! フルスイィィィングッ!!」
パワフルに棍棒を打ち下ろすギルバート。
――避ける必要はない。
ありえない着想が再び僕の胸に湧いた。
――受け止めれば良い。そうすればヤツの心を折れる。
ふむ……受け止めるのか。
でも、頭に喰らうのはよろしくない。
手――いや、足でやってみよう。
「でやあっ!」
僕は右足を蹴り上げた。
ハイキックで、キラキラと発色中の棍棒をとらえる。
ガッ、ともゴッ、ともボッ、とも何ともいえない音がして、僕の脚と棍棒が合わさった。
棍棒の動きが止まった。
スネがちょっと痛い。
それだけだった。
僕の脚のほうは。
対する棍棒はというと、クニャッとへし曲がってしまっていた。
「なぁっ――――!?」
ギルバートが驚愕する。
まるでゴム人間に攻撃が通じなかった雷の能力者のような顔で、破壊された己の得物を凝視する。
取り巻き二人も、衆人も、みんな口をあんぐりさせてその光景を見やっていた。
ぶっちゃけ僕も同じ顔をしたい心境だったが、それを堪え、せいぜい相手を睨み付けるようにして言った。
「まだやりますか?」
「ちっ……!」
ギルバートは気圧されたように、一歩、二歩と後退した。
「きょ、今日はこれぐらいで許してやる。興が削がれたわ!」
捨て台詞を吐き、振り向きざまに、さらに捨て台詞を重ねた。
「だがな、ケイタン! 次に会ったときはこうはいかねぇぞ! 覚えてやがれ!」
ケイタンっていうなよ気持ち悪い。
そそくさと去っていく《剛胆者》三人衆。
気付けば周りがざわついていた。
「つ、つえぇなあの坊や……」「なにあれ? 棍棒折ったよ? やっぱり魔族じゃない?」「だが、魔族が肉弾戦も強いなんて聞いたことないぜ?」「あの少年には、奇妙な力が働いているように僕は感じるね」「さすがだわ、ロミオ……ロミオ!? あなた、鼻から血がドバドバと!」「これくらい大したことないさ、ジュリエット。キミが無事だったならね」「あぁ、ロミオ……」「ジュリエット……」
ロミオとジュリエット、タフだな。
しかし、居心地が悪い。
みんなして珍獣を見るような目を僕に向けてくる。
まさしく渦中の人物、それが僕。
とりあえずこの場を離脱しようとは思ったものの、どこへ行けば良いのかがわからなかった。
ひとまずは宿に――いや、金もないんだった。
そもそも、通貨が日本円とは違いそう。
どうすりゃ良いのだ。
誰か助けて。
と。
ツン、と背中をつつかれた。
振り向けば、僕を渦中の人物におとしいれた張本人、ピンク髪の少女が立っていた。
「うへぇー」と驚いたような顔で。
「ケイたん、あんた強いのねー。回復薬くらいオゴってやろーって思ったら、スンゴイことになってんじゃん。ビックリしたあ」
ひどい目に遭わされたけど、それでも今は、彼女を頼るしかなさそうだと僕は悟った。