015 ドミネーティド・ゴブリン
分岐まで戻り、反対の道へ入ると、すぐに新手と遭遇した。
やや警戒したような素振りで徘徊していた、ゴブリン二体。
そしてそれを撃破するや、にわかに騒然としたムードが行く手から漂い始めた。
「バレたっぽいわね。侵入者アリーって」
マーブルは屈託なく言う。
いやそれどころか、愉快げに口をゆがめてすらいた。
「バレちゃったもんは仕方がないわよね」
「まぁ」
「一気に行きましょ!」
「おうおう」
僕たちは小走りに進んだ。
そこからはずっと一本道だったが、一箇所だけ大きなカーブに差し掛かった。
その先でまた、二体の、斥候らしきゴブリンと鉢合わせした。
「邪魔よ、邪魔邪魔っ!」
マーブルのダガーがひらめく。
走るついでに殺すという感じである。
それでも返り血は避けているんだから、器用なものだ。
ボヤボヤしていると置いて行かれてしまうので、僕も立ちふさがろうとしたゴブリンに、全力の顔面パンチをお見舞いした。
数メートル飛んでいき、床に叩きつけられた敵は、ねじ切れそうなほどに首が曲がっていた。即死だ。
……ちょっとゾッとする。
我ながらシャレになっていないパワーである。
この能力的なものの詳細は、早いとこ解明しなきゃマズイとあらためて思う。
じゃないと、また対人戦を挑まれたりしたときに、重大な何かをやらかしてしまいそうだ。
まあしかし、それもこの依頼をクリアした後での話。
ほどなく通路は終わり、松明の燃える大部屋的な場所に出た。
そこには、三体のゴブリンのほかに、もう一体――赤色の肌をした魔物が待ち構えていた。
赤色のヤツは、僕と同程度の身長がある。
手にした得物も、通常のゴブリンと同じく骨製ながら、剣のように長く、先が尖ったものだ。
「ホブゴブリンよ」
マーブルが言った。
こいつが親玉か。
「……ニンゲンノ、オンナ」
「!?」
こいつ、喋るぞ!?
「オトコハ、コロセ」
グギャギャー! と、赤いヤツを取り巻くノーマルゴブリン三体が騒いだ。
「オンナハ、カウ」
ギャギャギャー! と、またゴブリンどもの合いの手。
「カウ」というのは「買う」ではなく、たぶん「飼う」だろう。
「公用語を覚えてるなんて、とりわけ優秀なホブちゃんってとこかしら」
喋るのが普通というわけではないようだ。
「でも、言ってることは低俗よね。カラスのほうがよっぽどお利口さんだわ。マトモな挨拶もしてくれるし」
「ん? カラスって喋るの?」
「喋るわよ? おはようって毎朝挨拶してたら、オハヨーって返してくるようになったもん」
「えっ、マジか、すごいな。オウムみたいだな。カラスって頭良いんだな」
「オマエラ、ウルサイ」
ホブゴブリンにツッコまれた。
ほかのゴブリンらも、「まったくだ」と言わんばかりにうなずく。
こっちが悪いことしたみたいな空気になった。
「ヤツニバレタラ……殺サレル。ダカラ、オンナハ、コッソリ飼ウ」
「?」
「オトコハ、殺シテ外ヘ捨テル。カンペキ。コレデ俺タチ、殺サレナイ。数ヲ増ヤセル。俺タチ、繁栄スル!」
グギャギャギャー! とノーマルゴブリン共が、血気盛んに得物を掲げた。
よくわからない感じに盛り上がっている。
「何言ってんのか意味不明だけどさ。ハッキリしてんのは、あんたらの余命が、二分を切ってるってこと。だから、死ぬ前に答えなさい」
マーブルはダガーで赤いゴブリンを指しつつ、
「あんたら、なんで畑を荒らしたのよ? 野菜なんて食べないでしょーが。しかも盗った作物がどこにも見当たらないし、何に使ったの」
ゴブリンどもは答えなかったが、マーブルは構わずに続けた。
「もう一つ。あんたらと一緒に、人間の女の子がいたって情報が挙がってるわ。さらったんでしょ? その子がどこにいるのか、すみやかに吐きなさい」
「オンナ……」
反応があった。
ホブゴブリンはそうつぶやくや、ぶるりと全身を震わせたのだ。
まるで何かに怯えたように。
「ヤツハ……オンナ、ナドデハナイ。アレハ……ア、悪魔ダァ……」
心なしか、赤い顔を青くしているように見える。
ほかのゴブリンたちも、急に寒さを覚えたように身を縮ませていた。
「悪魔って、どういうことだ? キミたちがさらった、女の子のことを訊いてるんだぞ?」
僕は追及するも、彼らにはもはや応じる気はないようだった。
「バレタラ、殺サレル……コッソリ、ヒッソリ飼ワネバ」
ホブゴブリンは、こちらを威嚇するように骨剣を一振りした。
「オマエラ、ナカマヲ減ラシタ」
「そうね。見かけたヤツは、皆殺しにしたわよ。そんで?」
しれっと応酬したマーブルに、ホブゴブリンは醜悪な笑みを浮かべて言い放つ。
「ソノブン、オマエニ産マセテ増ヤス!」
「うっさい黙れ!」
マーブルは吐き捨てた。
「小汚い魔物のブンザイで、さっさと死ね!」
◇
そうして始まった戦闘だったが、数秒のうちに大勢は決した。
そもそもだ。ゴブリンは、そこまで戦闘に秀でた魔物ではない。
ことノーマルゴブリンに関していえば、せいぜいが人並み。
ただ、その攻撃的な本能と、積極的に人に害をなす習性、あとは著しく高い繁殖力が問題視されるくらいで、この程度の規模の群れなら、ネオネカ村の村民たちが、みずから対処することも出来なくはなかったはず。
もちろん、「この程度の規模の群れ」とは判明していなかったし、戦えば村民に犠牲が出ることも免れないから、彼らは冒険者を頼ることに決めたんだろうが。
「魔物はしょせん、魔物」
マーブルは腰に手をやり、転がったノーマルゴブリンの死体を見下ろして言った。
「彼我の力量差を見極めようとしないから、こうやって呆気なく討ち取られる。動物のほうがまだ賢いわ。知ってる? ライオンだって、自分たちが勝てない人間からは逃げるのよ」
ゆいいつ残ったホブゴブリンが、じりじりと後ずさる。
彼の背後には、一本の通路があった。
退却するつもりだろうか。
だが、待ってみても、彼は通路へ入ろうとはしない。
ギョロギョロと忙しく目玉を動かし、僕とマーブルの動向に注意を払っている。
気圧されてはいるようだが、まだ闘争本能は失われていないようだ。
ある意味、あっぱれな心意気だろう。
「ほれほれ、逃げれば、五秒くらいは寿命が延びるかもしんないわよ?」
マーブルに煽られ、ホブゴブリンは忌々しげに顔をゆがめた。
「奥ニハ、悪魔ガ……悪魔ガイル。悪魔ハ……俺タチヲ決シテ許サナイ」
「悪魔ぁ? さっきも言ってたわよね。何あんたたち、魔物のくせにケンペロ信仰でもしてるわけ?」
ケンペロというのは、広く「邪教」として知られる宗教の主神だそうだ。
「アンナモノヲ、拾ワナケレバ……俺タチハ、モット繁栄デキタ!」
ホブゴブリンは地団駄を踏んだ。
目が血走っていた。
骨剣を握る手に、血管が浮き出ていた。
「オマエニ……オマエニ子ヲ産マセ、繁栄スル! ソシテ、アノ悪魔ニ復讐ヲ!」
ヤケを起こしたように、ホブゴブリンはマーブルへ向かって突進を始めた。
だが、それと同時に僕も駆け出していた。
敵がマーブルに到達するよりも早く、僕が敵に追いついた。
僕はそのまま、横合いから敵に飛び蹴りをかました。
「グガァッ!」
ホブゴブリンは転がった――が、いまいち手応えを感じない。
接近したのに、相手の動きはとくにスローにもならなかった。
……あれ、なんでだ?
この場合だと、僕が「当事者」とは見なされないのか?
「ナイスよ、ケイたん!」
僕の異変(?)には当然気付かず、マーブルは起き上がろうとする敵へ迫った。
ホブゴブリンは、尻もちをついたまま骨剣を振るが、そんな腕力だけの攻撃をもらうマーブルではない。
「はっ!」
側転の要領で骨剣を避けつつ、マーブルは片手でダガーを突いた。
その刃は、ホブゴブリンが骨剣を握る手の甲に、深々と刺さった。
「グガアァァ!」
骨剣を落とすホブゴブリン。
その敵の顔面へ、体勢を整えたマーブルは、強烈な回し蹴りを叩き込む。
ホブゴブリンは、なすすべなく仰向けに倒れた。
マーブルは即座にそのマウントを取ると、青い血のしたたるダガーを掲げ、刃を下向きにして、
「冥土の土産に聞かせてやるわ」
憎らしげに牙をむいた眼下の敵へ、ステキな笑顔でこう告げた。
「あたしは《レイヴンズ》リーダー、『舞兎』マーブル・フレサンヌよ。あの世でも宣伝よろしく♪」
ホブゴブリンは、聞きたくもないであろう名乗りを聞かされながら絶命した。