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  作者: 伊藤むねお
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佐々木氏

 小野寺君は助役のペンの動きが止まるのを待っていた。

「佐々木さん、我々は友達になれそうですよ。私はあなたと同じ種類の人間です。見えたものを見えたというネ。やはり肥桶でしたか。いや、懐かしいものを見たものだなあ。臭うがごとく懐かしい。佐々木さんもそうじゃありませんか? あはははは」

 笑ったよ。

「坂田といいます。東側の吊革に掴まって立ってました。駅は気がつきませんでした。ですから有ったとも無かったともいえません。一両目です」

「わかりました。これでひと回りしましたね。みなさまの苦情はたしかに承りました。それではですね」

 助役が顔を上げると佐々木が噛みついた。

「苦情だなんて、あんた。そういうレベルの話じゃないでしょう。大変なトラブルだ」

「へいへい、俺は、そうは思わないよ。桂川の鉄橋の上で脱線して電車が川に落ちて何十人もが死んだというのならともかく、あったかなかった程度のことは大したことじゃないよ。今頃の時間帯なら数分おきに電車はあるんだからさ」

 大岩が少し嘲るような調子で佐々木に異を唱えた。

 佐々木氏は顔色を変えた。

「どうやら、ゴルフというのは想像力を必要としない遊びのようですな。あなた、いいですか、例えばですよ」

「あの・・・」

 野崎夫人が佐々木氏の発言を遮るようにいった。

「終ったことは仕方がないのじゃないでしょうか。それより助役さん。このあとどうなるんでしょうか。私達、帰りたいんです。急いでいる人はっていわれた時、よっぽど手を挙げたかったんですから」

「ああ、野崎さんの奥さん。もうおしまいです。一応、お聞きすることはすべて終りましたので、あとは後日のために、ここにお名前と住所、連絡先の電話番号を書いて下さればお帰りいただいていいんです」

 やれやれというようにその夫婦や何人かは荷物などをかき集めて帰ろうとした。私もそうだった。

 そしたら坂田という男が強い調子でこういった。バンとテーブルを叩いて。

「ちょっと待って欲しいですな。何の結論もなく事情聴取だけで放免というのはおかしいじゃないですか。でしょう? 駅が無かったという人がずいぶんいたじゃないですか。いや逆に言えば有ったといった人は佐々木さん一人じゃないですか。これで、もし佐々木さんがそういってなかったらどうなります? 全員一致で、駅は無しもしくは不明というわけでしょう。どえらい事ですよ、駅ひとつがなくなったというのは。それを一体どう考えるんですか」

 それもそうだなあと誰かがいうと、野崎夫婦も席に腰を下ろした。

 私もそうした。仕方がない。

「佐々木さん、でしたわね。どうもあなたひとりだけがまだ噛み合いませんわね。こういうことは、全員一致の方が残る方も息が合って、いいまとまりも出てくるものなんですが。お考え、変わりませんか」

 戸山バレリーナが妙なことをいう。この人はなんだか明日からの公演とこの出来事がどこかで混線している。


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