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  作者: 伊藤むねお
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異色な人

「鳥井です。一番先頭の車両です。座って西の方を向いていたんですが考えごとにふけっていたようです。無かったとも有ったともいえません」

「眠っていたというのとは違うのですか」

「へいへい、あんた。こちらは大学の学者さんだよ。考えごとにふけっていたとおっしゃるのだから、聞き直す必要はないだろう? 次、狭山市役所の人、どうぞ」

 大岩がそういって進行をうながした。

「あの、狭山は私の名前です。穂波で降りるはずでした。私は西の方を見て座ってました。さっきの方のように牛車などは見てませんが駅には気がつきませんでした。けれど大山さんと同じですよ。あれば、あ、通り過ぎた。急行に乗ってしまったかと思うはずですから・・・」

 大岩が”大山じゃないよ”と文句をいい、狭山氏は”失礼しました”と小声で詫びた。

「なるほど、急行かと驚く・・・と。ちょっと待って下さい。書いてるんですから。時に大変立ち入ったことをお伺いしますが、狭山さんは喪服をお召しですが」

「ええ、叔母が・・・、それでちょっと」

「そうですか。それはそれは・・・お悔やみを言わせていただきます。失礼をいたしました。はい。では隣の方」

「戸山と申します。須賀さんと同じバレリーナです。演出も手伝っています。私は西を向いていたんですが、さっきの先生と同じです。考えごとをしてましたので気がつきませんでした。今日のリハーサルのことをあれこれ反省してたんです。明日が初日だというのにみんなの呼吸がもうひとつ噛み合わないところがありましてね。頭が痛いわ」

「先輩、今日は本当に御免なさいね。明日は頑張ります・・・私は、さっきいったとおりよ。はっきりといえるわ。肥桶というのにはびっくりだけど」

「野崎です。こっちは家内です。身重ですからあまりショッキングなことには巻き込まないで下さいよ。西の方を見てました。九十%以上無かったですね。実は、中吊り広告に面白いのがありましたので、そればかり見てたんですけど。駅が有ってびゅーっと行けばやはりわかるでしょう」

「野崎の家内です。夫と同じです」

「私は佐々木という者です。銀行員です。さっきから聞いてますけどもう止めて欲しいですね、こんな集まり、ドッキリなんとかの真似ですか? 悪ふざけはいい加減にして欲しいですね。まったく次から次へとよくもまあ心臓に障るようなことを」

 佐々木氏は言葉をきってみんなをにらめつけた。

 助役が話の進行を促すそぶりをすると、佐々木氏はうなずき、指を三本立てた。

「一体全体ですね、世の中には考えごとをして気がつかない人と、有りもしない物が見える人と、有ったのに見えない人の三種類しかいないものなんですか。駅は有りましたよ。当り前じゃないですか有るんですから。私も先頭の車両です。東側を向いてドアの横に立ってました。手動の遮断機、肥桶、牛車、なんなんですか、あんたがたは。勝手にして下さい。私は帰らせてもらいますよ。私は穂波のお客さんに大事な用があって来たんですから」

「まあまあ。佐々木さん、もう少しですから帰らないで下さい。他にもあなたと同じ意見だという方がいればもっと安心するでしょう?」

「いい年をしてわからないことをいう人だねえ、あなたも。意見なんかじゃないですよ。事実ですよ。真実ですよ。それに私は今でも十分に安心してますよ」

 さっき偽名という言葉に反応した人だ。でも、帰ります、帰りますと意気込む割には席を立とうとしない。眼鏡を外して息を吐きかけて拭いたりして。

 次はナンバーワン異色の人だった。影が薄い。順番がまわってきて初めてその人の存在に気がついた。年齢のわかりにくい人で、私と同じくらいか、うんと年をとっているようにも見える。梢の先に残って木枯しに晒されている枯葉のような感じだ。その人は視線を正面の宙の一点にとどめたまま静かに話し始めた。カサカサと枯葉のこすれ合うような声で。

「守山、と申します。東の方を見てましたが駅は無かったのでは、と思います。私は、くんくん、河瀬で働いている昔の知人に会いにきたんですが、随分久しぶりなものですから乗り過ごしちゃいかんと思いまして少し緊張してました。駅も増えましたし・・・桂川駅から一駅おいて河瀬だと思って車内に留まっていたら、もう河瀬だというんで急いで降りました。くんくん」

 守山氏はそこで口を閉じ、助役は下を向いたまま素早くぺんを走らせた。

 くんくんは空咳だろうか。


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