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  作者: 伊藤むねお
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仮駅

 フンニョウ? コエオケ?

 私もみんなも聞き慣れない言葉を聞いてしんとしてしまった。

「小野寺さん。どうしてそんなことがわかるんです。肥桶だなんて」

「私も見たからですよ」

「ええ? それなら最初からそういって欲しかったものですね。いや、まあ、そうですか。じゃあ」

 そういうと助役は空いていたそばの椅子に腰をおろした。

 立ったままではとても書ききれないと思ったのだろう。

「私は入口の所に寄りかかってドアの窓から西の方を見てたんですよ。桂川の鉄橋を越える時、富士山が見えますよね、あれを見るのが好きでね。そしてバイバスの陸橋、そして牛車と貨物用の駅舎を見てしまった。肥桶は子供の頃しょっちゅう見てましたから、よく知ってますよ。あれあれ懐かしいものがって思っているうちにですよ。今日は池袋で同業者の集まりがありましてね、昼酒を飲んできたもんだから、さっきまでは夢でもみたんだろうと思ってたんです。しかし、そちらのお嬢さんが私の夢を覗き見したようなことをいうものだから急に酔いがさめました」

「ええ? それが肥桶だとしてですよ、いったい何なんでしょう?」

「何なんでしょう、といわれてもねえ」

 小野寺君やみんなが首をかしげていると、私の左側の男が教室で学生がやるようにちょっと手をあげていった。

「あの、私、多分知ってます。もしも今のおふたりの見たとおりだとすればですが。私は狭山です。ここの市役所に勤めています。一番前の車両に乗ってました。ええとですね、穂波の駅が出来たのは昭和五十二年ですが、昭和の初期から暫くの間、糞尿積下ろし用の仮設が有ったんです。この辺は広い畑地でしたからね。お二人が見たのはそれですよ」

「ずいぶんお詳しいんですね」と、助役。

「今、市の歴史をまとめる仕事をやってるんです。色々と資料を集めたり、地元の旧家から話を聞いたりしてますから。写真もあるんです」

「ほう、そうですか。へええ・・・私はちっとも知りませんでした」

 助役は盛んに驚いていたが、どうも糞尿と牛車と駅舎という方に気を奪られて肝心の穂波駅が有無の方を忘れてる。何か別の事で頭が一杯なんだろうか。

 それでも助役としての責任感が現れた。川から上がった犬のようにぶるぶるっと顔を振ると、こういった。

「それじゃですね。整理する意味もありますので、もう一度おひとりずつ順番に聞いて行きたいと思います。お答えいただくのはですね。穂波駅が有ったか無かったかです。それから東と西のどちらを見ていたかということと、何番目の車両に乗っておられたか、ですね」

「名前もだよ」

 大岩がつけくわえた。

「じゃ、俺からね。こっちからぐるっと回るから。ええと、名前は大岩敏夫です。プロゴルファーです。さっきもいいましたが俺はずっと東をみていた。駅は無かった。駅が有ったはずの辺りはまったくの原っぱだったね。人は見えなかった。あ、そうだ。犬が一匹走っていたっけ。さっきは手動の踏切に気をとられていたんじゃないかって逆襲されたけど、有れば絶対にわかるよ。だって、あ、急行に乗っちゃったか、失敗したなあってさ。誰だってそうだよ。そうじゃないですか、駅員さん」

「私は誰だってじゃありませんから、何とも・・・失敗したな、と・・・。はい、わかりました。次はあなたですね」

 次は私の番だった。

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